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第十二話:黄金の盆地と、猫娘族の隠れ里

 坂を下りきるにつれ、集落を囲む簡素な木の柵がはっきりと見えてきた。

 森の出口に位置するその門の前には、槍を携えた二人の人影が立っている。ユウマは背中のルネを一度地面に下ろし、リリィと顔を見合わせた。

「……あ。ユウマさま、見てぇ。あの方たち……」

 リリィが声を潜めて指差した先。

 門番を務めているのは、軽装の鎧を身に纏った女性たちだった。しかし、その腰元からは細長くしなやかな「尻尾」が伸び、時折感情を示すように**ぴくん**と跳ねている。頭上には人の耳はなく、代わりに三角形の獣耳が、周囲の音を拾うように常に動いていた。

 リリィはユウマの肩に顔を寄せ、吐息が掛かる距離で耳打ちした。

「ユウマさまぁ……あの方たちは『猫娘族キャットピープル』よぉ。誇り高くて、身軽な種族なのぉ。どうやら、ここは彼女たちの隠れ里みたいだねぇ……」

 リリィの知識は、この世界でもやはり頼りになる。

 ユウマは一つ大きく深呼吸をすると、敵意がないことを示すように両手を上げ、ゆっくりと門番へと近づいた。

「……止まれ! それ以上は近づくな。何者だ!」

 鋭い声とともに、槍の先が向けられる。

 ユウマはボロボロになったワイシャツの襟元を正し、最大限に丁寧な、かつての営業スマイルに近い表情を浮かべた。

「……驚かせてしまって申し訳ありません。私はユウマ。隣の彼女たちはリリィとルネといいます。不運にも森で迷ってしまい、何日も彷徨い歩いて、ようやくこの集落を見つけることができました。どうか、少しの間だけでも休ませてはもらえないでしょうか」

 門番の猫娘は、ユウマの格好――泥にまみれた見慣れぬスーツ姿――と、青白い顔でリリィに縋り付くルネの姿をじろじろと観察した。

「……迷い人か。だが、この時期に外から客を招き入れる余裕は、我らにはないのだが……」

 門番同士で視線を交わし、一人が「上で判断を仰いでくる。そこで待っていろ」と言い残し、村の奥へと走っていった。

 それから、かなりの時間が経過した。

 日が沈みかけ、周囲に夜の帳が降りようとした頃、村の中から一人の女性が歩いてきた。

 ユウマは思わず、その姿に見惚れてしまった。

 彼女は、モデルのようなスラリとした長身に、しなやかな筋肉を宿した美しい肢体を誇っていた。金色の瞳は知性を湛え、腰元まで伸びた長い尾が、優雅に弧を描いている。彼女が歩くたびに、周囲の空気がピンと張り詰めるような、独特の威圧感と気品があった。

「私がこの村の長を務めている、フェリスだ」

 彼女はユウマの目の前で足を止め、値踏みするようにその瞳を覗き込んできた。

「……人間とエルフ、それに吸血鬼か。妙な取り合わせだな。だが、その娘の顔色を見るに、嘘を言っているようには見えん。ついてこい」

 フェリスの招きにより、三人はついに村の中へと足を踏み入れた。

 村は外から見た以上に疲弊しているように見えた。道を行く猫娘たちの表情は暗く、子供たちの笑い声も聞こえない。

 案内されたのは、村の中央にある、少し大きめの木造の家だった。

 フェリスは椅子に腰を下ろし、ユウマたちにも座るよう促すと、静かに本題を切り出した。

「単刀直入に言おう。お前たちがここに来たのは、時期が悪すぎる」

「……何か問題が起きているのですか?」

 ユウマが尋ねると、フェリスは苦渋に満ちた表情で頷いた。

「『狼男族ワーウルフ』だ。彼らがこの村を自分たちの狩り場として狙っている。近いうちに大規模な襲撃を仕掛けると、最後通牒を突きつけてきたのだ」

「狼男族……。戦うことはできないのですか?」

「……我ら猫娘族は俊敏さには自信があるが、正面切っての力比べでは、奴らの足元にも及ばん。戦力差は絶望的だ。この村には、もう戦える戦士も数えるほどしか残っていない……。おそらく、勝ち目はないだろう」

 フェリスの声には、リーダーとしての無念さが滲んでいた。

 彼女は一度言葉を切り、ユウマの目を見据えた。

「お前たちが迷い込んだのは同情する。だが、巻き込みたくはない。今夜一晩、身体を休めたら、明日の夜明けとともにこの村を出るがいい。それがお前たちのためだ」

 リリィは悲しそうに伏せ、ルネは恐怖でユウマの服をギュッと掴んだ。

 せっかく辿り着いた安住の地が、再び戦火に包まれようとしている。

「……隣に、今は使っていない空き家がある。そこを使え。一晩分の食糧は、門番に届けさせよう。……それ以上のことは、してやれん」

「……感謝します、フェリスさん」

 ユウマは深く頭を下げ、案内された空き家へと移動した。

 そこは埃っぽく、家具も最低限のものしかなかったが、あの冷たい森の地面に比べれば、天国のような場所だった。

 ユウマは横たわったルネの寝顔を見つめながら、フェリスの言葉を反芻していた。

 

(狼男族の襲撃……。やっと見つけた場所を、また失うのか?)

 自分の手を見る。震えは止まっている。

 かつての組織を管理していた知恵、ルネの目、リリィの知識。

 これらを使えば、何か抗う術はないのだろうか。

 

 窓の外では、不気味なほど赤い月が、村の静寂を照らし出していた。

 逃げるべきか、あるいは――。

 ユウマの頭脳は、再び自分たちの「明日」を繋ぎ止めるための方法を、必死に模索し始めていた。

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