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パティスリー・アンネリーゼ
伯爵令嬢が始めたというこの洋菓子店は王都では知らぬ者のいない有名店だ。
手頃な値段のものから高級志向のものまで多種多様なお菓子が用意されており、平民はおろか貴族の子女も並んでまで食べに来る。新作スイーツは国王にも献上されるらしい。
つまり何が言いたいのかというと、ここのスイーツは侯爵家への手土産として申し分ないのである。
というわけで、リナはパティスリー・アンネリーゼで購入したスイーツを片手に商業ギルドに向かっていた。
商業ギルドの入り口には見慣れた紋章の付いた馬車が2台。すでに侯爵は来ているようだ。
「……あれ?」
だが、リナの予想は少し外れていた。そこに侯爵の姿はなく、代わりに2人の青年がいたのだ。そのうちの1人がこちらに気づく。
「リナ、よくきたね」
「カイン。どうしてここに?」
「俺は付き添い。今日は学園お休みだから」
「はえー、元気だねぇ」
そのうちの1人はカイン。孤児院で勉強を教えてくれていることもありほぼ毎日会っているが、一応彼もソーディス侯爵家の人間だ。
「久しいなリナ。息災のようで何よりだ」
「お久しぶりですコンラッド様」
「なんだ、いつも通り“兄様”と呼んでくれて構わないのだが」
「いつも呼んでおりませんが!?」
そしてもう1人はコンラッド=ソーディス。カインやクレストの兄君であり、ソーディス侯爵家の次期当主。
「本日は侯爵様は……」
「火急の用でしばらく王都を離れていてな、代わりに次期当主として私が来たわけだ」
「なるほど、そうでしたか」
そんなことを話していると商業ギルドからトーリが出てきた。
「おや、みんな揃いましたな」
「トーリ殿、本日は視察に付き添いいただき感謝する」
「こちらこそ、ご足労いただき感謝いたします」
丁寧な挨拶をしている2人を、リナは感心しながら眺めていた。
こうして見るとなんとも貴族らしい。いや、当たり前ではあるのだが。
コンラッドはもちろん、トーリも一応男爵位を持つ貴族の子息である。彼の生家オルトリア商会は商売で成功を収め、数年前にオルトリア男爵になったのだ。
普段から訛ってるイジワル眼鏡だが、これでも貴族なのだ。
そんなトーリとコンラッドの話が終わったところを見計らい、リナはコンラッドに手土産を渡す。
「コンラッド様、これ手土産に……パティスリー・アンネリーゼのエッグタルトです」
「おや、そんなに気を使わなくてもいいのだが」
「いつもお世話になっていますから。
また侯爵様方にもお礼に伺わせてください。魔術塔在籍中の魔道具のことでご迷惑をおかけしておりますので」
「相変わらず律儀な娘だ。わかった、父上にも伝えておこう」
そう言ってリナからエッグタルトを受け取ったコンラッドは違和感を覚える。なんだか箱がひんやりとしているのだ。
「……リナ、この箱は?」
「“氷生成”で中を冷やせる箱です。これならスイーツも傷まず運べます!」
ふふん、と自慢げなリナを無視しコンラッドはその箱をマジマジの眺めている。
全然こちらを見てくれずリナが恥ずかしくなってきたその時、彼はおもむろに口を開いた。
「カイン、トーリ殿、緘口令だ。この箱のことは誰にも漏らすな」
「もちろんだよ」
「そんな気いしましたわ」
3人が慌ただしく動き始めたのを、よくわかっていないリナはポカンとした顔で見ている。
そんな彼女に、コンラッドは言った。
「まず、リナにはこれは伝えておこう」
「は、はい……」
「梱包材で手土産を越すんじゃない」
**
「では、この氷の箱について詳しく聞かせてもらおうか」
馬車の中でリナは3人に詰められていた。
なお、もう一台の馬車には護衛が詰まっていた。護衛なのに護衛対象に「お前らはこっちだ」とまとめて詰められてしまった。不憫である。
「詳しく、と言われましても……昨日思いつきで作っただけなんですよ。ほら、構造もすごく簡単でしょ」
そうリナの言うとおり、この箱の構造は極めてシンプル。箱の蓋に“氷生成”の魔法陣が描いてあるだけなのだ。
だからこそ、すごいのだが。
「中のものを冷やしたまま運べて、作るのも簡単。この箱は物流に革命を起こせるよ」
「あれ?勢いで作っただけのアイテムなのに話が大きくなってきたぞ……」
ワイワイと盛り上がるトーリとカインたちにリナは置いてけぼりにされる。そんな彼女の肩にコンラッドがポンと手を置いた。
「それだけのものを君は作ったのだからな。
リナ、もっと誇れ。君の深夜テンションの思いつきには世界を変える力があるのだぞ」
「う〜ん、なんだか誇りたくない」
そうこう言っているうちに馬車が止まる。
少々不満げな護衛たちに促されて降りた先は少し大きめの町工場。水杖の生産を行っているここが、本日視察する場所のようだ。
全員が馬車を降りた頃、1人の男性が近づいてきた。
「コンラッド=ソーディス様、ならびにカイン=ソーディス様。本日はお越しいただき、誠にありがとう存じます。
工場長をしております、ジョッシュと申します」
ジョッシュと名乗った男性は作業帽を取り頭を下げた。
「出迎えご苦労。こちらこそ時間をもらい感謝する」
代表してコンラッドが返す。ジョッシュは次にトーリに話しかけた。
「トーリ様も、本日はお越しいただきありがとうございます」
「“様”はいりまへんよジョッシュさん。なんかこう背中がムズムズしますんで」
「ははは、相変わらずですね。ではいつも通り、トーリ君と呼ばせてもらいますね」
トーリと談笑していたジョッシュは、彼の後ろにいたリナに気がついた。
「トーリ君、そちらの女性は……」
「ああ。彼女はリナ、ワイのダチ」
「付き添いで来させていただきました、リナと申します。よろしくお願いします」
なんだかものすごく雑な説明をされた気がするが、リナはジョッシュへの挨拶を優先する。トーリよ、後で覚えておけ。
笑顔を貼り付けながらトーリに黒いものを飛ばすリナ。そんな彼女をジョッシュは怪訝な顔で見ていた。
それに気がついたトーリは、彼女を連れてきた理由を話した。
「コイツ、水杖の開発者なんですわ。見たいって言うんで連れてきました」
「っ!!なんと!君が!!」
それを聞き、ジョッシュの目が輝いた。
「失礼いたしました。リナさん、お会いしたかったです!この度は本当に、本当にありがとうございました!!」
「え、ええっ!?」
こちらの手を取り深々と頭を下げるジョッシュに、リナは困惑を隠せない。
「あ、あの!どういうことでしょう!?」
「……ああ、すいません。少々早とちりしてしまいました」
状況の掴めない様子の彼女にようやく気がついたジョッシュが理由を話しはじめる。
「この工場は業績不振で廃業間際だったのです。それがこの水杖の生産のおかげで黒字転換し、立て直すことができたのですよ。
これがなければ我々は路頭に迷っているところでした。ですので、リナさんには感謝してもしきれないのです」
「そういうことでしたか。わたしの作ったものがお役に立てたのならなによりです」
「ええもうそれはそれは!ささ、どうぞこちらへ。工場をご案内いたしますね」
工場の恩人を案内するべく、ジョッシュはルンルンと工場へと入っていく。
ポカンとしているリナに、トーリが声をかけた。
「リナ、覚えとき。こういう形で魔道具に救われた人もおるんやで」
「__そうだね。
わたしはただ思いつくまま作っただけだけど、こうやって色んな人の力になれてたんだね」
「だから言っただろう。君の深夜テンションは誇るべきだと」
「兄上……毎回深夜テンションで作っているわけではないと思いますよ」
フォローしてくれたカインには悪いが、残念ながらほぼ深夜テンションだったりする。
決して誇りたくはないが。




