地球転生編 2-17 最神玲、召喚術を研究する1
最神玲、召喚術を研究する
最神玲の誕生日から10日ほど過ぎた11月下旬のある日の昼下がり。洛王神社の参道には、立派な楓並木があることから、地元の人たちの紅葉狩りスポットとして定着している。しかし、晩秋のこの時期には、紅葉を愛でたくなる景色はもうそこにはなく、ただ紅葉の絨毯の上を歩くだけとなる。今、最神玲は、洛王神社の参道から境内に向かう途中である。事故前の玲は分からないが、事故後の玲ことカーンには、別段紅葉を愛でるとか神社に参拝する敬虔さとかは全く無縁のこと。ではなぜ彼はここに居るのか?単に散歩をしているだけなのだが、ただし一人ぶつぶつ呟きながら一点を凝視して歩く姿をもし他人が見かけたら、不気味さを感じずにはいられない。なぜ玲はこのような奇態な行動をしているのか?遂に何かに取り憑かれてしまったのか?実はこの姿は、ケンタリアであればよく見かける何時もの彼であり、思索にふけるときの彼の癖であった。玲の場合だと、友達以上恋人未満の物部かすみのことが関係しているかもしれないが、玲の中に潜むカーンフェルトの場合、その思索=召喚術なのであり、今の彼の頭の中にはかすみの「か」の字も存在しない。それ程に今、玲ことカーンは召喚術、特に新しい召喚術式に没頭していたのだ。
今から遡ることおよそ4カ月前。かすみが霊界に迷い込んだ時に目撃した特殊な形の召喚門と召喚術式。カーンの前には、常にこの二つ存在が大きく立ちはだかっていた。見たこともない召喚門の形状、そして複数の召喚タイプを記述した召喚術式、これらは自分の将来に大きく影響する事を予感しており、何とかしてこれを解読し自分の術式に応用できないかを、来る日も来る日も考えていたのだ。勿論、心ここに在らずだと速攻でかすみに見抜かれて、突っ込みと言う名の頭への衝撃が加わるのでその辺は気を付けるようになったのだが、やはり1日たりとも忘れることなく彼の頭の中に居続けたのは事実である。
まず、召喚門の形状。カーンはこれを[バレル型]と呼ぶことにしたが、これについては、タチアナこと大召喚術師セラスティナでさえも見たことのない形であった。勿論、カーンも知らないことから、サモナルドとは異なる世界か惑星での産物なのか、あるいはセラスティナの時代よりもさらに古い時代の産物なのか、これは全く分からず知る由もない。そこで、通常はこの形を作ることから始めるのだが、実はカーンには既にそれを作った実績があった。それは霊界からかすみを連れて元の世界に戻るときに体験した降霊転移門。そして今も、バレル型の呼び出しは特に問題なくできる。すると、残る問題はそこに記述する術式、具体的には召喚タイプの記述法である。バレル型は、樽形を構成する4つの頂点の対角をそれぞれ結んで4つのブロックに分ける。そして、各ブロック内に召喚タイプを記述するのであるが、その組み合わせは数えたくもない位にかなり多い。それこそ、各ブロックに1つのタイプを記述するパターンもあれば、2つ、3つと複数のタイプを1ブロックに記述するパターンもある。あるいは、4ブロックのうち、樽の天辺と底辺を含むブロックだけに記述するパターンもあれば、逆に樽の膨らみを含むブロックだけに記述するパターンもある。その中から目的に合ったパターンを見つけるのは、まるで無数の糸の中からたった1本の正解を引き当てるような感覚か。何れにしても、誰かが正解を導いてくれるのを待つ程悠長な性格ではなく、大体自分以外に出来る人などいないことは本人がよく分かっているため、結局自分がその正解を引き当てるまでやるしかないのである。とは言え、カーンにとって、これが苦になるかと言うと決してそうではなく、むしろ喜んでやりたがるのであるから、ある意味始末に困るが。
ところで、無数のパターンがあるために自分にとっての正解に辿り着くには途方もない努力が必要であることは認めているが、全く手掛かりが無い訳ではない。その手掛かりとは、最初に見た時の術式がそうである。この時は、降霊召喚の術式と転移に似た術式(とタチアナが述べていた)が一つに纏められてバレル型の天辺のブロックに記述されていた。そこで、これを取掛かりに、降霊召喚だけとか創成召喚だけに変更してみるも、何も起きず。そう、通常の如く創成召喚されるのであればまだしも、何も起きないのである。つまりは、このバレル型で創成召喚だけを行いたくても、何も起きない。そこで、先ずは創成召喚だけのパターンを出発点に、各ブロックに移動させて召喚を試みるも全て何も起きず。壊れているのかと錯覚しそうになるが、降霊転移型を記述するとちゃんと作動する。なので、やはりカーンの記述に問題があることになる。こんな試行錯誤をほぼ4カ月程、毎日とはいかないが、時間があるときは試していたのであるが、全て作動せず。ここまでハズレを引くと、流石のカーンも気持ちが萎えてくるのであった。そこで今日みたいに気分転換に散歩をしたりするのだが、そうするといつもの癖でついつい思索に耽ってしまう。ちなみに、卒論の方は大体材料が揃ったので、今はかすみとどう組み立てるかを考えているところ。そして、そのかすみはと言うと、
「玲、玲、ちょっと・・・
玲、聞いてるの?
もー、無視かいな、全く」
と言って、突然玲の後ろから彼の頭に突っ込みと言う名の一発をお見舞いするのであった。
「痛っ!て、かすみじゃないか。
何でこんなところに、というか、
何で僕かすみに殴られないといけないの?」
と抗議する玲である。
「あんたが、あたしのこと無視して
歩いているからよ。
全く、玲、あんたね、
何かやばい雰囲気出しながら歩いていたよ。
気を付けないと、お巡りさん呼ばれるよ。
で、そのやばい雰囲気の原因はなんなん?」
とニコニコしながら玲に忙しなく尋ねる。心配している風を装いつつも何やら面白いことでもあるかもと変な期待をするかすみであった。
「あっ、もしかして、誰か好きな子出来て
告白しようか迷ってたとか?
あっ、もしかして、この間加奈子の家に
行ったときに会った恵ちゃん?
あの子可愛かったもんねー。
でも、あかんよ、あの子まだ高校生、
み、せ、い、ね、ん
ですからね。全く油断も隙もないなー、こいつは」
となぜか一人で盛り上がるかすみであるが、その後小声で「ちっ、私という人がいるのに」と呟くも、玲の耳には届いておらず。しかし、玲はかすみが変な妄想を巡らし始めたので、それを否定するように
「ち、違うよ。そんなことで悩むとか、
何かすることはないから」
何かするとはなんや?と、なぜかまたかすみの変な地雷を踏んだ玲であるが、後の祭り。その後もかすみに付き纏われて、しつこく詰め寄られることに。だが、漸くかすみも落ち着いたところで、玲が悩んでいる原因を話すことに。
「はあー、そんなこと、わし知らんがな」
とおっさん口調になるかすみである。そりゃそうだろう、悩んでいるのは玲としてではなく、カーンとしてであり、しかもかすみも全く理解できていない召喚術に関することなのだから。
「分かった、分かった、仕方ないな。
私はちょっとばかり、
ケーキを所望したくなりましたので、
よろしく」
となぜか玲にケーキをねだるかすみ。これには玲も
「おい、かすみ、ちょっと待て。
なんで僕がかすみにケーキを
奢らないといけないの?」
「はあ、分かってないね、玲君。
それはあなたのことを心配した
私に対する迷惑料だよ」
何訳の分からない理屈を捏ねているのか理解に苦しむ玲である。迷惑は僕が受けたのであって、君じゃないよ、と反論するも、かすみにはどこ吹く風。挙句の果てに、こちらから声かけたのに無視して、しかも訳分からない問題に悩んだりして、なんやねん!と逆切れされて収集つかなくなる事態に。で、結局は、玲が折れてしまい、かすみにケーキを奢ることに。はあ、今日の星占いは最低の最下位か、とぼやきたくなる玲だが、そもそも占いの類を信用しないカーンにしては珍しい心境の変化なのか、かすみの強引さに圧倒されて自分を見失ったのか、こればかりは当人しか分からないことだった。
さて、かすみに連れられてやって来たのは、玲達の通う東洛総合大学の正門に通じる大通り沿いの「エスタシア」と言う名のカフェ。ここはケーキのおいしい店としても有名だそうで、特に女性に人気なんだとか。店内はかなりの席が女性客で埋められているが、幾つかのテーブルに空席もある。そこでかすみは場所取りに向かい、何とか席を確保することに成功。それから、入口に戻ってカウンターの中のケーキを眺めながら、どれにしようか悩むのであった。そんなかすみの隣で、玲は心ここに在らずの状態に。そして、最終的にはかすみが自分が食べたい物を全て選ぶことになった。その数4点。ケーキ代とコーヒー代を合わせて3千円。何かいいように利用された玲である
「むふふふ、これ、これ、
食べてみたかったんだー」
と満面の笑みを浮かべるかすみ。席に着いてコーヒーを一口飲んで落ち着いたところで、かすみは早速一口目をパクリ。
「うーん、このピスタチオクリームの
濃厚なこと!あー、幸せ!」
と両頬が落ちないようにしっかり両手で抑えるポーズをするかすみ。
「次の、この、生チョコレアチーズケーキ。
うーん、チョコの濃厚さとチーズの酸味の
バランスが最高。むふふふ」
余りの美味しさに、脳内が完全にお花畑状態と化したかすみ。
一方の玲は、ずーつと考え事の真っ最中。そんな玲にお構いなく、一人至福の時を過ごすかすみは
「玲、一口貰うね!」
と言って玲の皿に載っているエスタシア名物のレアチーズケーキと旬の苺を使ったシンプルなショートケーキを一口ずつ頂戴する。
「ねぇ、玲、食べないの?
全く、そんなに悩んでいるなら
私が相談に乗ってあげるよ。
ほれほれ、聞かせてみそ」
相変わらず不思議な言葉を発するかすみを横目に、玲は暫しの沈黙の後に、術式の問題点をかすみに伝えるのである。すると、
「ふーん、やっぱり何やよう分からんけど、
その機能するやつ?それそのままにして、
他の所に何か書いてみたらどうなん?」
「・・・ん?」
「せやから、動くもんはそのままで、
後付けで何か加えたらええんちゃう、
ちゅうこと」
とケーキを頬張りながら、手に持ったフォークで何やら呪文を書くような仕草をするかすみである。
「ん! なるほど、・・・。
そうか、その手があったのか!!」
と突然大声を出す玲に対し、周りのテーブルの人達が一斉にこちらに振り返る事態に。流石のかすみも、この状況に恥ずかしさを覚えてしまい、小声で「玲、声が大きい」と叫ぶのであった。
その後、何やら憑き物が落ちたように晴れやかな表情をする玲は、急ぎその方法による術式を試したくてうずうずするも、かすみに引き留められて一旦落ち着き、テーブルの上のケーキを食べて店を出た。ちなみに、玲はこの時自分が何を食べたのかを全く覚えてはいなかった。一方のかすみは、何やら一方的に玲に奢らせたことにほんの少しの罪悪感を持っていたが、自分のアドバイスで玲の憑き物が落ちて晴れやかな表情を見せたことで、罪悪感はすでになく、むしろこれはまた玲に貸しが出来たぞ、と内心ほくそ笑んでいた。
そして、この何気ないかすみからのアドバイスが、その後の最神玲ことカーンの召喚術の一大転換点になるどころか、サモナルドの召喚術の歴史における重大な転換点になろうとは、カーンはおろかアドバイスをしたかすみすら想像できなかった。そして、以後サモナルドにおける召喚術の歴史において、この新しい術式はかすみの名を込めて「カスミナル」と呼ばれるようになったとかならなかったとか。




