第2話
「おい、セラフ!相変わらずグズだな。さっさと回復魔法をかけろよ!」
人々でにぎわう広場に、男の怒鳴り声が響いた。
ミレイラは思わず足を止めた。
声が聞こえてきた方を見ると、神官服を着た男と、一人の年若い少女がいる。
少女の前には、怪我をした大勢の人々が列を作っていた。
「は、はい~!申し訳ありません。すぐにやりますから!」
セラフと呼ばれた少女は慌てて両手を前へ出す。
その手から淡い光があふれ、怪我人の身体を包み込んだ。
傷口がゆっくりと塞がっていく。
「おお・・・・」
「ありがとうございます、聖女様!」
怪我を治してもらった人々が次々と頭を下げる。
ここはハチューア聖女国。
その名だけを聞けば、聖女を崇め、国の中心に据えている国を想像するかもしれない。
しかし、実態は少し違っていた。
この国では、人族の女性で回復魔法を使える者を「聖女」と呼んでいる。
人族でありながら魔法を扱える者が多いことを、周辺諸国へ示す意味もあった。
実際、ハチューア聖女国には他国と比べて魔力量の多い人族が多い。
回復魔法だけではない。
火、水、風、雷などの攻撃魔法を使える者も数多く存在している。
そのため、魔法使いを軍の主力として運用する、中央平原でも珍しい国だった。
特に優れた魔法使いによって構成される部隊は「魔法軍」と呼ばれ、その部隊を率いる者は魔法将軍と呼ばれている。
そんな国へ、ミレイラは流れ着いていた。
港町での一件以来、ミレイラは再び行くあてもなく旅を続けていた。
そして、たまたまたどり着いたのが、このハチューア聖女国だったのである。
ミレイラは広場の端に立ち、セラフの治療をじっと眺めていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。ええっと・・・・次の方・・・・」
「聖女様、こちらの子を先に!」
「お願いです!うちの夫も!」
「わ、わかりました。順番にしますから!」
怪我人たちが一斉に声を上げる。
すると、神官服の男が苛立ったように怒鳴った。
「こら、お前たち!聖女様は魔法を使うのに集中する必要があるのだ!てんでばらばらに話しかけるな!」
そこまでは、まだ理解できる。
だが、男はすぐにセラフへ向き直った。
「お前もお前だ!いつまでかかっている!さっさと治せ!」
「は、はいー!」
ミレイラは眉をひそめた。
――聖女、なのですよね?
人々からは「聖女様」と呼ばれている。
なのに、隣にいる神官はまるで使用人でも扱うように少女へ命令していた。
もっとも、セラフ本人は怒る様子もなく、必死になって回復魔法を使い続けている。
ミレイラはその魔法を見て、少し感心していた。
人族でありながら、これだけ連続して回復魔法を使える。
しかも、まだかなり若い。
大したものだ、聖女と呼ばれているだけのことはある。
しかし――。
列の半分ほどを治療したところだった。
「・・・・あれ?」
セラフの手から出ていた光が弱くなった。
「もう少し・・・・ですから・・・・」
再び魔法を使おうとする。
だが、ほとんど光が出ない。
「おい!どうした!」
「す、すみません。魔力が・・・・」
「まだ半分も残っているではないか!」
「でも、もう・・・・」
「この役立たず!体中の魔力を絞り出してでもやれ!」
セラフの身体がびくりと震えた。
「は、はい~。やってみます・・・・」
再び両手を前へ出す。
ほんのわずかに光が生まれ――。
消えた。
「・・・・ごめんなさい」
そのままセラフの身体が傾いた。
「おっと」
倒れる寸前、近くにいた人が慌てて受け止める。
完全な魔力切れだった。
それでも神官は舌打ちした。
「まったく。肝心なところで役に立たん奴だ」
ミレイラの眉が、さらに寄った。
そのときだった。
倒れているセラフの横顔が目に入った。
――あ。
港町で出会った花売りの少女を思い出した。
もちろん、顔がそっくりというわけではない。
小柄な身体。
どこかおどおどとした話し方。
それでも一生懸命に、自分のできることをしようとする姿。
ほんの少しだけ、似ていた。
あの少女は、もういない。
自分がもう少し考えて行動していれば、助けられたかもしれない命だった。
ミレイラは、まだ治療を受けられていない人々を見る。
そして、倒れているセラフを見た。
「・・・・仕方ありませんね」
小さく呟いて、人々の前へ出た。
神官が気づく。
「なんだ、お前は?」
「残っている方々の治療をします」
「は?」
ミレイラは右手を掲げた。
「皆さん、そのまま動かないでください」
「ちょ、ちょっと待て!何を勝手な――」
神官の声を無視して、ミレイラは魔法を発動した。
淡い光が生まれる。
それは瞬く間に広がり、広場を覆った。
一人。
二人。
三人。
そんな数ではない。
まだ治療を受けていなかった怪我人全員の身体が、同時に光に包まれた。
「え?」
「傷が・・・・」
「治ってるぞ!」
ざわめきが広がる。
切り傷が塞がる。
腫れていた足が元に戻る。
痛みに顔を歪めていた者が、自分の身体を確かめながら立ち上がった。
そして、ほどなくして。
残っていたすべての怪我人の治療が終わった。
広場が静まり返った。
「・・・・」
神官が口を開けたまま、ミレイラを見ている。
その場にいた人々も同じだった。
やがて一人の男が、おそるおそる尋ねた。
「お、お嬢さん・・・・大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「いや・・・・魔力が・・・・」
ミレイラは自分の身体を確認した。
特に変わったところはない。
「まだ十分残っていますけど?」
「・・・・」
再び広場が静かになった。
ミレイラには、なぜ皆が黙ってしまったのかわからない。
これくらいの回復魔法であれば、自分にとってそれほど大したことではなかった。
むしろ――。
ミレイラは倒れているセラフの横へ行くと、しゃがみ込んだ。
こちらにも回復魔法をかける。
魔力切れそのものを回復させることはできないが、身体への負担を和らげることくらいはできる。
しばらくすると、セラフがゆっくりと目を開いた。
「・・・・あれ?」
「大丈夫ですか?」
「ほぇ?・・・・誰ですか?」
どうやら完全に意識を取り戻したようだ。
ミレイラは少しだけ笑った。
「ミレイラと申します」
「ミレイラ・・・・さん」
セラフが身体を起こす。
そして周囲を見た。
「あれ?怪我をしていた人たちは?」
「治しておきました」
「・・・・え?」
「残っていた方々だけですが」
セラフは固まった。
「ぜ、全員?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「・・・・」
三度目の沈黙だった。
「す、すごいですー!」
セラフの大声が広場に響いた。
ミレイラは思わず身体を引いた。
「そ、そうですか?」
「すごいですよ!だって、あれだけの人数ですよ!?どうやったんですか!?魔力は大丈夫なんですか!?」
「普通に魔法を使っただけですが・・・・」
「普通じゃありませんよー!」
そんな二人のやり取りを、神官は呆然と眺めていた。
そしてようやく我に返る。
神官は、ようやく目の前の青い髪の女性が何をしたのかを理解した。
回復魔法を使えるだけでも珍しい。
それを大勢へ同時にかけた。
しかも、魔力切れを起こす様子すらない。
神官は魔法の専門家ではなかった。
それでも、これが尋常ではないことくらいは理解できた。
「お、お前・・・・いや、あなた様は、どちらの魔法使いなのです?」
突然、口調が変わった。
ミレイラは首をかしげる。
「どこにも所属していませんよ」
「どこにも!?」
「はい。旅をしているところです」
神官の目つきが変わった。
この国は、魔法使いを何よりも必要としている。
特に強大な魔力を持つ者であれば、軍が放っておくはずがない。
「少々、お待ちいただけませんか」
「?」
「ぜひ、お会いいただきたい方がおります!」
神官はそう言い残すと、どこかへ走っていった。
残されたミレイラは、その背中を不思議そうに見送った。
「なんだったのでしょう?」
「さ、さあ」
セラフにもわからないらしい。
だが、このときのミレイラはまだ知らなかった。
この何気ない手助けが、自分をハチューア聖女国の軍へと導くことを。
そして後に――。
「魔力甚大」の二つ名で諸国から恐れられる魔法将軍となる、その最初の一歩だったことを。




