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イエロー編エピソード2  「魔力甚大」のミレイラ魔法将軍  第1話

「これが・・・・海なのですね」


ミレイラは、生まれて初めて見る光景を前に立ち尽くしていた。


どこまでも続く青い水面。


寄せては返す波。


空を飛び交う海鳥。


そして、鼻をくすぐる独特のにおい。


「これが、潮の香り・・・・」


ミレイラは小さく息を吸い込んだ。


外の世界へ出てから、最初にこの港町を訪れたことに深い理由はない。


ただ、長い間屋敷の中で暮らしてきたミレイラにとって、目に映るものすべてが珍しかった。


道を行き交う大勢の人。


港へ運び込まれる魚。


船から降ろされる荷物。


大声で客を呼び込む商人たち。


見るものすべてが新鮮だった。


とはいえ、いつまでも観光しているわけにもいかない。


生きていくためには、お金が必要である。


「さて。どうやって稼ぎましょうか」


ミレイラは考えた。


自分にできること。


真っ先に思いついたのは魔法だった。


魔法なら、それなりに自信がある。


何か仕事が見つかるかもしれない。


そう考えたミレイラは、人々でにぎわう市場へ足を運ぶことにした。


市場の大通りを歩いていると、妙に視線を感じた。


すれ違う人々が、ちらちらとこちらを見ている。


理由はミレイラの容姿だった。


青い髪を持つ美しい女性。


人目を引かないはずがない。


しかし、当の本人にはまったく自覚がなかった。


以前、屋敷にいたころ、先輩から青い髪が珍しくて綺麗だと言われたことがある。


だから、きっと髪が珍しいのだろう。


ミレイラはその程度にしか考えていなかった。


実際には、どうやって声をかけようかと迷っている男たちが何人もいたのだが、ミレイラがそれに気づくことはない。


そんな中、最初に声をかけてきたのは一人の少女だった。


「お花はいりませんか?キレイなお花ですよ」


まだ幼い少女だった。


小さな籠の中に、色とりどりの花が入っている。


裕福な家の子供ではないのだろう。


着ている服には何度も繕った跡があった。


少女は道行く人へ一生懸命声をかけていた。


「お花はいりませんか?お花・・・・」


そして、ミレイラの前まで来たところで、少女の声が止まった。


ぽかんとミレイラを見上げる。


「どうしました?」


「・・・・キレイ」


「お花がですか?」


「お姉さんがです!」


「私?」


ミレイラは首を傾げた。


少女は慌てたように籠を差し出す。


「き、キレイなお姉さん!お花はいりませんか?」


この町へ来てから、初めてまともに声をかけてもらった。


それが嬉しかったミレイラは、少女の籠をのぞき込む。


「では、いただきましょう」


「ありがとうございます!どのお花にしますか?」


「全部ください」


「・・・・え?」


「全部です」


少女は目を丸くした。


「ぜ、全部ですか!?」


「ええ。いけませんか?」


「いけなくないです!ありがとうございます!」


少女は満面の笑みを浮かべた。


「これだけ売れたら、今日はお母さんとお父さんにお肉を買って帰れます!」


「それはよかったですね」


ミレイラも自然と笑みを浮かべる。


代金を受け取った少女は、それはもう大喜びだった。


そこでミレイラは、ふと思い出した。


「そういえば、私、この町で泊まる場所を探しているのです。どこか良い宿を知りませんか?」


「それなら、うちに来ますか?」


「あなたの家に?」


「はい!お花を全部買ってくれたんだもの。お母さんもきっと喜びます!」


少女はそう言って笑った。


ミレイラも、せっかくなので世話になろうかと思った。


そのときだった。


それまで賑やかだった市場から、少しずつ声が消えていった。


人々が道の端へ寄っていく。


先ほどまで笑っていた少女の表情も、一瞬にしてこわばった。


「どうしたのですか?」


ミレイラが尋ねるより先に、下品な声が響いた。


「待て待てーい!!そこの女!」


数人の護衛を引き連れた若い男が、ミレイラを指さしている。


「すっげえ美人だな!俺のところへ来い!お前ぐらい美人なら側室・・・・いや、正妻として迎えてやらんでもないぞ」


男の視線がミレイラの身体を上下する。


「うわ、胸もでけー。げへへ」


ミレイラの眉がわずかに動いた。


男は、この港町を治める領主の息子だった。


日頃から父親の権力を笠に着て好き勝手に振る舞い、気に入った女性がいれば無理やり連れていくことさえある。


町の者なら誰もが知っている。


そして、誰も逆らえない。


ミレイラの隣にいた少女も、小さく震えていた。


ミレイラは周囲を見回した。


先ほどまで活気に満ちていた人々が、誰一人として領主の息子と目を合わせようとしない。


それだけで、どういう人物なのかは理解できた。


「ふぅ・・・・」


ミレイラは小さく息を吐いた。


「いい町だと思ったのですが、あなたのような愚か者がいるとは嘆かわしいですね」


「はあ?」


領主の息子の顔が引きつった。


「おい!そこの女を連れていけ!あ、丁寧にだぞ。あと、できるだけ触るなよ。最初に触るのは、お、れ、だからな。げへへ」


護衛たちは顔を見合わせた。


――だったら自分で連れていけよ。


そんなことを思っても、口には出せない。


「悪く思うなよ。俺たちも仕事なんだ」


護衛の一人がミレイラの腕をつかもうとする。


しかし、ミレイラは動かなかった。


「やめておいたほうがいいですよ」


「何?」


「ケガをしたくなければ、私に近づかないでください」


護衛たちは顔を見合わせ、笑った。


どうやら言葉だけでは理解してもらえないらしい。


「仕方ありませんね」


ミレイラが右手を上げた。


その瞬間。


バリバリバリッ!!


凄まじい音とともに、青白い雷光が右手を覆った。


雷の塊が、掌の上で暴れ回っている。


周囲の空気まで震えた。


護衛たちの顔色が変わった。


「ぼ、坊ちゃん・・・・こりゃいけねえ。この女、とんでもない魔力を持った魔法使いですぜ。俺たちじゃ、とても敵わねえ」


「な、なんだと!?」


「俺は降ります!」


一人が逃げ出すと、他の護衛たちも我先にと逃げていく。


「お、おい!待て!」


一人取り残された領主の息子も、ミレイラの右手で荒れ狂う雷を見て後ずさった。


「お、覚えてろ!!」


そう叫ぶと、護衛たちを追って逃げていった。


あまりにも見事な捨て台詞だった。


しばらくの沈黙の後。


市場から拍手が起こった。


「よくやった!」


「ざまあみろ!」


「いい気味だ!」


町の人々は大喜びだった。


誰もが領主の息子の振る舞いに辟易していたのだ。


しかし、その中から一人の老人がミレイラへ近づいてきた。


「あんた、悪いことは言わねえ。すぐにこの町を出たほうがいい」


「なぜです?」


「あんな奴でも領主様の一人息子だ。領主様はあの馬鹿息子を溺愛している。あいつが黙って引き下がるとは思えん」


ミレイラは少し考えた。


自分一人ならどうとでもなる。


だが、自分がここにいることで町の人々に迷惑がかかるかもしれない。


「わかりました」


ミレイラは少女へ向き直った。


「せっかく誘っていただいたのに、申し訳ありません」


「お姉さん・・・・」


「ありがとうございます。お父様とお母様によろしくお伝えください」


少女は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑った。


「はい!お姉さんも気をつけてください!」


その笑顔を最後に、ミレイラは町を出た。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その日の夜。


町外れで野営していたミレイラは、遠くから聞こえてきた騒ぎで目を覚ました。


「・・・・何でしょう?」


身体を起こす。


港町の一角が赤く染まっていた。


火事だ。


ミレイラはすぐさま立ち上がった。


水属性魔法なら使える。


消火の役に立てるかもしれない。


町へ駆け戻ると、一軒の小さな家が炎に包まれていた。


「まだ中に人がいる!」


「駄目だ!もう入れねえ!」


町の人々が必死に水を運んでいる。


ミレイラは迷わなかった。


「下がってください!」


両手を燃え盛る家へ向ける。


大量の水が放たれ、炎を一気に飲み込んだ。


しばらくして火は消えた。


しかし。


遅かった。


焼け落ちた家の中から、三人の遺体が見つかった。


「・・・・この家は?」


ミレイラが尋ねる。


誰も答えようとしなかった。


やがて一人の男が、悔しそうに口を開いた。


「昼間・・・・あんたに花を売っていた子の家だよ」


ミレイラの動きが止まった。


「・・・・え?」


父親。


母親。


そして――少女。


三人とも、助からなかった。


ミレイラの脳裏に、昼間の少女の笑顔が浮かぶ。


『これだけ売れたら、今日はお母さんとお父さんにお肉を買って帰れます!』


「どうして・・・・」


「領主の息子だ」


誰かが吐き捨てるように言った。


「あいつ、昼間の腹いせに、あの子がどこの家の娘なのか調べさせたんだ。あんたを逃がした仲間だとでも思ったらしい。それで・・・・」


ミレイラは俯いた。


――私が、あの男を刺激しなければ。


そんな考えが頭をよぎった。


自分がもっと周囲に気を配っていれば。


自分が目立つことを理解していれば。


あの男に、別の対応をしていれば。


もしかしたら――。


拳を握る。


だが違う。


自分を拒絶した女性への腹いせに、何の力も持たない少女と、その両親を殺した。


それを行ったのは、あの男だ。


ミレイラは顔を上げた。


「ふざけるな!!!!」


町中に声が響いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


領主の館。


ドガァァン!!


巨大な扉が蝶番ごと吹き飛んだ。


護衛たちが一斉に振り返る。


扉の向こうには、ミレイラが立っていた。


魔法ではない。


素手で殴り飛ばしたのである。


館の奥では、領主とその息子が待ち構えていた。


「ぐふふふ。来ると思ったぞ」


領主の息子が笑う。


「でも扉を素手で殴っちゃ駄目だよ。危ないから。ぐふふふ」


ミレイラは答えない。


「昼間、俺をバカにしただろ?だからあのガキの家を焼いてやったんだ」


男はミレイラを指さした。


「お前のせいだからな!」


ミレイラは静かに男を見つめた。


「・・・・たったそれだけのことで」


「ん?」


「自分に逆らった。ただそれだけのことで、何の力もない者の命を奪ったのですね」


声は静かだった。


しかし、その静けさがかえって恐ろしかった。


「それならば――」


ミレイラの右手に雷光が集まる。


「自分が命を奪われる覚悟も、できているのでしょうね」


雷撃が放たれた。


ところが、雷は領主の息子へ届く直前、透明な壁に阻まれて霧散した。


「・・・・?」


「ぐふふふふ!馬鹿め!」


領主の息子が笑い出す。


「パパ!ありがとう!助かったよ!」


領主も勝ち誇った顔をしていた。


昼間の一件を聞いた領主は、息子を守るため、館に雷属性を封じる結界を張らせていたのである。


「これでお前はただの女だ!」


領主の息子は笑う。


「今なら許してやるぞ。俺の女になれ!」


ミレイラはしばらく結界を眺めていた。


「・・・・なるほど」


怒りで熱くなっていた頭が、すっと冷えていく。


雷属性を封じる結界。


確かに見事なものだった。


ならば。


「雷属性以外を使えばよいだけですね」


「は?」


ミレイラが右手を上げる。


炎が生まれた。


左手を上げる。


風が渦巻いた。


「な、なんだ?」


領主の顔から血の気が引いた。


ミレイラが使えるのは、雷属性だけではない。


水。


火。


風。


土。


その他にも、ほぼすべての属性を扱うことができた。


それだけでも並の魔法使いではない。


だが、ミレイラの本当の恐ろしさはそこではなかった。


右手の炎。


左手の風。


二つの魔法が重なる。


「ま、待て!」


合成魔法。


複数の属性魔法を同時に操り、一つの魔法として完成させる高等技術。


扱える魔法使いは、中央平原全体を探してもそう多くない。


相性の良い属性を組み合わせれば、その威力は単独の魔法とは比較にならないほど膨れ上がる。


館に残っていた使用人たちは、異変を察してすでに逃げ出していた。


護衛たちも、ミレイラの魔力を目にすると次々と館を飛び出していく。


「待て!待ってくれ!!」


領主が叫んだ。


ミレイラは答えなかった。


炎と風が一つになる。


そして――。


ドゴオオオオオオオオオオン!!!


その日、港町から、領主の館が消えた。



翌朝。


そこにあったのは立派な館ではない。


ただ一つ、巨大な穴だけだったという。

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