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第4話

「では負けるというのか!戦う前から負けることを考えるとはな。この臆病者が!!」


外交官から浴びせられた屈辱的な言葉にも、スノードロップ王国軍の大将軍レデールは表情を変えなかった。


今回の話を最初に聞いたときから、レデールはエケベリア王国との戦争に反対していた。


正確にいえば、フェレティア将軍の力量を正しく理解し、戦って得られるものに比べて、あまりにも危険が大きすぎると考えていたのである。


「負けると申し上げているのではありません。むやみに戦う相手ではない、と申し上げているのです」


レデールは静かに外交官を見た。


「それに、わしはこの国の軍を預かる立場。二十万を超える兵の命に責任がありますでな」


「だからなんだというのだ!」


「国家の存亡や威信がかかっているのであれば、命を懸けて戦いましょう。しかし、今回の発端は・・・・」


レデールは一度言葉を切った。


「単に生意気だからケンカをふっかけてみた、という話ではありませんかな?」


「ぐっ・・・・子爵風情が生意気な!」


外交官が吐き捨てる。


場所は、スノードロップ王国の国王も参加する会議の場である。


本来であれば、伯爵以上の爵位を持つ者でなければ、国王のいる場で国政について意見することなど難しい。


しかし、この時代は大争乱時代。


軍の力が何よりも物を言う。


必然的に軍部の発言力は大きく、平民から武功を立て、貴族へ取り立てられた者も多かった。


とりわけ、大将軍にまで上り詰めるほど功績を立てた者ともなれば話は別である。


レデールも、もとは平民の一兵卒だった。


戦場で武功を重ねて貴族に取り立てられ、さらに大将軍への昇進とともに陞爵され、現在は子爵位を得ている。


対して、先ほどレデールを罵った外交官は侯爵家の子息。


平穏な時代であれば、レデールが言葉を交わすことすら難しかったほどの身分差である。


その意識があるからこそ、「子爵風情」という言葉が出たのだろう。


「なんとでも」


だが、レデールはさらりと受け流した。


そして国王へ向き直る。


「陛下。五大国という言葉は、象徴でも勲章でもありません」


「うむ」


「確かな力があるからこそ、五大国と呼ばれるのです。そして極端なことを申し上げれば、この大争乱時代における国の力とは、軍の力と、それを率いる将軍の力を総合したものといえます」


会議の場が静かになる。


「そう考えたとき、現在のエケベリア王国、そしてフェレティア将軍は、間違いなく五大国に匹敵する力を持っております」


レデールははっきりと言い切った。


「わしは、そう見ております」


国王も、この国の軍を預かる大将軍の言葉を軽くは扱わなかった。


「・・・・そこまでの相手か」


思わず、そうこぼす。


しかし、それに反論したのは宰相だった。


「ですが、現実問題として、エケベリア王国は我が国の提案を飲めぬと言ってきております。かつて我が国の従属国であった国が、ですぞ」


宰相はレデールをねめつけるように見る。


「これは、我がスノードロップ王国の威信を脅かすものではありませんかな?」


「・・・・最終的な判断は、陛下次第です」


レデールはそれ以上何も言わなかった。


しばらく、会議の場を沈黙が支配した。


そして――。


国王が決断した。


「わかった。大将軍レデールよ」


「はっ」


「十万の軍を率い、エケベリア王国に我が国の威を見せよ!!」


レデールは、一瞬だけ目を閉じた。


「軍の出陣を命じる!」


大将軍レデールは、出そうになったため息を飲み込んだ。


王が決断した以上、軍人である自分がすることは一つしかない。


「・・・・王命、承りました」


こうして、およそ二ヶ月の準備期間を経て、スノードロップ王国軍とエケベリア王国軍は、両国の間に広がる湿原地帯で対峙することになったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「大将軍様。敵はおよそ二万。対する我が軍は十万です。約五倍もの兵力差があります。そこまで心配する必要はないのでは?」


エケベリア王国軍の陣を眺めながら、幕僚の一人が言った。


しかし、レデールは渋い顔を崩さなかった。


「何を言う。かのフェレティア将軍の戦歴を知らんのか。五倍程度の兵力差なら、ものともせず打ち破った戦がいくつもあるぞ」


「それは承知しております。しかし――」


幕僚にも、根拠があっての発言だった。


「フェレティア将軍は、これまで二万以上の軍勢を率いた経験がございません。それどころか、大軍同士の戦いそのものを経験しておりません」


「・・・・続けろ」


「はっ。ですので、そこまで警戒する必要はないのではないかと」


幕僚が言いたいことも、レデールにはわかっていた。


軍というものは、単純に数が多ければ勝つわけではない。


数が増えれば増えるほど、兵を指揮し、統率する将の能力が重要になる。


一千の兵を自在に動かせるからといって、一万の兵を同じように動かせるとは限らない。


一万を率いることができても、十万を率いれば軍をまともに動かせなくなる者もいる。


そして、フェレティアには「剛力無双」という二つ名がある。


文字通り、個人として凄まじい武力を持つ人物なのだろう。


これまでの戦歴を見ても、自ら先頭に立ち、少数の兵を率いて大軍を打ち破った記録が多い。


ならば――。


フェレティアは、少数の兵を率いてこそ力を発揮する将軍なのではないか。


二万という大軍の総大将となったとき、同じ力を発揮できるのか。


その答えは、まだ誰にもわからない。


フェレティア本人にすら、わからないかもしれない。


「・・・・だからこそ、今日の戦いには意味がある」


レデールが呟いた。


「は?」


「いや、こちらの話だ」


大争乱時代と呼ばれるこの時代。


戦争は、諸国が最も注目するものの一つである。


おそらく今日の戦いにも、周辺諸国から多くの偵察員が送り込まれているだろう。


フェレティアは二万の兵を扱えるのか。


エケベリア王国の軍は、実際にはどの程度の力を持っているのか。


そして、スノードロップ王国軍はそれにどう対抗するのか。


すべてが見られている。


戦争の結果だけではない。


互いの軍の長所も弱点も分析され、各国へ持ち帰られる。


この時代、情報は国の命運を左右するのだから。


そして――。


両軍がぶつかるときが来た。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


戦いが始まった。


大将軍レデールは、フェレティア自身による突撃を何よりも警戒していた。


そのため十万の軍勢のうち、八万もの兵を中央に集め、本陣を守る分厚い防陣を形成していた。


どこからでも来い。


フェレティアが自ら突撃してくるのであれば、その圧倒的な兵力で受け止める。


それがレデールの考えだった。


ところが――。


「敵軍、動きました!」


「来たか!」


「いえ!敵中央軍は動いておりません!右翼、左翼のみ前進を開始!」


「なに?」


レデールが目を細める。


エケベリア王国軍は二万。


そのうち、左右それぞれに五千。


そして中央に一万。


左右の五千ずつが先に突撃を開始したのである。


中央軍は動かない。


おそらく、そこにフェレティアがいる。


これはレデールにとって予想外だった。


フェレティアなら、開戦と同時に自ら突撃してくる。


そう予想していたからこそ、八万もの兵を中央に置いたのである。


「・・・・様子を見る」


レデールは慎重だった。


左右では戦闘が始まった。


スノードロップ王国軍も、左右にそれぞれ一万の兵を配置している。


つまり五千対一万。


二倍の兵力差である。


ならば、そう簡単には崩れない。


レデールはそう考えていた。


だが――。


「左翼、押されています!」


「右翼もです!敵の勢いが止まりません!」


「なんだと?」


五千しかいないはずのエケベリア王国軍が、一万の軍を押し始めていた。


しかも、敵軍にはほとんど乱れがない。


総兵力で五倍もの差がありながら、恐怖で浮き足立つ様子すら見えなかった。


レデールは、その光景を見て悟った。


「なるほど」


フェレティアは、少数の兵しか率いることのできない将軍ではない。


二万の軍勢の隅々にまで、その統率が行き渡っている。


少なくとも二万程度なら、完全に統率できる。


その事実だけでも、フェレティアに対する評価を改めなければならなかった。


しかし、今は分析している場合ではない。


このまま左右を崩されれば、中央の八万が残っていても意味がない。


「中央から四万を割け!左右へ二万ずつ増援に回せ!」


命令が飛んだ。


これで左右は、それぞれ約三万。


敵はそれぞれ五千。


六倍の兵力になる。


いくらフェレティアの軍が精強でも、これなら押し潰せる。


そして、両翼合わせて一万を早期に潰してしまえば、残る敵はフェレティア率いる中央軍一万のみ。


そのとき改めて全軍で包囲すればいい。


レデールはそう判断した。


中央から四万の兵が左右へ向かって動き始める。


そのときだった。


「大将軍!!」


伝令が叫んだ。


「敵中央軍、動きました!!」


「なに!?」


レデールが前方を見る。


それまで微動だにしなかったエケベリア王国の中央軍。


その一万が、一斉に前進を開始していた。


そして、その先頭には――。


「フェレティア将軍です!!」


レデールは息を呑んだ。


次の瞬間、すべてを理解した。


「やられた!」


最初からこれが狙いだったのだ。


左右五千ずつを先に動かす。


数で勝るこちらは、それを早期に潰そうと兵を左右へ回す。


そして中央の防陣が薄くなったところで――。


本命であるフェレティア自身が突撃する。


見事な駆け引きだった。


「中央へ兵を戻せ!!」


レデールは即座に叫んだ。


「左右への増援を止めろ! 中央へ戻すのだ!!」


だが――。


十万という大軍は、一人の人間のようには動かない。


すでに命令を受けて左右へ移動を開始した数万の兵。


そのすべてに新たな命令を伝え、進行方向を変え、再び中央へ戻すには時間がかかる。


そして、フェレティアはその時間を与えてはくれなかった。


「来るぞ!!防陣を固めろ!!」


レデールは自ら剣を抜いた。


中央には、まだ四万が残っている。


敵は一万。


四倍だ。


十分に戦える。


いや――。


ここで食い止めるしかない。


「フェレティアを止めろ!!何としても中央を突破させるな!!」


四万の兵が防陣を固める。


その正面へ、一万のエケベリア王国軍が激突した。


本来ならば、正面から突破できる兵力差ではない。


だが。


その一万の先頭を走っているのは――。


「剛力無双」のフェレティア将軍だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


戦いは、開戦からわずか二時間で決着した。


序盤。


エケベリア王国軍は左右五千ずつを前進させ、スノードロップ王国軍の両翼へ攻撃を仕掛けた。


それに対応するため、レデールは中央の八万から四万を左右へ割いた。


そして中盤。


フェレティア将軍率いる中央軍一万が突撃を開始。


レデールは即座に兵を戻そうとしたが、すでに動き始めた大軍を瞬時に戻すことはできなかった。


それでも中央には四万が残っていた。


レデールも決して無策ではない。


四倍の兵力を生かして幾重にも防陣を敷き、フェレティアの突撃を食い止めようとした。

激しい戦いとなった。


だが――。


止まらなかった。


第一の防陣を突破。


続いて第二の防陣も崩壊。


後方から次々と兵が押し寄せ、フェレティアを止めようとする。


それでも「剛力無双」の進撃は止まらない。


そして、ついにフェレティア率いる軍は本陣へ到達した。


大将軍レデールも剣を抜いた。


逃げることはしなかった。


最初から、この戦争には反対だった。


フェレティアと戦う危険性も訴えた。


それでも王命によって戦場へ来た以上、自分には大将軍として最後まで戦う責任がある。


「なるほど」


迫ってくるフェレティアを前に、レデールは小さく呟いた。


「剛力無双とは、武勇だけを指す言葉ではなかったか」


そして――。


両将軍が激突した。


決着に、それほど時間はかからなかった。


大将軍レデールは討ち取られた。


総大将を失ったスノードロップ王国軍は、やがて統率を失い、十万の大軍は総崩れとなった。


こうして、周辺諸国が固唾を呑んで見守った一戦は、エケベリア王国軍の勝利で幕を閉じたのである。


各国から派遣されていた偵察員たちは、その一部始終をつぶさに観察し、すぐさま本国へ報告を持ち帰った。


その内容は、各国の軍関係者を大いに悩ませることになる。


フェレティア将軍は、少数の兵を率いて強いだけではない。


万を超える軍勢を統率する能力を持っている。


戦場で相手の動きを読み、兵を誘導する駆け引きもできる。


そして何より――。


一度、フェレティア自身が突撃を開始すれば、それを止める方法が見つからない。


十万の大軍をもってしても止められなかったのである。


やがて各国では、


――フェレティア将軍一人で、一国の軍に匹敵する。


そう評する者まで現れたという。


だが、それもあながち間違いではなかったのかもしれない。


一方、この勝利によってエケベリア王国の威信は大きく高まった。


フェレティア将軍の名声はさらに高まり、その主家であるベロア伯爵家もまた、大きく躍進することになる。


のちにベロア伯爵は、その功績を認められ、公爵へと陞爵した。


そして――。


この戦いを境に、スノードロップ王国は中央平原五大国の地位から滑り落ちた。


代わって、新たに五大国の一角へと数えられるようになった国。


それこそが、エケベリア王国であったという。


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