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第3話

「マイク、何かいい情報はないか?こう、ぱあーっと地位の上がるような都合のいいものは」


エケベリア王国という小国にて。


この国の貴族の一人に、ベロアという若き伯爵がいた。


父親が早くに亡くなったため、親戚がでしゃばるなど相続をめぐるごたごたはあったものの、どうにか若くしてベロア伯爵家を継いだ人物である。


しかし、伯爵とはいえ、歴史あるエケベリア王国の中では決して地位が高いとはいえなかった。


そんな彼は「今に見ていろ。これからのし上がってやる」という野心に燃えていた。


先ほどの言葉も、幼い頃からの付き合いであり、誰よりも信頼している家令のマイクへ冗談半分で尋ねたものである。


もちろん、本気で聞いたわけではない。


そんな都合のいい話が、そこら辺にゴロゴロ転がっているわけがないのだから。


ところが――。


あった。


困り顔で主人の話を聞いていた家令のマイクだったが、本当に地位がぱあーっと上がるかもしれない情報を、ちょうど手に入れたところだった。


「ありますよ。情報。ぱあーっと上がるかもしれないやつ」


「はあ?」


ベロア伯爵が目を丸くする。


「若様・・・・いえ、旦那様は、フェレティア将軍という名をご存じですか?」


マイクは幼い頃から主人を見てきたので、今でもつい「若様」と呼んでしまう。


そんなマイクがベロア伯爵へ教えたのは、驚くべき情報だった。


諸国を放浪している「剛力無双」のフェレティア将軍。


そのフェレティアが現在、エケベリア王国――しかもベロア伯爵領に滞在しているというのである。


「それは本当の話か!?」


ベロア伯爵は椅子から立ち上がった。


「はい。現在は領内の宿屋に滞在しているようです」


「なんという幸運だ!」


ベロア伯爵も、当然フェレティア将軍の名は知っている。


その功績についても。


そして、なぜあれほどの将軍が国を追われ、諸国を放浪しているのかについても、ある程度の情報は耳にしていた。


マイクは主人へ進言した。


この機会を逃さず召し抱えるべきだ、と。


家臣になることを断られたとしても、せめて客分として滞在してもらう。


そうすれば、フェレティアが他国へ行くことを防げるうえ、「剛力無双」が滞在しているというだけでもベロア伯爵家の名声は高まる。


ベロア伯爵も大きく頷いた。


「フェレティア将軍がこの地にいるならば、なんとしてでも留まっていただかなくてはな。いるだけでも我が伯爵家の影響力が上がる」


それから、ふと思い出したように笑った。


「しかし、あれほどの逸材を手放すとはな。前の国はいったい何を考えているのやら。私なら絶対に手放さんぞ。ははは!」


ベロア伯爵は上機嫌でフェレティアに会う準備を始めた。


マイクも、フェレティアが屋敷に滞在する可能性を見据え、早くも使用人の選別を始めていた。


ところが、出かける直前になってベロア伯爵が少し不安そうな顔をした。


「しかし、その、なんだな。大丈夫なのか?」


「何がです?」


「ウワサでは、相当気難しい人物と聞いているが・・・・」


マイクが眉をひそめる。


「それに、手当たり次第に美男子を引っかけているとも聞くし、女の使用人はいじめ尽くすとも聞くぞ」


「旦那様」


マイクは呆れた顔をした。


「根拠のないウワサを信じるのはやめてください。それに、あの方は相当な美人だそうですよ。何もしなくても、男の方から寄ってきますって」


「美人なのか!?」


ベロア伯爵が大きく反応した。


「ええ。相当の」


途端にそわそわし始め、すぐにでも出かけようとする主人を見て、マイクはため息をついた。


「はあ・・・・そんなところさえなければ立派な方なんですけどね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


結果から言えば、ベロア伯爵とフェレティアの最初の交渉はうまくいった。


フェレティアも、ベロア伯爵に悪い印象は持たなかったのである。


「詳しいお話は後日にいたしましょう。今は、将軍ほどの英雄を市井の宿屋に留め置いていることの方が問題です」


ベロア伯爵はそう言って、フェレティアを自らの屋敷へ招いた。


「このままにしておいては、我がベロア伯爵家の名折れ。ここはどうか、私の顔を立てると思って」


領主本人からそこまで熱心に誘われては、フェレティアも断りにくい。


「そこまでおっしゃるのでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」


こうしてフェレティアは、ベロア伯爵の屋敷に滞在することになった。


用意された部屋へフェレティアが入っていくのを見届けたあと、ベロア伯爵とマイクは顔を見合わせた。


「なあ、マイク」


「はい、旦那様。旦那様のおっしゃりたいことはわかっています」


「ウワサとは当てにならんものだな」


ベロア伯爵は感心したように言った。


「フェレティア将軍が気難しいというウワサは大間違いではないか。使用人にすら丁寧に挨拶を返しているぞ」


「ええ。当初、使用人たちは皆ビクビクしていましたが、実際に接した者からは、早くもフェレティア将軍の専属になりたいという声まで出ています」


マイクは、はあ、とため息をついた。


「あの様子なら、私に仕えてくれと誠心誠意頼めば、頷いてくれるかもしれんな」


「そううまくいけばいいですが」


そして翌日。


ベロア伯爵は改めてフェレティアと向かい合った。


「単刀直入に申し上げます。フェレティア将軍、私に仕えていただけませんか?」


フェレティアは、すぐには答えなかった。


「もちろん、あなたほどの方を私個人のためだけに使おうとは思っておりません。軍への仕官を望まれるのであれば、私から国王陛下へ推薦いたします」


「・・・・一つ、条件があります」


フェレティアが静かに答えた。


「聞きましょう」


「私は、必要と判断したときには、いつでもあなたのもとを離れることを認めていただきたいのです」


ベロア伯爵は少し意外そうな顔をした。


「つまり・・・・自由に主を変えることを認めろ、と?」


「はい」


フェレティアはまっすぐにベロア伯爵を見る。


「私は、いつまでも一人の主に仕え続けることをお約束できません。それでもよろしければ、お仕えいたします」


奇妙な条件だった。


家臣として仕えるというのに、必要となればいつでも主を変えることを認めてほしいという。


しかし、ベロア伯爵はそれほど長く考えなかった。


「構いません」


今度はフェレティアが少し驚いた。


「よろしいのですか?」


「無理に縛りつけて、嫌々仕えてもらって何になります。私のもとにいる価値がないと思ったのであれば、そのときは好きにすればいい」


そして、ベロア伯爵は笑った。


「そうならないようにするのは、私の仕事でしょう?」


フェレティアはしばらくベロア伯爵を見つめていたが、やがて静かに頭を下げた。


「承知しました。では、これよりお仕えいたします。ベロア伯爵様」


こうして「剛力無双」のフェレティア将軍は、ベロア伯爵の家臣となった。


このときの出来事が、後世におけるベロア公爵家隆盛の始まりであったと、長く語り継がれることになる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ベロア伯爵は、早速国王にフェレティア将軍を自分の家臣として迎えたことを報告した。


そして同時に、フェレティアを王国軍の要職に就けてもらいたいと要請した。


その報告を聞いた国王と宰相、そして話を聞いて飛んできた軍の最高責任者である軍務大臣は、揃って喜んだ。


「ベロア伯爵、その話、真か!?」


国王が身を乗り出す。


「それが本当なら、我がエケベリア王国は従属国という地位から抜け出せるのではないか。のう、宰相!」


「はい、仰せの通りでございます。やりましたな、陛下」


エケベリア王国は、中央平原五大国の一つであるスノードロップ王国の従属国であり、長年にわたり不利な条約を強いられてきた。


その最大の理由は、軍事力の弱さだった。


しかし、これからは違う。


「剛力無双」のフェレティア将軍が、この国に仕えることになったのである。


軍事力は飛躍的に上がるだろう。


これを機会に従属国という立場から抜け出すこともできる。


さらには、いつの日か五大国に肩を並べる国になることさえ夢ではない。


そこで国王が、少し遠慮がちに切り出した。


「のう、ベロア伯爵。ものは相談じゃが・・・・フェレティア将軍を王国直属の家臣にするわけにはいかんかのう?」


きた!


ベロア伯爵は、この誘いを予想していた。


むしろ当然の要求である。


しかし、これを受け入れるつもりはなかった。


フェレティアがベロア伯爵家の家臣という立場のまま王国軍で功績を立て続ければ、その功績は主人であるベロア伯爵の評価にもつながる。


ベロア伯爵家の地位は大きく上がるだろう。


それを国王も理解していた。


だからこそ、さらに大きな餌を差し出してきた。


「ただとは言わん。侯爵・・・・いや、公爵への陞爵も考えるが」


公爵。


その言葉に、ベロア伯爵の心が大きく揺れた。


喉から手が出るほど欲しい地位だった。


今に見ていろ。


これからのし上がってやる。


そう考え続けてきた自分にとって、これほど魅力的な話はない。


フェレティアを王国へ差し出す。


ただそれだけで、長年夢見てきた地位が手に入るかもしれない。


だが――。


ベロア伯爵は、昨日フェレティアと交わした約束を思い出した。


彼女は、自分の意思で主を選ぶことを条件として、ベロア伯爵に仕えることを了承したのだ。


ここで勝手に王家へ差し出せば、その約束を交わした翌日に破ることになる。


そんなことをすれば、フェレティアは自分のもとから去るだろう。


それでは、何のために彼女を家臣として迎えたのかわからない。


「残念ですが、陛下。そのお話はお受けできません」


「むう・・・・」


「フェレティア殿は、自らの意思で仕える主を選ぶことを条件としております。現在は我がベロア伯爵家の家臣です。それを本人の意思を聞かず、私の一存で王国直属とすることはできません」


ベロア伯爵は国王をまっすぐ見た。


「無理に王国直属とするのであれば、この国そのものを去るかもしれませんぞ」


「それは困る!」


国王が即答した。


宰相と軍務大臣も揃って頷く。


三人とも、これ以上何も言えなくなった。


こうしてフェレティアは、ベロア伯爵の家臣という立場を維持したまま、エケベリア王国軍の将軍として腕を振るうことになった。


そして、その事実が周辺諸国へ知れ渡ると、エケベリア王国を取り巻く情勢は一変した。


まず動いたのは、宗主国であるスノードロップ王国だった。


驚くべきことに、エケベリア王国から申し出るより先に従属関係の解消を提案し、対等な同盟関係を求めてきたのである。


従属関係に固執してフェレティアと敵対するより、早いうちに対等な同盟国として関係を結び直した方が得策だと判断したのだ。


「フェレティア将軍がいるというだけで、スノードロップ王国からこのような申し出が来るとは・・・・」


国王や宰相は目を白黒させながら、スノードロップ王国の使者に応対した。


だが、後にスノードロップ王国側の判断が正しかったことが証明される。


わずか一月後のことである。


エケベリア王国と小競り合いを繰り返していた国を相手に、フェレティアは将軍として出陣した。


率いた兵は、わずか二千。


しかも、満足な練兵すら終えていない新兵ばかりだった。


それにもかかわらず、フェレティアは国境沿いに築かれていた十の城砦を、わずか一月足らずですべて奪い取ってみせた。


この戦いの後、スノードロップ王国をはじめとした周辺諸国は、フェレティアの力を改めて思い知ることになる。


特に周辺の小国は恐れをなし、たちまちエケベリア王国へ従属を申し出るようになった。


しかし、フェレティアを迎えたことによる恩恵は、これだけでは終わらなかった。



数年後。


エケベリア王国は、中央平原五大国にも比肩するほどの国へと成長していた。


そして、かつての宗主国であり、五大国の一つでもあるスノードロップ王国と戦争をすることになる。


事の始まりは、貿易における関税の見直し交渉だった。


スノードロップ王国とエケベリア王国は、互いに必要とする物資を交易することで繁栄してきた。


ところがスノードロップ王国側は、かつて自国の従属国だったエケベリア王国が急速に力をつけ、自国に肩を並べるほどの大国へ成長したことを面白く思っていなかった。


特に、その躍進の中心にフェレティア将軍がいることも気に入らなかった。


一方のエケベリア王国は、まだスノードロップ王国と事を構えるつもりはなかった。


だが、関税交渉の場でスノードロップ王国側が提示してきた条件は、到底受け入れられるものではなかった。


明らかに高すぎる関税。


エケベリア王国が決して飲めないと分かったうえで提示された条件だった。


その数字を見た瞬間、エケベリア王国側も相手の意図を悟った。


ケンカを売られたのだ、と。


当然、交渉は決裂した。


両王国は速やかに戦争の準備へ入る。


開戦まで、およそ二ヶ月。


やがて両軍は、二つの王国の間に広がる湿原地帯を戦場と定め、それぞれ陣を敷いた。


フェレティア将軍率いるエケベリア王国軍――およそ二万。


対するスノードロップ王国軍――。


およそ十万。



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