第2話
「お主はでしゃばるような真似をせず、おとなしく助攻としての役割を果たせば良い!!」
軍議の場で、総大将たる筆頭将軍が女将軍フェレティアに命令した。
それに対し、フェレティアは逆らうそぶりを見せない。
「・・・・承知しました。私は少数を率いて敵軍に当たりましょう。総大将殿は、機を見計らって攻撃を加えてください」
「ふっふっふ。そうじゃ。お前は黙って我が指示を聞いていればいいのだ!女だてらに将軍などと、忌々しい!」
そう言い放つと、筆頭将軍は満足そうな顔で軍議の場から立ち去った。
フェレティアは、その後ろ姿を黙って見送るだけだった。
フェレティアのもとには、多くの国から誘いが来ていた。
現に最初の国を出てすぐ、別の国から仕官の誘いがあった。
相手国の使者は将軍職を用意すると約束し、事実、この国に五人いる将軍の一人としてフェレティアを迎え入れた。
かなりの厚遇と言っていい。
しかし、五人の将軍のうち、筆頭将軍だけはフェレティアの待遇に不満を持っていた。
女のくせに、こざかしい。
そんな感情を隠そうともしなかった。
そのような折、日頃から関係の悪かった隣国の軍が攻め込んできた。
折悪しく、すぐに出陣できた将軍は、フェレティアと筆頭将軍だけだった。
そこで筆頭将軍を総大将とし、合わせて一万の軍勢を率いて迎撃することになったのである。
軍議の席で、筆頭将軍はフェレティアに助攻を命じた。
助攻とは、敵を引きつけるなどして主攻を支援する役目である。
主攻に比べて手柄にはなりにくいうえ、敵の攻撃をまともに受けることも多い。
いわば損な役回りだった。
それでもフェレティアは何も言わず、その命令を受け入れた。
その態度を見て、筆頭将軍は満足した。
これならば、自分が最大の手柄を立てられる。
そう考えたのである。
その後、両軍が配置についた。
フェレティアの軍は、敵軍にほど近い位置に陣取った。
真っ先に敵と接触し、その注意を引きつけるためである。
しかし、その数は少ない。
わずか千。
これも筆頭将軍が決めたことだった。
フェレティアはわずか千の兵を率い、敵軍およそ二万を引きつけなければならない。
その間に筆頭将軍は残る九千の兵を率いて敵本陣へ突撃し、総大将の首を取る。
それが筆頭将軍の描いた筋書きだった。
しばらくして、戦端が開かれた。
最初に動いたのはフェレティア。
わずか千の兵を率いて、二万もの敵軍へ向かって突撃した。
だが、戦況は筆頭将軍が思い描いていたものとはまったく違う方向へ動き始める。
フェレティア率いる千の兵の猛烈な攻撃を受け、二万を数える敵軍が押され始めたのである。
本来ならば敵を引きつけるだけのはずだった助攻が、正面から敵軍を押し込んでいる。
それを見た筆頭将軍は焦った。
このままでは、助攻であるはずのフェレティアに手柄をすべて奪われてしまう。
そう考えた筆頭将軍は、予定していた機を待つことなく、残る兵を率いて突撃を開始した。
しかし、焦りに任せたずさんな突撃では、敵軍の防御を打ち破ることはできなかった。
二万もの敵軍を押し込んでいたのは、フェレティアだからこそできたことなのだ。
筆頭将軍の軍勢は敵軍の中で乱戦に巻き込まれ、ついには将軍を守る親衛隊まで次々と討ち取られていった。
「退却だ!退却せよ!!」
自分の身に危険が迫った筆頭将軍は、とうとう兵士たちを残して戦場から逃げ出した。
総大将が戦場を離れたことで兵と将校たちは混乱したが、フェレティアが自らの部隊へ合流させ、可能な限りまとめ上げた。
助けられた将校たちは、すぐさまフェレティアのもとへ集まった。
「筆頭将軍殿が撤退した以上、我らも撤退するしかありません」
「敵の激しい追撃が予想されますが、それでも退くしかないでしょう」
将校たちの意見は、撤退で一致していた。
しかし、フェレティアは違った。
戦場全体を見渡し、敵軍の動きを観察する。
敵軍もまた、開戦からフェレティア隊との激戦を続けて疲弊している。
さらに、筆頭将軍による突然の突撃と撤退によって、敵軍の陣形にも乱れが生じていた。
フェレティアは、そのわずかな綻びを見逃さなかった。
総大将が逃げた以上、もはや助攻として戦う必要もない。
フェレティアはすぐさま部隊に命令を下し、突撃態勢を取らせた。
しかし、その命令に異を唱える者がいた。
兵士たちを束ねる兵士長である。
フェレティアの兵士たちは、開戦からずっと敵軍の正面で戦い続けてきた。
すでに体力は限界に近い。
「フェレティア将軍。我々にこれ以上戦う体力は残っておりません。いかに将軍がお強くとも、将軍お一人では戦えません。ここは逃げるべきです」
フェレティアは首を横に振った。
「いま逃げても、必ず背後から討たれます。無事に帰れる者は百人に一人ほどでしょう」
兵士たちの表情が強張る。
「ですが、敵も疲弊しています。さらに陣形も乱れている。活路は前にあります」
フェレティアは敵本陣を見据えた。
「皆、死力を尽くして私についてきなさい!!」
そう言うが早いか、フェレティアは二万の敵軍に向かって突撃を敢行した。
兵士たちも、どうせ退いて死ぬのならばと気力を奮い立たせ、フェレティアの後を追った。
フェレティアの圧倒的な突破力を先頭に、千の軍勢が敵陣へ食い込んでいく。
一つ。
また一つ。
敵の防陣を次々と打ち破る。
そしてついには、二万の軍勢の奥深くに置かれた総大将の本陣まで突入した。
そこでフェレティアは敵の総大将と一騎打ちとなり、これを討ち取ったのである。
わずか千。
その兵力で二万の敵軍を突破し、総大将を討ち取った。
この戦いによって、フェレティアの名はさらに広く知れ渡ることになった。
戦いの勝敗は、すぐさま国にも知らされた。
わずか千の兵を率いて二万の敵軍を突破し、その総大将まで討ち取った英雄、フェレティア将軍。
対して、自らは九千もの兵を率いながら敵陣を突破できず、部下を残して逃げ帰った筆頭将軍。
かつての筆頭将軍の栄光は、このとき消え失せたと言っていい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「情けないこと、この上ない!」
ドン!!
机を叩く音に、筆頭将軍の身体がビクッと震えた。
「フェレティア将軍には助攻の役目を与え、自らは多くの兵を抱えていたにもかかわらず、まるで歯が立たなかったというではないか!」
「フェレティア将軍がいなければ、我が国がどうなっていたかわからんのだぞ!!」
この国の大貴族である公爵が、自らの寄子でもある筆頭将軍を激しく叱責していた。
実のところ、筆頭将軍は実力だけでその地位まで上り詰めたわけではない。
寄り親である公爵の強い後押しによって、筆頭将軍の座を手に入れた人物だった。
その公爵の権力を背景に軍の最高位に君臨していたのだが、今回の敗戦によって、その地位を失うことになったのである。
「ですが、そのう・・・・」
「言い訳は許さん!!」
再び、筆頭将軍の身体がビクッと震えた。
しかし、公爵は怒鳴ったあと、しばらく黙り込んだ。
「・・・・だがまあ、このままフェレティア将軍が軍で力を増しても、困るのは私か」
「は?」
「お前が失脚した以上、次に筆頭将軍となるのは誰だと思う?」
筆頭将軍は答えられなかった。
答えるまでもない。
今回の戦功。
軍内部からの支持。
そして何より、圧倒的な実力。
誰もがフェレティアの名を挙げるだろう。
公爵は小さく息を吐いた。
「フェレティア将軍が軍の頂点に立てば、軍に対する私の影響力も失われかねん。これは、なんとかせねばなるまい」
その言葉を聞き、筆頭将軍はほっとした。
これで、あの忌々しい女将軍にも何らかの処分が下される。
そう確信したのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そなたには辺境伯位を授ける。その力をもって、我が国の国境を守ってもらいたい」
先の戦いにおける論功行賞の場。
フェレティアは国王から戦功への褒美として、貴族の位と領地を与えられようとしていた。
しかし、フェレティアは困惑の色を隠せなかった。
その表情を見て、国王が首を傾げる。
「どうした、将軍?これはそなたが願っていたことだと、公爵から聞いておったのだが・・・・違うのか?」
すかさず公爵が口を挟んだ。
「おかしいですな。私はたしかにフェレティア将軍ご本人から、望みを聞いたはずなのですが」
そう言って、公爵は困惑した顔を作る。
しかし、フェレティアにはまったく身に覚えがない。
フェレティアは褒美の希望を公爵に尋ねられた際、領地も婚姻も望まない、このまま軍に籍を置いて働きたいとはっきり伝えていた。
それが、まったく逆の話として国王へ伝わっている。
フェレティアは気づいた。
またか、と。
ただ仕えて、与えられた役目を果たしたいだけなのに。
また、自分を軍から追い出そうとしている者がいる。
「陛下。恐れながら、私は領地を望んだことはございません。このまま軍に籍を置き、将軍としてお仕えしたいと公爵閣下にはお伝えしました」
「なに?」
国王の視線が公爵へ向かう。
しかし、公爵は慌てなかった。
むしろ、驚いたような表情を浮かべてフェレティアを見る。
「これは異なことを。私には確かに、領地をいただき国境を守りたいと申しておりましたが・・・・」
「私は、そのようなことは申しておりません」
「では、私が陛下に嘘を申し上げたと?」
「私は、自分がお伝えした内容を申し上げているだけです」
フェレティアは淡々と答えた。
だが、国王の表情には不信の色が浮かび始めていた。
この国で長年にわたり絶大な権力を持ってきた公爵。
対して、仕官してからそれほど年月の経っていないフェレティア。
国王がどちらの言葉を信用するか。
その答えは、フェレティアにとって不利なものだった。
だが、公爵の仕掛けはこれだけではなかった。
国王は咳払いを一つすると、どこか照れたような表情を浮かべた。
「こほん。あー、そのう・・・・それと側妃の件だが、まあ、愛妾ぐらいならしてやれんこともないぞ」
「・・・・は?」
さすがのフェレティアも、何を言われたのかわからなかった。
国王は好色そうな目をフェレティアへ向ける。
「そなたの素顔をじっくり見るのは初めてじゃが、なんと美しく可憐なのじゃ。まさに月の精。将軍にしておくにはもったいないほどじゃ」
フェレティアは言葉を失った。
公爵は、フェレティアが婚姻を望んでいないことも知っていた。
だからこそ、逆のことを国王へ伝えていたのである。
フェレティア将軍は国王の側妃となることを望んでいる、と。
「この国のために身を張って戦ったうえ、さらにわしのそばで仕えたいとは、あっぱれな心じゃ。だが、なにぶん身分がのう。いきなり側妃というわけにはいかぬが、まずは愛妾ということであれば――」
「お待ちください」
フェレティアは慌てて国王の言葉を遮った。
「陛下。何かの間違いでございます。私は、そのようなことを望んだことはございません」
「なに!?」
国王の顔色が変わった。
公爵が、ここぞとばかりに口を挟む。
「これは・・・・私には、陛下のおそばでお仕えしたいと申しておりましたが」
「そのようなことは申しておりません」
「では、これも私の嘘だと?」
公爵は悲しげな表情を作った。
「フェレティア将軍。陛下を前にして、今になってご自分の望みを恥じられたのであれば、それはそれで理解できます。しかし、私が陛下へ虚偽を申し上げたかのように言われては困りますな」
「私は事実を申し上げているだけです」
しかし、国王にはそうは見えなかった。
辺境伯位を望んでおきながら、いざ与えようとすれば否定する。
国王の側に侍ることを望んでおきながら、本人を前にすれば、そんなことは言っていないと否定する。
国王からすれば、フェレティアは自分の望みをころころと変え、そのうえ長年仕えてきた公爵を嘘つき呼ばわりしているように見えた。
「もうよい!」
国王の怒声が、論功行賞の場に響いた。
「そなたが何を考えておるのか、わしにはわからん!」
フェレティアは何かを言おうとしたが、やめた。
ここで何を言ったところで、公爵の言葉を信じている国王には届かない。
そして数日後。
フェレティアは国王への不敬、公爵への侮辱など、いくつもの罪状を並べ立てられ、国外追放を言い渡された。
こうしてフェレティアは、またしても仕えていた国を去ることになった。




