イエロー編エピソード1 「剛力無双」のフェレティア将軍 第1話
注意 このお話は、勇者の聖戦から1000年も前の話です。そのつもりで読んでください。
「剛力無双だと・・・・ふん、大層な二つ名だな」
男は、対峙する相手にまつわる噂を思い出し、鼻を鳴らした。
巨漢と呼ぶにふさわしい身体を持ち、目つきは鋭く、何より、その身から発する気迫は常人のものではない。
将軍。
万を超す人間を統率し、ときには死地へ向かわせる特別な役職。
巨漢の男は、将軍となってから数十年も戦場に立ち続けてきた歴戦の戦士だった。
視界を遮るもののない広大な平原に、それぞれ一万を超える軍勢が陣を敷いている。
兵士たちは、互いの将軍が号令をかけるのを今か今かと待っていた。
双方ともに、士気は十分。
剛勇で鳴らした巨漢の将軍は舌なめずりをして、眼前の敵を見据える。
「ふっふ。所詮、女。分不相応な二つ名だけが広がっているが、戦争という現実の前には、圧倒的な力で崩れ去るのみよ」
相手の将軍は、ここ数年で勇名を馳せた女将軍らしい。
聞くところによれば自分と同じタイプで、圧倒的な武力をもって敵軍を蹴散らしてきたという。
そのウワサを耳にするたび、巨漢の将軍はどちらが上なのか、ぜひ手合わせしてみたいと願っていた。
そして、その願いが叶った。
自分の所属する王国と相手国との外交がこじれ、ついには交渉での解決が不可能となり、軍と軍がぶつかるまでに至ったのだ。
巨漢の将軍は、その知らせを聞いたとき、手を叩いて喜んだ。
戦場では、すぐさま自分の得意とする「一点突破」の陣を敷いた。
この陣形を用いてから負けたことは一度もない。
配下の兵士たちも、この陣形から繰り出す突撃には慣れている。
そして何より、長年戦場で過ごしてきた自分なら、相手がどのような陣を敷こうとも、その思惑を見抜いて粉砕できるという自信があった。
そんな巨漢の将軍から見て、相手の陣形はごく一般的な「整列」の陣だった。
兵を横に並べただけの陣形で、どんな状況にも対応できる代わりに、防御は決して厚くない。
「もらったな」
戦う前から勝ちを確信するのは禁物。
そんなことは、長年戦場に立ってきた巨漢の将軍自身が誰よりもよく知っている。
それでも、あまりに無防備に見える相手の布陣を前に、ほくそ笑むことを禁じ得なかった。
巨漢の将軍は武器を持った右手を高らかに掲げる。
そして、全将兵に聞こえるような大声で突撃の号令をかけた。
「皆の者、突撃ーー!!!我らの勇猛さを相手の目に焼き付けてやれ!!」
この日、両王国の軍がぶつかり合い、わずか一時間で決着がついたという。
巨漢の将軍は剛勇を誇っていた。
だが、対する女将軍はさらに段違いの破壊力を有していた。
巨漢の将軍は女将軍の攻撃になすすべもなく、首をはねられた。
総大将を失ったことで兵士たちの士気は崩壊し、軍は総崩れとなった。
逃げ惑う兵士たちはフェレティア軍の追撃を受け、最終的には半数以上が討ち取られるという、まれに見る大敗となったのである。
この記録は、中央平原に名高い女将軍フェレティアの、数多い戦勝記録のうちのほんの一部にすぎない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良くやったぞ!!何でも褒美を言ってくれ!!我が国は其方のお陰で持ち直したのじゃ」
「隣の国の奴らめ。少しばかり国が大きいからと、昔から我が国に無理難題ばかりふっかけてきていた」
「しかし、これからは違う!!」
「それもこれも、そなたのおかげぞ。のう、フェレティア将軍。皆もこの勝利の宴、存分に祝ってくれ!」
喜びを隠そうともせず、はしゃいでいるのはこの国の王であった。
国王はフェレティア将軍率いる軍の大勝利に、大いに喜んでいた。
そもそも、この国にふらりとやってきたフェレティアを迎え入れたのは、軍の上層部である。
当時、国王は海の物とも山の物ともわからぬフェレティアを歓迎しなかった。
しかし、フェレティアを迎えてからというもの、この国の軍事力は飛躍的に増大した。
それまで周辺の夜盗にすら悩まされていたほどの弱い軍が、隣国の軍を打ち倒すまでになったのは、ひとえにフェレティアのおかげと言っていい。
そしてこのたび、長年の悩みであった隣国との争いにも決着がついた。
フェレティアがやってきた当初の冷淡な態度など忘れたかのように、国王は彼女を褒めちぎっている。
パーティー会場では、軍の上層部である侯爵がそんな国王の態度を見て苦笑いしていたが、これも仕方がないと流している。
当のフェレティアも軍服の正装で勝利を祝うパーティーに参加していたが、国王のあまりのはしゃぎぶりには少々ついていけない様子だった。
そんなフェレティアの様子を知ってか知らずか、国王はさらにとんでもない爆弾発言をかました。
「そうだ。そなたへの褒美は、我が子、王太子の妃というのはどうじゃ?」
「この国の王太子妃、いずれは王妃にもなろうという地位じゃ。悪くない案だと思うが」
この発言に顔色を変えたのは、王太子と王妃、そして王太子の婚約者である公爵令嬢だった。
「な、なにを父上!」
「ほほほ、国王陛下は喜びのあまり、酔ってしまわれたようね。これ、侍従。陛下を私室へお連れして。早く!」
「うわ、何をする!?わしは酔ってはおらぬぞ!」
国王の正妃である王妃は、有無を言わさず国王をパーティー会場から連れ出した。
「ほほほ。フェレティア将軍。先ほどの国王陛下の戯言、ゆめゆめ本気に取らぬようにな」
そして、翌日。
早朝より王妃と王太子に従う近衛騎士隊に連れられ、フェレティアは謁見の間に呼び出された。
謁見の間には王妃の他、王太子がいた。
そこで王太子より宣告されたのは――。
「フェレティア!!お前を反逆罪で処刑する!!」
昨夜の国王の発言は、王妃たちにとって笑って聞き流せるものではなかった。
ただでさえフェレティアは、数々の戦功によって軍部から絶大な支持を得ている。
もし国王が本気でフェレティアを王太子妃に迎えようとすれば、現在の婚約は破棄され、公爵家は王家との強いつながりを失う。
それだけではない。
フェレティアが王族の一員となれば、国王は軍部から絶大な支持を得るフェレティアという切り札を手にすることになる。
そうなれば、王妃や王太子、そして公爵家の政治的な立場がどうなるかわからない。
危機感を抱いた王妃と王太子、そして王太子の婚約者である公爵令嬢の父親は、その日のうちに結託した。
まず王妃派の近衛騎士を動かして国王を私室へ押し込め、外部との接触を禁じる。
そして翌朝、フェレティアが動き出すより先に、反逆罪という名目で処刑してしまおうとしたのである。
フェレティアは、ため息をこぼさずにはいられなかった。
「はあ。そのようなことをされずとも国を出ていくものを。暴言は許しますが、害をなすというなら手加減はしませんよ」
王太子の命令を受け、近衛騎士たちがフェレティアを捕らえようと近づいてくる。
フェレティアは静かに告げた。
「もう一度忠告します。害をなすなら容赦はしませんよ」
「たった一人で何ができる!?ひるむな。大勢で囲んでフェレティア将軍を殺すのだ!!」
王太子は、たった一人のフェレティアを侮り、近衛騎士たちに命令した。
しかし、戦場で何千人もの敵を相手にしてきたフェレティアにとって、近衛騎士がどれだけ集まろうと、ものの数ではなかった。
殺そうとかかってくる近衛騎士たちを次々と返り討ちにし、死者がとうとう二百名を超えたところで、残された近衛騎士たちは攻撃をやめた。
誰一人として、フェレティアに近づこうとはしない。
フェレティアは攻撃の意思がなくなったことを確認すると、そのまま堂々と謁見の間を後にした。
あとに残されたのは、折り重なるように倒れた近衛騎士たちと、血に染まった謁見の間だった。
その凄惨な光景を目の当たりにした王妃と王太子には、もはやフェレティアを追わせようという気力など残っていない。
そして、それを実行しようとする騎士も一人としていなかった。
こうしてフェレティアは、数年間身を寄せていた国を出奔し、他国を目指すことになった。
ところが、フェレティアの動きは各国から注目されていた。
そのため、彼女が国を出ていったという情報は、わずか数日のうちに周辺諸国へ知れ渡ることになる。
特に隣国は、フェレティアを自国へ引き抜けないか、さもなくば暗殺できないかと考えていた矢先のことだった。
まずは、フェレティアが本当に国を出奔したのか調べる必要がある。
出奔しているのであれば、もっけの幸い。
だが、あの国はフェレティア将軍一人のおかげで成り立っているようなものだった。
そんな人物を、本当に手放すはずがあるのだろうか。
隣国は疑い、慎重にフェレティアの動向を探らせた。
そして調べれば調べるほど、信じがたい事実が明らかになっていった。
フェレティアは、本当にあの国から姿を消していた。
それどころか反逆罪を着せられ、さらに近衛騎士二百名以上を殺害した罪人として扱われているではないか。
このあまりにも間の抜けた事件の情報を手に入れ、最も笑いが止まらなかったのは隣国であった。
自ら最大の切り札を捨てたようなものだ。
フェレティアがいないのであれば、もはや恐れるものはない。
隣国はすぐさま軍を動かした。
数ヶ月も経たないうちに、その国は滅んだ。
国王はすでに侵攻の中で殺されており、見せしめとして処刑台へ送られたのは王太子だった。
大勢の国民が見守る中、処刑台へ引き立てられた王太子。
その最後の言葉は――。
「父上は正しかった。フェレティアを妻に迎えてさえいれば・・・・」
であったという。




