↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/21

第4話

「私たち二人がお仕えする、大切な主を」


フェレティアの言葉に、大広間が静まり返った。


フェレティアとミレイラが、同時に僕を見る。


「私たちの主、イエロー様です」


「・・・・え?」


僕の声だけが、やけに大きく響いた。


次の瞬間。


「イエロー?」


「誰だ?」


「あの少年が?」


「ベロア公爵家の者なのか?」


大広間が一気にざわめいた。


僕は困って二人を見る。


いや、昨日、言っていたよ。


二人とも僕をご主人様として仕えているって。


でも、こんな大勢の前で発表するなんて聞いてないよ!


「フェレティア」


「はい」


「ミレイラ」


「はい」


二人とも、ものすごく嬉しそうだった。


駄目だ、何を言っても聞いてくれそうにない。


そんな僕たちを、壇上にいるベロア公爵が呆然と見つめていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


なぜだ!?


なぜ、あの忌々しいイエローが二人の真ん中にいる!?


わしはベロア公爵。


このエケベリア帝国最大の領地を持つ大貴族である。


今日という日は、わしにとって最高の日になるはずだった。


帝国中どころか、他国からも王侯貴族が集まっている。


目的はもちろん、フェレティアとミレイラ。


二人は数十年前、わしの祖父がまだベロア伯爵だったころから我が家に仕えている。


エケベリア王国を帝国へと押し上げた最大の功労者。


中央平原に名を轟かせる二人の大将軍。


その二人が我がベロア公爵家の家臣なのだ。


羨ましいだろう。


羨ましいだろう!


そう思っていたというのに。


『私たちの主、イエロー様です』


・・・・待て。


二人がイエローを「主」と呼んでいること自体は知っていた。


イエローが生まれたとき、二人はそろって、


『今後、イエロー様を私たちの主といたします』


そう申し出てきたからだ。


だからこそ、わしは、あの女とその子供をベロア公爵家に置き続けた。


そうでなければ、とっくに追い出していた。


よりにもよって、あの魔力すら持たない無能な小僧を!


だが、わしは今まで、それを深刻に考えたことなどなかった。


二人が仕えているのは、あくまでベロア公爵家。


その中で、なぜかイエローを特別にかわいがり、主と呼んでいる。


その程度にしか考えていなかったのだ。


そもそも二人が我が家へ仕える際、祖父と特殊な契約を結んでいたはずだ。


家臣として軍務や護衛には力を貸す。


だが、いつでもベロア家から離れることができる。


そして、仕える主人については、二人自身が選ぶ。


たしか、そのような契約だった。


しかし、それでも二人は数十年にわたってベロア家を離れなかった。


皇帝から直接仕えるよう求められても断った。


他国から爵位や領地を提示されても断った。


だから、わしは安心していたのだ。


結局、この二人が戻る場所はベロア公爵家なのだと。


ところが。


『私たち二人がお仕えする、大切な主を』


つい先ほど、二人は諸国の王侯貴族が集まる前で、はっきりとそう宣言した。


ベロア公爵家ではない。


わしでもない。


あの二人が仕えているのは――。


イエロー個人だというのか?


「・・・・」


そこで、あることに気づいた。


待てよ、イエローは、ベロア公爵家の血を引いていない。


あの女は、ずっとそう言い張っていた。


イエロー自身も、自分はわしの子ではないと思っている。


ならば、イエローをベロア公爵家から除籍すればいいのではないか?


そうだ、あの二人がイエローを主に選んだのも、ベロア公爵家の人間だからに違いない。


いくら契約上、二人が自由に主人を選べるとはいえ。


家を追われ、何の後ろ盾もない平民となった小僧を、それでも主と呼び続けるだろうか。


何十年も仕えてきたベロア公爵家を捨ててまで?


そんなはずがない。


爵位。


領地。


名誉。


ベロア公爵家にいれば、すべてが手に入る。


それらを捨てて、魔力すら持たない小僧についていくなどあり得ない。


そうだ、イエローさえ家から追い出せば、二人も目を覚ます。


そして再び、今まで通り、ベロア公爵家へ仕え続けるしかなくなる!


「ふふ」


そうだ。


そうに違いない。


「ぐわっはっはっは!」


なんだ、簡単ではないか。


そうと決まれば、すぐに動こう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌朝。


フェレティアとミレイラは、前線に動きがあったという緊急の伝令を受け、朝早く屋敷を発った。


本宅では兄や姉、使用人たちが総出で二人を見送ったらしい。


僕?


当然、別宅だよ。


それどころか、本宅へ近づくなと言われていた。


昨日の夜会で、かなり目立ってしまったからだろう。


まあ、僕も近づきたいとは思わないけど。


ところが、二人が出発して間もなく、僕は本宅へ呼び出された。


珍しい。


普段は僕が本宅へ入ることさえ嫌がるのに。


嫌な予感しかしない。


だけど拒否するわけにもいかない。


嫌なことは、早く終わらせるに限る。


僕は本宅へ向かった。


屋敷へ入った瞬間、使用人たちの視線が集まった。


いつもより冷たい。


昨日のことが原因だろうな。


早く帰りたい。


そのまま当主の執務室へ向かう。


扉を開けると。


「来たな」


ベロア公爵がいた。


それだけではなく兄と姉までいる。


なんだろう。


三人とも僕を見ている。


特に兄からは、憎しみに近いものまで感じた。


「今日は、お前に言い渡すことがある」


「はい」


ベロア公爵が僕を睨む。


「お前は、わしと血がつながっていない。そうだな」


今さら?


僕は少し驚いた。


母さんから、ずっと聞かされてきた。


僕はベロア公爵の子ではない。


だけど、本当の父親が誰なのか。


それだけは、最後まで教えてくれなかった。


何度尋ねても、「あなたは私の大切な子。それだけ覚えておけばいいの」と言って笑うだけだった。


だから僕自身も、自分をベロア公爵の子だと思ったことはない。


「お前は、わしの恩情に応えるどころか、ベロア公爵家の血を引いていないと言い続けてきた」


恩情。


どの辺りが?


「わしはお前の母を愛しておった。だからこそ、腹の中にいたお前も我が子として扱おうとしたのだ」


よく言うよ。


母さんが死んでからは、別宅に食事すら届かなくなった。


僕、危うく飢え死にするところだったんだけど。


「だが、お前はその手を振り払った」


「・・・・」


「よって!」


ベロア公爵が宣言した。


「お前を今日限りでベロア公爵家から除籍する!」


え?


「そして、この屋敷から追放する。異存はないな?」


思わずベロア公爵を見た。


本当に出ていっていいの?


横にいた兄が口を開いた。


「イエロー。こんなことになって悲しいよ」


全然悲しそうじゃない。


「だが、これは君自身が招いたことだ。ベロア公爵家は選ばれた血筋なんだ。魔法すら使えない者がいていい家ではない」


「そうですか」


すると姉が、少し悲しそうな顔をした。


「イエロー」


「はい」


「これを持っていきなさい」


姉がアクセサリーを差し出してきた。


「私からの餞別よ。売れば、しばらく暮らせるでしょう」


「ありがとうございます」


姉だけは、昔から少しだけ僕に優しかった。


受け取ろうとした、そのとき。


「待て!」


ベロア公爵が止めた。


「それには我が家の家紋が入っている!」


「ですが、お父様」


「ならん!除籍された者に持たせれば悪用される恐れがある!」


姉が困った顔をした。


僕は手を引っ込める。


「では、結構です」


「イエロー・・・・」


「お気持ちだけいただきます。ありがとうございます、姉様」


「でも、あなた、これからどうするの?」


「大丈夫ですよ」


僕は答えた。


「母が亡くなってから、僕は使用人の方々からほとんど世話を受けていませんから」


「え?」


姉が固まった。


「食事も届かなくなりましたので、自分で働いて生活しています」


「なんだと?」


今度はベロア公爵が反応した。


兄も姉も僕を見ている。


「お前・・・・働いているのか?」


「はい。採集人として」


三人とも知らなかったらしい。


ベロア公爵が、執事長と使用人たちを睨んだ。


「どういうことだ」


「そ、それは・・・・」


あれ?公爵の指示じゃなかったんだ。


まあ、もういいか。


「今では少しですが蓄えもあります。もともと成人したら、この家を出ようと思っていました」


僕は三人を見る。


「ですので、ちょうどよかったです」


「ちょうど?」


「はい」


なんだか急に肩が軽くなった気がした。


もうこの家の人間でなくていい。


「これを機に、ベロア公爵家とは完全に縁を切らせていただきます」


姿勢を正し、深く頭を下げて別れの挨拶をした。


「今まで、お世話になりました」


まあ、ほとんど世話になってないが、最後くらい、ちゃんと挨拶しておいた方が気持ちいいよね。


公爵や兄、姉たちは唖然とした顔をしていたけど。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


別宅へ戻った。


荷物はほとんどない。


着替え。


採集道具。


母さんの形見。


それくらいだ。


お金は依頼あっせん所へ預けてある。


いつかここを出ようと思っていたから、準備はできていた。


荷物をまとめ、最後に部屋を見回した。


母さんと暮らした場所。


楽しい思い出がなかったわけじゃない。


むしろ母さんとの思い出だけなら、たくさんあるから、少し寂しい。


だけど。


「行こう」


僕は別宅を出て、公爵家の門を出る。


少し歩いてから振り返った。


大きな屋敷。


僕が生まれ育った場所。


本当は少しくらい認めてもらいたかった。


魔法が使えなくても、公爵の血を引いていなくても、ここにいていいと言ってほしかった。


そんな気持ちがなかったわけではない。


でも、もう終わったんだ。


僕は屋敷へ向かって、深く頭を下げた。


「どうも、お世話になりました」


ふぅ。


やっぱり、きちんと挨拶すると気持ちがいい。


さて、これからどうしよう。


もうベロア公爵家の人間ではないから、この領地に残る必要もない。


いっそ。


「パール王国へ行ってみようかな」


隣国の魔族国家パール王国。


中央平原五大国の一つで、王族や貴族の多くを魔族が占める国だ。


ベロア公爵領とは隣接しているし、現在はエケベリア帝国とも同盟関係にある。


依頼あっせん所でも、パール王国から来た人たちとは何度か話したことがある。


魔族の国と聞くと怖そうだけど、別に人族を取って食ったりするわけではない。


むしろパール王国は、種族や魔力の有無にかかわらず、誰もが安心して暮らせる国を目指しているらしい。


決められた税を納め、国の法を守って暮らしている限り、人族であっても普通に生活できるという。


ちなみに、僕には魔力がない。


でも、それなら特に困ることもなさそうだ。


パール王国にも依頼あっせん所はある。


採集人として働けばいい。


今までみたいに、実はベロア公爵家の末子です、なんてことを隠す必要もない。


僕はただのイエロー。


自分で働いて、自分で稼いで、自分の好きな場所で生きていく。


「うん」


なんだかわくわくしてきた。


僕は荷物を背負い直す。


そして、一度も振り返ることなく、ベロア公爵家をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。