第4話
「私たち二人がお仕えする、大切な主を」
フェレティアの言葉に、大広間が静まり返った。
フェレティアとミレイラが、同時に僕を見る。
「私たちの主、イエロー様です」
「・・・・え?」
僕の声だけが、やけに大きく響いた。
次の瞬間。
「イエロー?」
「誰だ?」
「あの少年が?」
「ベロア公爵家の者なのか?」
大広間が一気にざわめいた。
僕は困って二人を見る。
いや、昨日、言っていたよ。
二人とも僕をご主人様として仕えているって。
でも、こんな大勢の前で発表するなんて聞いてないよ!
「フェレティア」
「はい」
「ミレイラ」
「はい」
二人とも、ものすごく嬉しそうだった。
駄目だ、何を言っても聞いてくれそうにない。
そんな僕たちを、壇上にいるベロア公爵が呆然と見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なぜだ!?
なぜ、あの忌々しいイエローが二人の真ん中にいる!?
わしはベロア公爵。
このエケベリア帝国最大の領地を持つ大貴族である。
今日という日は、わしにとって最高の日になるはずだった。
帝国中どころか、他国からも王侯貴族が集まっている。
目的はもちろん、フェレティアとミレイラ。
二人は数十年前、わしの祖父がまだベロア伯爵だったころから我が家に仕えている。
エケベリア王国を帝国へと押し上げた最大の功労者。
中央平原に名を轟かせる二人の大将軍。
その二人が我がベロア公爵家の家臣なのだ。
羨ましいだろう。
羨ましいだろう!
そう思っていたというのに。
『私たちの主、イエロー様です』
・・・・待て。
二人がイエローを「主」と呼んでいること自体は知っていた。
イエローが生まれたとき、二人はそろって、
『今後、イエロー様を私たちの主といたします』
そう申し出てきたからだ。
だからこそ、わしは、あの女とその子供をベロア公爵家に置き続けた。
そうでなければ、とっくに追い出していた。
よりにもよって、あの魔力すら持たない無能な小僧を!
だが、わしは今まで、それを深刻に考えたことなどなかった。
二人が仕えているのは、あくまでベロア公爵家。
その中で、なぜかイエローを特別にかわいがり、主と呼んでいる。
その程度にしか考えていなかったのだ。
そもそも二人が我が家へ仕える際、祖父と特殊な契約を結んでいたはずだ。
家臣として軍務や護衛には力を貸す。
だが、いつでもベロア家から離れることができる。
そして、仕える主人については、二人自身が選ぶ。
たしか、そのような契約だった。
しかし、それでも二人は数十年にわたってベロア家を離れなかった。
皇帝から直接仕えるよう求められても断った。
他国から爵位や領地を提示されても断った。
だから、わしは安心していたのだ。
結局、この二人が戻る場所はベロア公爵家なのだと。
ところが。
『私たち二人がお仕えする、大切な主を』
つい先ほど、二人は諸国の王侯貴族が集まる前で、はっきりとそう宣言した。
ベロア公爵家ではない。
わしでもない。
あの二人が仕えているのは――。
イエロー個人だというのか?
「・・・・」
そこで、あることに気づいた。
待てよ、イエローは、ベロア公爵家の血を引いていない。
あの女は、ずっとそう言い張っていた。
イエロー自身も、自分はわしの子ではないと思っている。
ならば、イエローをベロア公爵家から除籍すればいいのではないか?
そうだ、あの二人がイエローを主に選んだのも、ベロア公爵家の人間だからに違いない。
いくら契約上、二人が自由に主人を選べるとはいえ。
家を追われ、何の後ろ盾もない平民となった小僧を、それでも主と呼び続けるだろうか。
何十年も仕えてきたベロア公爵家を捨ててまで?
そんなはずがない。
爵位。
領地。
名誉。
ベロア公爵家にいれば、すべてが手に入る。
それらを捨てて、魔力すら持たない小僧についていくなどあり得ない。
そうだ、イエローさえ家から追い出せば、二人も目を覚ます。
そして再び、今まで通り、ベロア公爵家へ仕え続けるしかなくなる!
「ふふ」
そうだ。
そうに違いない。
「ぐわっはっはっは!」
なんだ、簡単ではないか。
そうと決まれば、すぐに動こう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
フェレティアとミレイラは、前線に動きがあったという緊急の伝令を受け、朝早く屋敷を発った。
本宅では兄や姉、使用人たちが総出で二人を見送ったらしい。
僕?
当然、別宅だよ。
それどころか、本宅へ近づくなと言われていた。
昨日の夜会で、かなり目立ってしまったからだろう。
まあ、僕も近づきたいとは思わないけど。
ところが、二人が出発して間もなく、僕は本宅へ呼び出された。
珍しい。
普段は僕が本宅へ入ることさえ嫌がるのに。
嫌な予感しかしない。
だけど拒否するわけにもいかない。
嫌なことは、早く終わらせるに限る。
僕は本宅へ向かった。
屋敷へ入った瞬間、使用人たちの視線が集まった。
いつもより冷たい。
昨日のことが原因だろうな。
早く帰りたい。
そのまま当主の執務室へ向かう。
扉を開けると。
「来たな」
ベロア公爵がいた。
それだけではなく兄と姉までいる。
なんだろう。
三人とも僕を見ている。
特に兄からは、憎しみに近いものまで感じた。
「今日は、お前に言い渡すことがある」
「はい」
ベロア公爵が僕を睨む。
「お前は、わしと血がつながっていない。そうだな」
今さら?
僕は少し驚いた。
母さんから、ずっと聞かされてきた。
僕はベロア公爵の子ではない。
だけど、本当の父親が誰なのか。
それだけは、最後まで教えてくれなかった。
何度尋ねても、「あなたは私の大切な子。それだけ覚えておけばいいの」と言って笑うだけだった。
だから僕自身も、自分をベロア公爵の子だと思ったことはない。
「お前は、わしの恩情に応えるどころか、ベロア公爵家の血を引いていないと言い続けてきた」
恩情。
どの辺りが?
「わしはお前の母を愛しておった。だからこそ、腹の中にいたお前も我が子として扱おうとしたのだ」
よく言うよ。
母さんが死んでからは、別宅に食事すら届かなくなった。
僕、危うく飢え死にするところだったんだけど。
「だが、お前はその手を振り払った」
「・・・・」
「よって!」
ベロア公爵が宣言した。
「お前を今日限りでベロア公爵家から除籍する!」
え?
「そして、この屋敷から追放する。異存はないな?」
思わずベロア公爵を見た。
本当に出ていっていいの?
横にいた兄が口を開いた。
「イエロー。こんなことになって悲しいよ」
全然悲しそうじゃない。
「だが、これは君自身が招いたことだ。ベロア公爵家は選ばれた血筋なんだ。魔法すら使えない者がいていい家ではない」
「そうですか」
すると姉が、少し悲しそうな顔をした。
「イエロー」
「はい」
「これを持っていきなさい」
姉がアクセサリーを差し出してきた。
「私からの餞別よ。売れば、しばらく暮らせるでしょう」
「ありがとうございます」
姉だけは、昔から少しだけ僕に優しかった。
受け取ろうとした、そのとき。
「待て!」
ベロア公爵が止めた。
「それには我が家の家紋が入っている!」
「ですが、お父様」
「ならん!除籍された者に持たせれば悪用される恐れがある!」
姉が困った顔をした。
僕は手を引っ込める。
「では、結構です」
「イエロー・・・・」
「お気持ちだけいただきます。ありがとうございます、姉様」
「でも、あなた、これからどうするの?」
「大丈夫ですよ」
僕は答えた。
「母が亡くなってから、僕は使用人の方々からほとんど世話を受けていませんから」
「え?」
姉が固まった。
「食事も届かなくなりましたので、自分で働いて生活しています」
「なんだと?」
今度はベロア公爵が反応した。
兄も姉も僕を見ている。
「お前・・・・働いているのか?」
「はい。採集人として」
三人とも知らなかったらしい。
ベロア公爵が、執事長と使用人たちを睨んだ。
「どういうことだ」
「そ、それは・・・・」
あれ?公爵の指示じゃなかったんだ。
まあ、もういいか。
「今では少しですが蓄えもあります。もともと成人したら、この家を出ようと思っていました」
僕は三人を見る。
「ですので、ちょうどよかったです」
「ちょうど?」
「はい」
なんだか急に肩が軽くなった気がした。
もうこの家の人間でなくていい。
「これを機に、ベロア公爵家とは完全に縁を切らせていただきます」
姿勢を正し、深く頭を下げて別れの挨拶をした。
「今まで、お世話になりました」
まあ、ほとんど世話になってないが、最後くらい、ちゃんと挨拶しておいた方が気持ちいいよね。
公爵や兄、姉たちは唖然とした顔をしていたけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
別宅へ戻った。
荷物はほとんどない。
着替え。
採集道具。
母さんの形見。
それくらいだ。
お金は依頼あっせん所へ預けてある。
いつかここを出ようと思っていたから、準備はできていた。
荷物をまとめ、最後に部屋を見回した。
母さんと暮らした場所。
楽しい思い出がなかったわけじゃない。
むしろ母さんとの思い出だけなら、たくさんあるから、少し寂しい。
だけど。
「行こう」
僕は別宅を出て、公爵家の門を出る。
少し歩いてから振り返った。
大きな屋敷。
僕が生まれ育った場所。
本当は少しくらい認めてもらいたかった。
魔法が使えなくても、公爵の血を引いていなくても、ここにいていいと言ってほしかった。
そんな気持ちがなかったわけではない。
でも、もう終わったんだ。
僕は屋敷へ向かって、深く頭を下げた。
「どうも、お世話になりました」
ふぅ。
やっぱり、きちんと挨拶すると気持ちがいい。
さて、これからどうしよう。
もうベロア公爵家の人間ではないから、この領地に残る必要もない。
いっそ。
「パール王国へ行ってみようかな」
隣国の魔族国家パール王国。
中央平原五大国の一つで、王族や貴族の多くを魔族が占める国だ。
ベロア公爵領とは隣接しているし、現在はエケベリア帝国とも同盟関係にある。
依頼あっせん所でも、パール王国から来た人たちとは何度か話したことがある。
魔族の国と聞くと怖そうだけど、別に人族を取って食ったりするわけではない。
むしろパール王国は、種族や魔力の有無にかかわらず、誰もが安心して暮らせる国を目指しているらしい。
決められた税を納め、国の法を守って暮らしている限り、人族であっても普通に生活できるという。
ちなみに、僕には魔力がない。
でも、それなら特に困ることもなさそうだ。
パール王国にも依頼あっせん所はある。
採集人として働けばいい。
今までみたいに、実はベロア公爵家の末子です、なんてことを隠す必要もない。
僕はただのイエロー。
自分で働いて、自分で稼いで、自分の好きな場所で生きていく。
「うん」
なんだかわくわくしてきた。
僕は荷物を背負い直す。
そして、一度も振り返ることなく、ベロア公爵家をあとにした。




