第3話
「はわわ・・・・ここ、どこでしょう?」
別宅の庭でぼんやりしていると、聞き慣れない女の人の声が聞こえてきた。
「広すぎますよぉ。さっき通った場所もわからなくなっちゃいました・・・・あっ!」
僕に気づいたらしい。
「あそこに人がいます!すいませ~ん!」
小柄な女の人が、こちらへ走ってきた。
僕とそれほど年齢は変わらないようにも見える。かわいらしい顔立ちをした少女だった。
誰だろう。
今日は本宅で夜会が開かれると聞いている。
フェレティアとミレイラが帰ってきたことを知った近隣の領主や諸国の要人たちが、二人に会おうと押しかけてきたのだ。
中には、他国の王族までいるらしい。
そのため本宅では朝から使用人たちが総出で準備をしていた。
門の外には、客人たちを乗せてきた馬車が長い列を作っている。
だけど。
そんなことは僕には関係ない。
僕はいつものように、離れた場所にある別宅で過ごしていた。
フェレティアとミレイラも、少し前までここにいたのだけれど、僕が本宅へ戻るようにお願いした。
二人が僕のところにいるのを見つかったら、本宅の人たちからどんな嫌味を言われるかわからないからだ。
だから、この少女も夜会の客人なのだろう。
「どうしました?」
僕が尋ねると、少女はほっとした顔をした。
「よかったぁ。人がいた」
「迷ったんですか?」
「はい・・・・」
恥ずかしそうに頷く。
「本宅へ向かっていたのですが、お庭がとてもきれいだったので、ちょっとだけ見てみようと思ったら・・・・」
「戻る道がわからなくなった?」
「そうなんです!」
何をしているんだろう、この人。
「本宅でしたら、あちらですよ」
「ああ、ありがとうございます!」
少女は嬉しそうに頭を下げた。
そして、今度は僕の顔をじっと見る。
「あの~、あなたは、こちらのお家の使用人さんですか?」
「え?」
僕は自分の格好を見下ろした。
採集人として働くときにも使っている普段着だ。
公爵家の人間が着るような服ではない。
まあ、そう見えるよね。
「いえ。使用人ではありません」
「あっ!ご、ごめんなさい!」
少女が慌てて頭を下げる。
「失礼なことを言ってしまいました!」
「別に気にしていませんよ」
実際、僕自身もベロア公爵家の人間だとはあまり思っていない。
すると少女は安心したように胸を撫で下ろした。
「よかったぁ。あっ、申し遅れました。私はハベリナと申します」
「ハベリナ?」
どこかで聞いた名前だ。
「一応、聖女をしております」
「聖女?」
思い出した。
「もしかして、聖女ハベリナ様?」
「は、はい」
驚いた。
僕でも名前を知っている。
聖女ハベリナ。
エケベリア帝国で最も優れた聖女の一人で、当代随一の回復魔法使いともいわれている人だ。
今のエケベリア帝国では、優れた回復魔法使いの女性に「聖女」という称号が与えられている。
昔、この辺りにはハチューア聖女国という国があったらしい。
ミレイラが将軍として活躍していた国だ。
その国が滅んだあとも、聖女という称号や制度は残り、今ではエケベリア帝国にも受け継がれている。
ちなみに、母さんが信仰していた聖教会とは別物だ。
聖教会は、この世界を創造したとされる創造神を祀る宗教。
聖女という称号そのものは神様とは関係ない。
そのくらいは僕も知っている。
それより目の前にいる人は、そんなにすごい人なのか。
思わず姿勢を正してしまった。
ところが。
「ところで!」
聖女ハベリナ様が急に目を輝かせた。
「あなた、ここにお住まいなのですよね?」
「え?まあ・・・・」
「でしたら、フェレティア様とミレイラ様にお会いしたことがありますか!?」
「ありますけど」
「やっぱり!」
ハベリナ様が両手を胸の前で組む。
「私、あのお二人の大ファンなんです!」
「そうなんですか?」
「はい!剛力無双のフェレティア様!魔力甚大のミレイラ様!お二人とも美しくて、強くて、帝国を代表する将軍で!一度でいいから直接お話ししてみたかったんです!」
「はあ」
「何か知っていることがあったら、教えていただけませんか?好きな食べ物とか!普段はどんなお話をされるとか!」
帝国一の聖女でも、憧れの人を前にすると普通の女の子になるらしい。
僕にとっては二人とも、たまにお土産を持って遊びに来てくれる優しいお姉さんなんだけどな。
「申し訳ありません。僕もそれほど二人について詳しいわけではないので」
「そうですかぁ」
ものすごく残念そうだ。
「あっ、そうでした」
ハベリナ様が周囲を見回す。
「本宅まで案内していただいてもよろしいでしょうか?」
しまった。
僕から言うべきだった。
この人はベロア公爵家の客人なのだ。
「もちろんです。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
僕はハベリナ様を本宅まで案内することにした。
道中も、
「フェレティア様、本当に銀色の髪なんですよね?」
「そうですね」
「ミレイラ様の青い髪も、ものすごくきれいだと聞きました!」
「きれいですよ」
「楽しみです~!」
ずっとこんな調子だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
本宅へ到着すると、ハベリナ様を探していたらしい護衛騎士たちが慌てて駆け寄ってきた。
「聖女様!どちらへ行かれていたのですか!」
「ご、ごめんなさい。お庭を見ていたら迷ってしまいまして・・・・」
護衛騎士たちは頭を抱えている。
僕はハベリナ様を引き渡すと、そのまま別宅へ戻ろうとした。
ここから先は僕には関係ない。
ところが。
「ご主人様!」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
「ミレイラ?」
青い髪を揺らしながら、ミレイラがこちらへ歩いてきた。
その声を聞いたハベリナ様がものすごい勢いで振り返った。
「ミ、ミ、ミレイラ様!?」
顔が真っ赤だ。
だけどミレイラは、ハベリナ様より僕を見ていた。
「ご主人様。お待ちしておりました」
「待ってた?」
「はい。どうぞ、私と一緒に本宅へお入りください」
「え?」
嫌だ。
思わず踵を返しかけた。
本宅に入っても、いいことなんて何もない。
以前、本宅へ顔を出しただけでも、使用人たちから冷たい目で見られた。
僕には夜会に出るような服もない。
何より、いつも優しくしてくれるミレイラに、本宅で僕がどんな扱いを受けているのか見られたくなかった。
「僕は別宅へ戻るよ」
「お待ちください」
腕を掴まれた。
「ミレイラ?」
「どうか、ご主人様」
声が震えている。
「私を信じてください」
「・・・・」
「絶対に、ご主人様へ不愉快な思いはさせません。ですから、どうか私と一緒に来てください」
そんな顔で言われたら断れるわけがない。
「・・・・わかったよ」
「ありがとうございます!」
ぱっとミレイラの顔が明るくなった。
そして僕の腕をしっかり掴んだまま、本宅へ向かって歩き始める。
後ろでは、
「ご、ご主人様?ミレイラ様が?あの方を?」
ハベリナ様が混乱していた。
僕だって、いまだに混乱している。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
本宅へ入った瞬間、視線が集まった。
使用人たち。
夜会へ招かれた貴族たち。
僕を見る。
そして隣のミレイラを見る。
また僕を見る。
当然だ。
普段、本宅にすらほとんど姿を見せない僕が、帝国でもっとも有名な将軍の一人に連れられて歩いているのだから。
使用人たちの中には、露骨に嫌そうな顔をしている者もいた。
胸の奥が重くなる。
だけど隣を見る。
ミレイラの青い髪が、歩くたびにさらさらと揺れていた。
きれいだな。
それを眺めながら歩いていると、少しだけ気持ちが楽になった。
やがて、一つの部屋へ連れていかれた。
中ではフェレティアが待っていた。
「お待ちしておりました、ご主人様」
「フェレティアまで・・・・」
「さあ、こちらへ」
「何?」
「お召し替えです」
「え?」
部屋には、僕のためらしい礼服が用意されていた。
「これ、僕の?」
「もちろんです」
「どうして僕の大きさがわかったの?」
「それは・・・・」
フェレティアとミレイラが顔を見合わせる。
「ご主人様のことですから」
「はい?」
よくわからない。
そのまま二人に着替えさせられることになった。
「ちょ、ちょっと待って。自分でできるよ」
「お任せください」
「こういうことには慣れておりますので」
「将軍なのに?」
二人の手際は妙に良かった。
鎧を着るのに慣れているからだろうか。
それにしても、まるで昔から誰かの身の回りの世話をしてきたみたいだ。
こんなふうに誰かに着替えを手伝ってもらったのは、生まれて初めてだった。
やがて着替えが終わる。
フェレティアが僕を見て、満足そうに頷いた。
「とてもお似合いです」
ミレイラも嬉しそうだ。
「やはり私たちの見立てに間違いはありませんでした」
「そうかな?」
鏡を見ると、普段の採集人の格好とはまるで違う自分がいた。
なんだか自分ではないみたいだ。
「それでは参りましょう」
「どこへ?」
二人が微笑んだ。
「夜会です」
「え?」
待って、聞いてない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大広間の前まで連れてこられた。
扉の向こうから、大勢の話し声が聞こえる。
逃げたい。
今すぐ別宅へ帰りたい。
だけど。
右にはフェレティア。
左にはミレイラ。
がっちり固められている。
逃げられない。
「大丈夫です」
フェレティアが僕を見る。
「私たちがお守りいたします」
「何から?」
答えてくれない。
大広間の中から、ベロア公爵の声が聞こえてきた。
「皆様、お待たせいたしました!」
ずいぶん機嫌がいい。
「ここで、我がベロア公爵家が誇る二人の将軍!フェレティア将軍、そしてミレイラ将軍をご紹介いたしましょう!」
大きな拍手が起こった。
「さあ!どうぞ、お入りください!」
扉が開いた。
眩しい光が差し込んでくる。
僕はフェレティアとミレイラに挟まれたまま、大広間へ足を踏み入れた。
一瞬、静かになった。
そして。
「フェレティア将軍だ!」
「ミレイラ将軍も!」
「なんとお美しい!」
歓声が爆発した。
みんな二人を見ている。
・・・・いや。
少しすると、二人の間にいる僕に気づいた。
誰だ?
そんな視線が集まってくる。
壇上を見るとベロア公爵も僕を見ていた。
ものすごい顔をしている。
なんでお前がそこにいる。
口には出していないけど、顔にそう書いてあった。
帰りたい。
やっぱり来るんじゃなかった。
そんな僕の気持ちなど知らず、ミレイラが一歩前へ出た。
「本日は、私たちのためにこのような席を設けていただき、ありがとうございます」
大きな拍手が起こる。
続いてフェレティアが前へ出た。
「そして本日は、私たちにとっても特別な日となりました」
特別?
僕もフェレティアを見る。
フェレティアは、とても嬉しそうに笑っていた。
「ようやく皆様へ、ご紹介することができます」
そして、僕の肩へ、そっと手を添えた。
「私たち二人がお仕えする、大切な主を」
・・・・え?
大広間が静まり返った。




