第2話
「なあ、聞いていいか?」
薬草を摘んでいたアランが、突然そんなことを言った。
「何?」
「おまえは、なんで採集人なんかやっているんだ?親は?やっぱり平民なのか?」
「・・・・」
答えたくない。
僕は黙ったまま、摘み取った薬草を籠へ入れた。
あれから何度か、アランとアイリの兄妹と一緒に採集へ出ている。
二人とも仕事を覚えるのが早かった。
薬草を見つけるのも早いし、品質の見極めも正確だ。
というより――。
たぶん、この二人は人族ではない。
本でしか読んだことがないけれど、もしかすると魔族なのかもしれない。
二人は薬草から出るごく微かな魔力の波動を感じ取って、品質を判断しているようだった。
普通の人族には、まずできない。
魔法使いでも、かなり魔力の扱いに慣れていなければ難しいはずだ。
だけど、生まれつき多くの魔力を持つ魔族なら、それほど不思議ではないらしい。
まあ、どうでもいい。
二人が魔族だろうと、人族だろうと、僕には関係ない。
僕はその日の食費を稼ぐので精一杯だ。
他人の事情を詮索するほど暇ではないし、そもそも詮索するのは好きではない。
ところが、向こうは違うらしい。
特に兄のアランは、採集の途中でもよく僕へ話しかけてきた。
「なあ。聞いてるか?」
「聞いてるよ」
「じゃあ、親は?」
「死んだよ」
「あ・・・・」
アランの顔が固まった。
「悪い。変なこと聞いた」
「別にいいよ」
母さんが死んだことは事実だ。
嘘をつく必要もない。
僕は昔から、嘘をつくのが苦手だった。
母さんにも、なるべく嘘はつくなと言われていた。
一度、『じゃあ、答えたくないことを聞かれたらどうするの?』と尋ねたことがある。
母さんは笑って、『そういうときは、にこにこ笑って誤魔化すのよ』と教えてくれた。
残念ながら、僕にはその才能がなかったらしい。
「それで・・・・」
アランが遠慮がちに続けた。
「やっぱり平民なのか?」
まだ聞くのか。
僕は小さく息を吐いた。
自分では平民のつもりだ。
母さんもずっと、『あなたはベロア公爵の子供ではない』と言っていた。
では、本当の父親は誰なのか。
それだけは、最後まで教えてくれなかった。
何度聞いても、『あなたは私の大切な子。それだけ覚えておけばいいの』と笑うだけだった。
それでも母さんがそう言うのなら、少なくとも僕はベロア公爵の子ではないのだと思っている。
ところがベロア公爵は認めなかった。
だから対外的には、僕は今もベロア公爵家の末息子ということになっている。
面倒くさい話だ。
説明する気にはなれなかった。
代わりに僕は、アランへ聞いた。
「じゃあ、君は?」
「え?」
「君たちは平民には見えないけど」
アランの顔が引きつった。
少し離れたところで薬草を摘んでいたアイリの手も止まる。
「所作が貴族っぽいんだよね」
「な、あ、え、そ、そんなこと関係ないだろ!」
「そうだね」
僕は頷いた。
「関係ないよ」
「・・・・」
「だから僕も聞かなかった」
アランが黙った。
アイリが警戒するような目で僕を見る。
「自分が答えられないことは、人にも聞かない方がいいと思うよ」
「・・・・悪かった」
アランが頭をかいた。
僕は少し考えてから、もう一つ付け加えた。
「それに、アランとアイリって偽名でしょ?」
「なんでわかった!?」
アランが叫んだ。
隣でアイリが兄の脇腹を思い切り肘で突いた。
「ぐふっ!」
「バカ」
「だ、だって!」
やっぱり偽名だったらしい。
なんとなく、そんな気がしていただけなのだけど。
僕は採集した薬草を籠へ入れながら言った。
「別に本当の名前を教えてくれなくてもいいよ」
「え?」
「君たちには君たちの事情があるんだろうし、僕にもある。それでいいんじゃない?」
「・・・・」
「だから、お互い詮索しない。それでいいと思う」
アランは少し申し訳なさそうな顔をした。
「悪かった」
「うん」
僕は頷いた。
「でも、これ以上僕のことを知りたいなら、一緒に仕事をするのはやめた方がいいかもね」
「そこまで言うか?」
「だって僕、君たちと仲良くなるために採集しているわけじゃないから」
アランが困ったように笑った。
アイリは、相変わらず僕をじっと見ていた。
それから三人であっせん所へ戻った。
翌日。
僕があっせん所へ行くと、二人の姿はなかった。
受付の人に聞くと、国へ帰ったらしい。
「・・・・」
少し言い過ぎたかな。
でも、僕には他人を思いやれるほど生活に余裕がない。
母さんが亡くなってから、ベロア公爵家は僕をほとんど放置している。
別宅へ食事すらまともに届けられなくなった。
だからこうして自分で働いて、その日の食事を買っている。
もう少しすれば15歳になる。
成人したら、この家を出よう。
それまではもう少しだけ我慢すればいい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数日後。
その日は採集の仕事を終え、僕は別宅へ戻っていた。
トントン。
扉を叩く音がした。
「?」
珍しい。
この別宅を訪ねてくる人なんて、ほとんどいない。
誰だろう。
僕が扉を開ける。
「イエロー様!」
そこに立っていたのは、二人の女性だった。
「フェレティア!ミレイラ!」
久しぶりに見る二人だった。
フェレティアは鎧姿。
ミレイラも軍装を身につけている。
二人とも、相変わらず驚くほどキレイだった。
領都では「美貌の将軍」なんて呼ばれているらしい。
だけど僕にとっては、昔からたまに会いに来てくれる優しいお姉さんたちだ。
「帰ってきたんだ!」
僕が声を上げる。
しかし二人は、すぐには返事をしなかった。
「・・・・」
「・・・・」
二人とも、僕の後ろにある室内を見ていた。
以前、二人がここへ来たときにはいた使用人の姿がない。
掃除も十分にされていない室内。
火の消えた台所。
最低限しか置かれていない家具。
フェレティアの顔が、見る見る険しくなっていく。
ミレイラの顔からも笑みが消えた。
「・・・・イエロー様」
「何?」
「使用人たちは、どこへ行ったのですか?」
「母さんが亡くなってから、本宅へ戻ったよ」
「・・・・お母上が?」
二人の表情が変わった。
「知らなかったの?」
「はい・・・・」
フェレティアが顔を伏せた。
「申し訳ございません。私たちは長く戦場へ出たままで・・・・」
「別に二人が謝ることじゃないよ」
ミレイラが室内を見回す。
そして静かに尋ねた。
「では、今のお食事は・・・・誰が用意されているのですか?」
「自分で買ってるよ」
「自分で?」
「うん。採集人として働いて、そのお金で」
「公爵家からは、何も?」
「最初のころは食事だけ届いてたんだけどね。だんだん減って、この数日はほとんど来なくなったかな」
「・・・・」
「・・・・」
空気が止まった。
フェレティアの肩が、小さく震え始めた。
「ベロア公爵は・・・・このことをご存じなのですか?」
「さあ」
僕は首をかしげた。
「たぶん、僕のこと自体、あまり気にしてないんじゃないかな」
次の瞬間。
「イエロー様!!」
「わっ!」
二人に抱きしめられた。
「なんとおいたわしい!」
「このような目に遭わせるために、私たちはベロア公爵家へ仕えたのではありません!」
フェレティアが本当に泣いている。
ミレイラまで目に涙を浮かべていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は二人に挟まれながら混乱した。
「今、なんて言ったの?」
「はい?」
「僕をこんな目に遭わせるために、公爵家へ仕えたんじゃないって・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
二人が黙った。
いや、おかしいよね?
まるで僕のためにベロア公爵家へ仕えたみたいじゃないか。
そんなはずはない。
二人がベロア公爵家へ仕えるようになったのは、僕が生まれるよりもずっと前だ。
フェレティアとミレイラ。
二人の名前を知らない者は、今のエケベリア帝国にはほとんどいない。
「剛力無双」のフェレティア。
「魔力甚大」のミレイラ。
フェレティアがベロア公爵家へ仕えてから、エケベリア王国は急速に勢力を拡大した。
周辺国を次々と破り、中央平原五大国の一角にまで成長。
やがてミレイラも加わり、その勢いはさらに増していった。
そしてついには、王国から帝国を名乗るまでになった。
今では皇帝陛下でさえ、何度も二人に、自らの直臣になってほしいと頼んでいるらしい。
爵位も領地も望みのまま。
それでも二人は断り続けている。
ベロア公爵家に仕える。
ただ、それだけを変えない。
そのため、二人を家臣として抱えるベロア公爵家の権勢は、皇帝すら無視できないほどになった。
そんな二人が僕の目の前で泣いている。
「イエロー様」
フェレティアが僕の両肩を掴んだ。
「もし、この家に未練がないのでしたら」
いつもの優しい顔ではなかった。
将軍として戦場に立つときは、こんな顔をしているのかもしれない。
「私たちとともに、ベロア公爵家を出ましょう」
「え?」
ミレイラも頷いた。
「この家に、イエロー様を置いておく理由はありません」
「ちょっと待ってよ」
僕は二人を見た。
「でも二人は、ベロア公爵家に仕えているんだよね?」
「はい」
「だったら、どうして僕にそんなことを言うの?」
二人が顔を見合わせた。
少しの沈黙、そしてフェレティアが、僕へ向き直った。
「お話しすれば、とても長くなります」
ミレイラも続ける。
「それに、今のイエロー様へすべてをお話ししても、信じていただけないかもしれません」
「?」
「ですが」
フェレティアの声が震えた。
「これだけは、信じてください」
二人が僕の前で膝をついた。
「え?」
中央平原中にその名を知られる二人の将軍が、採集人として日銭を稼いでいる僕の前に、跪いた。
「私たちは、ベロア公爵をご主人様と思ったことなど一度もございません」
「私たちが仕えている方は、ただ一人です」
そして二人は同時に言った。
「「イエロー様こそが、私たちのご主人様です!!」」
綺麗にハモった。
「・・・・」
いや、そこが一番わからない。
「どういうこと?」
「それは・・・・」
「話せば長くなりまして・・・・」
「そこを説明してよ!」
一番大事なところじゃないか。
だけど、二人が僕を騙そうとしているとは思わなかった。
昔から二人は、僕に優しかった。
公爵家へ戻ってくれば、必ず僕のところへ来てくれた。
お土産を持ってきてくれた。
話を聞いてくれた。
僕への扱いが悪いと知れば、本気で怒ってくれた。
母さんがいなくなった今、僕が心から信じられる人を挙げろと言われれば、この二人くらいしかいないのかもしれない。
それでも。
「ごめん」
僕は首を横に振った。
「今は、一緒には行けない」
「イエロー様?」
フェレティアが悲しそうな顔をする。
「私たちを信用できませんか?」
「違うよ」
それは違う。
「二人のことは信じてる」
「でしたら――」
「でも、僕は15歳になったら、自分でこの家を出るつもりなんだ」
二人が黙った。
「ずっとそう決めてた」
ここには、いい思い出なんてほとんどない。
だけど、母さんと暮らした場所でもある。
何より、僕は誰かに助けてもらって、この家から逃げ出したいわけじゃない。
自分で働けるようになった。
自分で食べていけるようにもなった。
あと少し、15歳になったら、自分の足でこの家を出る。
それくらいは、自分で決めたかった。
「だから、ごめん」
僕はもう一度言った。
「もう少しだけ、ここにいるよ」
二人はしばらく何も言わなかった。
やがて、フェレティアが静かに頭を下げた。
「承知いたしました」
ミレイラも頷く。
「イエロー様がお決めになったことであれば、私たちは従います」
「ありがとう」
だけど二人の顔が、なんだか怖い。
「・・・・ただし」
フェレティアが立ち上がった。
「イエロー様がここに残られることと」
ミレイラも立ち上がる。
「ベロア公爵家がイエロー様をこのように扱っていたことは」
二人が顔を見合わせた。
「「まったく別の話です」」
またキレイにハモった。
「・・・・二人とも?」
返事はなかった。
フェレティアとミレイラは、ものすごく怖い笑顔を浮かべていた。
僕はそのとき、ベロア公爵家の人たちが、ほんの少しだけ心配になった。




