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イエロー編エピソード3  イエローという少年  第1話

あれから数十年。


エケベリア王国は、今やエケベリア帝国となっていた。



「今日も食事、来ないな」


僕は、誰も来ない別宅の扉を見つめながら呟いた。


昨日も来なかった。


一昨日も、ほとんど残り物のようなパンが届けられただけだった。


一応、僕はこのエケベリア帝国でも最大の権勢を誇る大貴族、ベロア公爵の息子ということになっている。


なのに、このままだと普通に餓死する。


どうしてこうなったのか。


理由は、いくつもあった。


僕の母さんは、もともと平民だった。


それも貴族に仕える使用人ではない。商会で働いていた、ごく普通の女性だったという。


そこへ商談のために訪れたベロア公爵が母さんを見初めた。


そして、無理やり連れてきた。


母さんはこの別宅へ住まわされ、公爵の妾のように扱われた。


やがて子供を身ごもり、僕を産んだ。


ただ、母さんは僕がベロア公爵の子供であることを最後まで認めなかった。


『イエロー。あなたは、あの人の子ではないからね』


幼いころから、何度も聞かされた言葉だ。


だけど。


「だったら、僕の父さんって誰なんだろう」


それを聞いても、母さんは答えてくれなかった。


ただ、


『あなたは私の大切な子。それだけ覚えておけばいいの』


そう言って笑うだけだった。


ベロア公爵は、そんな母さんの言葉を認めなかった。


僕は自分の子だと言い張り、母さんをこの別宅に置き続けた。


とはいえ、公爵が僕をかわいがったわけではない。


僕には魔力も剣の腕もなかった。


対して本宅にいる兄と姉は、どちらも優秀だった。


兄は幼いころから武芸と魔法の才能を示し、姉は魔法の才能だけでなく美貌にも恵まれている。


二人と比べれば、僕など公爵にとって何の価値もない子供だったのだろう。


兄と姉から直接いじめられたことはない。


ただ、助けてももらえなかった。


僕は別宅で母さんと二人で暮らしていた。


それでも、母さんがいる間はよかった。


貧しくてもないし、裕福でもない。


公爵家の子供として考えればずいぶん粗末な生活だったらしいけど、僕は母さんと暮らせればそれでよかった。


その母さんが、先日亡くなった。


ずっと体調を崩していた。


医者は長年の心労が身体を弱らせたのだろうと言っていた。


母さんが亡くなると、別宅を管理していた使用人たちは次々と本宅へ引き上げていった。


公爵から僕をどうするかという指示はなかったらしい。


本宅の者たちも、別宅に残された僕のことなど気にしなかった。


最初のうちは食事だけ届けられていた。


だが、それも次第に減っていった。


そして、とうとう来なくなった。


「よし」


僕は立ち上がった。


このまま待っていても仕方がない。


母さんも、こういう日が来ることを予想していたのかもしれない。


『イエロー。薬草はね、似ているものがたくさんあるの。葉っぱだけじゃなくて、茎と根も見るのよ』


『この木の実は食べられる。でも、よく似たこっちの実はお腹を壊すから気をつけて』


『森へ入ったら、帰り道を絶対に忘れないこと。採集に夢中になって奥へ入りすぎたら駄目よ』


母さんは僕に、いろいろなことを教えてくれた。


その中でも特に詳しく教えてくれたのが、薬草や魔法草の見分け方だった。


理由は今ならわかる。


母さんは、いつか自分がいなくなったとき、僕が一人でも生きていけるようにしてくれていたのだ。


だったらその知識を使おう。


僕は別宅を出た。


目指したのは、ベロア公爵領都にある依頼あっせん所だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


エケベリア帝国。


中央平原五大国の一角に数えられる大国である。


もともとは王国だったらしいが、ここ数十年で周辺国を次々と併呑し、現在では五大国でも最大級の領土を持つ帝国となった。


その急激な拡大を支えたのが、ベロア公爵家だった。


代々武門として知られる家であり、帝国軍の中でも絶大な影響力を持っている。


特に近年は、ベロア公爵家に仕える将軍たちが次々と戦争に勝利した。


その功績によって、ベロア家は伯爵位から公爵位へ陞爵したのだという。


今では皇帝ですら無視できないほどの大貴族となっている。


そのベロア公爵領の中心が、僕の暮らしている領都だ。


帝国各地から人と物が集まる巨大な都市である。


当然、依頼あっせん所も大きい。


薬草や魔法草、木の実などを集める採集人。


商人の護衛を請け負う冒険人。


薬師。


錬金術師。


商人。


いろいろな人が出入りしている。


僕は母さんから教わった知識を使い、採集人として登録した。


最初こそ不安だった。


だけど、やってみれば何とかなった。


薬草を見分ける。


傷つけないように採集する。


品質を落とさないよう保存する。


盗賊の出やすい場所には近づかない。


どれも母さんから教わっていたことだった。


それから僕は、別宅から依頼あっせん所へ通う生活を始めた。


依頼を受ける。


採集する。


報酬を受け取る。


そのお金で食べ物を買う。


自分で稼いだお金で初めてパンを買ったときは、なんだか不思議な気持ちになった。


公爵家から届けられていたパンより、ずっとおいしく感じた。


そんな生活を続けて、しばらく経ったある日、依頼を終えた僕は、あっせん所に併設された食堂兼酒場で食事をしていた。


ここは食事をするだけでなく、情報を集める場所でもある。


これも母さんから教えてもらった。


「おい、知ってるか?」


近くの席から大きな声が聞こえてきた。


見ると、屈強な冒険人らしき男たちが酒を飲んでいる。


「ここ数日中にフェレティア将軍とミレイラ将軍が領都へ凱旋するらしいぜ」


僕の手が止まった。


「本当か!?」


「ああ。一時的な帰還らしいが、お偉いさんたちは大騒ぎだ。盛大な宴を開くとか何とか」


「そりゃそうだろ。エケベリア帝国三軍神のうち二人が同時に戻ってくるんだぞ」


「『剛力無双』のフェレティア将軍に、『魔力甚大』のミレイラ将軍か」


フェレティア。


ミレイラ。


知っている名前が聞こえてきて、僕は思わずそちらへ耳を傾けた。


「しかも二人とも、とんでもない美人なんだろ?」


「ああ。ただし将軍たちに絡むなよ。特にフェレティア将軍はな」


「なんでだ?」


「以前、酔っぱらったバカがフェレティア将軍に絡んでな」


男は声を潜めた。


「その場で頭を握りつぶされたらしい」


「・・・・」


周りが静かになった。


「三軍神の中でも一番の怪力なんだろ?絡んだ奴がバカなんだよ」


「それだけじゃねえぞ」


「まだあるのか?」


「そのあと、絡んだ奴の家族や家まで全部潰したとか・・・・」


「・・・・」


さっきまで騒いでいた男たちが、一斉に酒を飲み始めた。


一気に暗い雰囲気になっている。


僕は首をかしげた。


フェレティアが?


あんなに優しいのに。


フェレティアとミレイラは、ベロア公爵家に関係する人たちの中で、僕に優しくしてくれる数少ない人だった。


二人とも、僕が本宅ではなく別宅で暮らし、公爵家の中であまり大切にされていないことは知っていた。


それだけでも、二人はずいぶん怒っていた。


だけど、二人が最後に領都へ戻ってきたころは、母さんもまだ生きていたし、別宅には使用人もいた。


暮らし向きこそ、公爵家の子供とは思えないほど質素だったけれど、食べるものに困るようなことまではなかった。


母さん自身も、二人へ余計な心配をかけたくなかったのか、僕たちは大丈夫だからと話していた。


だから、母さんが亡くなったことも。


使用人たちが本宅へ引き上げたことも。


ついには食事さえ届かなくなったことも。


フェレティアとミレイラは、まだ何も知らない。


二人とも長く戦場へ出たまま、領都へ帰ってきていなかったからだ。


だけど帰ってくると、二人は必ず僕のところへ顔を出してくれた。


フェレティアはお土産を持ってきてくれる。


ミレイラは旅先や戦場で見た珍しいものの話をしてくれる。


「帰ってくるんだ・・・・」


自然と頬が緩んだ。


嬉しい。


久しぶりに二人に会える。


今度は僕が採集人として働いていることを話してみよう。


母さんが亡くなったことは・・・・。


たぶん、二人とも悲しむだろう。


そんなことを考えながら食事をしていると、


「イエローさーん」


受付から僕を呼ぶ声がした。


「はい?」


食事を終えて受付へ向かう。


顔なじみの職員が、申し訳なさそうに両手を合わせた。


「あの~、すみません。ちょっとお願いがありまして」


「なんですか?」


「新人さんと一緒に採集へ行ってもらえませんか?」


職員の横を見る。


そこには、僕とそれほど年齢の変わらない男女が立っていた。


どうやら兄妹らしい。


「僕でいいんですか?」


「むしろイエローさんだからお願いしたいんです。採集場所にも詳しいですし、危ない場所には絶対に新人を連れていかないでしょう?」


「それは、まあ」


「お願いします!」


依頼あっせん所では、初めて採集へ出る者に経験者を同行させることがある。


僕の場合、その役目を母さんがしてくれた。


ここへ来たばかりのころは僕も初心者だったのに、いつの間にか新人の指導を頼まれるようになっていたらしい。


なんだか少し嬉しかった。


「わかりました。僕でよければ」


「ありがとうございます!」


すると、少年の方が元気よく手を上げた。


「よろしくな!俺はアラン。こっちは妹のアイリだ」


「兄さん。自分で言えるから」


少女が不満そうに兄を睨んだ。


そして僕を見る。


「・・・・アイリです。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。僕はイエロー」


アイリは僕を少し訝しそうに見ていた。


アランは対照的に人懐っこい。


「イエローって、この辺りの採集場所に詳しいんだろ?」


「それなりには」


「じゃあ頼りにしてるぜ!」


「兄さん。初対面の人に馴れ馴れしすぎ」


「いいじゃんか」


二人のやり取りを見て、僕は少し笑った。


仲のいい兄妹なのだろう。


「では行きましょうか。まずは初心者でも採集しやすい場所を案内します」


「おう!」


「お願いします」


こうして僕は、アランとアイリを連れて薬草の群生地へ向かった。


道中で薬草の見分け方や採集するときの注意点を教える。


「根まで必要な薬草でなければ、全部抜かないでください。次に来たとき、また採れるように残しておいた方がいいです」


「なるほど」


「あと、採集に夢中になりすぎないこと。時々周りを見てください」


「盗賊とかか?」


「それもありますけど、帰り道を見失う人もいるので」


「わかった」


二人は素直だった。


そして驚いたことに、かなり優秀だった。


初めてだというのに、持ち帰った薬草や魔法草はどれも状態がいい。


依頼あっせん所の職員も驚いていた。


「初日ですよね、この二人?」


「そう聞いています」


「ずいぶん筋がいいですねえ」


僕もそう思う。


翌日。


依頼あっせん所へ行くと、またアランとアイリがいた。


「あ、イエロー!」


アランが手を振る。


「おはようございます」


「今日も一緒に行かないか?」


アイリもこちらを見る。


「・・・・できれば、お願いします」


昨日より少しだけ、僕を見る目が柔らかくなっている気がした。


受付の職員を見ると、ぜひ一緒に行ってくれと言いたそうな顔をしていた。


どうやら、この兄妹には何か事情があるらしい。


だから、信用できない相手とは組ませたくないのだろう。


まあ、事情があるという意味では、僕も人のことは言えない。


何しろ僕は、この領地を治めるベロア公爵の息子ということになっている。


その僕が、身分を隠して採集人をしているのだから。


知られたら、きっと大騒ぎになる。


「まあ、いいか」


「何が?」


「なんでもないです。では、今日も行きましょう」


僕は採集道具を持ち上げた。


久しぶりにフェレティアとミレイラが帰ってくる。


新しく知り合った兄妹もいる。


母さんが亡くなってから一人になってしまった僕の日常が、少しずつ動き始めていた。


このときの僕はまだ知らなかった。


フェレティアとミレイラの帰還が、そして、アランとアイリとの出会いが僕の人生を大きく変えることになるなんて。



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