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第10話

「何をしたあああああああ!!」


国王の怒声が、王城に響き渡った。


国王と王妃が祝勝会の大広間へ到着したのは、ミレイラが去った後だった。


ハイルオル王国軍を撃退したミレイラと将兵たちを労うための祝勝会。


王子が、「私が準備をいたします」と申し出たため、成長の機会にもなるだろうと任せていた。


それだけだった。


婚約破棄をさせるためではない。


まして、王国最強の将軍を国外追放させるためではない。


国王は事情を聞き終えると、顔面を真っ赤にして王子を睨みつけた。


「誰がミレイラ将軍を国外追放してよいと言った!!」


「ち、父上!しかしあの女は私を侮辱し――」


「そもそも!!」


国王の怒声で王子が黙る。


「いつ、そなたとミレイラ将軍は婚約したのだ!?」


「え?」


「正式な婚約書はどこだ!」


「それは・・・・」


「両家の合意は!?」


「・・・・」


「余は一言も許可しておらぬぞ!!」


王子の顔から血の気が引いた。


王妃も冷たい目を息子へ向ける。


「あなた、まさか、ミレイラ将軍が自分を好いていると勝手に思い込んでいたの?」


「ち、違う!セラフが!」


視線が大聖女へ向く。


セラフも青ざめた。


「わ、私は・・・・王子殿下のお気持ちを応援しただけで・・・・」


だが、その後の調査によって、二人が親しくなっていった経緯も明らかになった。


そして、それだけではなかった。


セラフは少しずつ。


本当に少しずつ。


王子の中に、ミレイラへの悪い印象を少しずつ植えつけていた。


「ミレイラ様は今日も戦場です」


「本当に戦うことがお好きなのでしょうね」


「私には、人を殺すなんて恐ろしくて」


「王子殿下の妃になる方には、もっと穏やかな女性がよいのではないでしょうか」


最初はほんの些細な言葉だった。


しかし幾度となく続けられた。


やがて王子の中で「美しく強いミレイラ」という印象は、「戦うことしか知らない危険な女性」へ変わっていった。


その一方で、「慈愛あふれる大聖女」、「いつでも自分の話を聞いてくれるセラフ」。


そう思うようになる。


そして二人は恋仲になった。


問題は、それだけではなかった。


王子とセラフはミレイラも当然、王子との結婚を望んでいると思い込んでいた。


だから正式な婚約すらしていないのに「婚約破棄」を宣言した。


そして大勢の貴族の前でミレイラより上に立ったことを示そうとした。


その結果、王国最強の将軍を失った。


「愚か者が」


調査結果を聞いた国王は、力なく呟いた。


だが、もう、ミレイラはどこにもいなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


王子への処分は重かった。


王太子となる予定だった王子は、継承権を剥奪。


王族としての公務からも完全に外された。


その後、王国の存亡を危険にさらした責任を問われ、幽閉された。


そして、ほどなくして病死したと記録されることになる。


大聖女セラフも、当然その地位を失った。


大聖女の称号を剥奪され、聖女としての資格も失う。


さらに、王子と共謀して国家の軍事を支える将軍を追放に追い込んだ責任を問われた。


だが、処分を言い渡されたとき、セラフは、呆然としていたという。


「どうして・・・・」


かつて、何の力も持たなかった少女。


誰からも必要とされず、役立たずと罵られ、一人で泣いていた少女。


ミレイラが助け、制度を変えた。


セラフ自身の努力も認められ、大聖女になった。


国中から尊敬され、王子から愛された。


そしていつの間にか、そのすべてが自分に与えられて当然のものだと思うようになっていた。


最終的にセラフは平民へ戻された。


さらに、王子と共に存在しない婚約の破棄を公の場で演じ、王国軍の中核を担うミレイラを侮辱し、結果として国外へ去らせた責任も重く問われた。


国家へ重大な損害を与えたとして、セラフには死罪が言い渡された。


彼女が最後に何を思ったのか。


それを記した記録は残っていない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


しかし、ハチューア聖女国にとって、本当の問題はここからだった。


国王はすぐにミレイラを捜索させた。


国中へ使者を出す。


国境の各地にも使者を走らせる。


見つけたなら、謝罪し、どのような条件を出してでも戻ってもらうつもりだった。


だが、ミレイラは見つからなかった。


そして、その情報を最も早く利用した国がある。


ハイルオル王国だった。


「ミレイラ将軍がいない?」


その情報を得たハイルオル王国は、すぐさま軍を動かした。


先の戦いでは、三千ほどしかいないハチューア聖女国軍に、一万の軍勢が敗れた。


その最大の要因が誰なのか、ハイルオル王国はよく理解していた。


ミレイラ。


彼女がいない。


ならば、恐れる理由はない。


再びハイルオル王国軍が国境を越えた。


ハチューア聖女国の魔法軍も抵抗した。


ミレイラによって育てられた魔法使いたち。


兵士たち。


改革された聖女制度のもと、戦場へ出ることを選んだ聖女たち。


彼らは決して弱兵ではなかった。


だが、ミレイラという圧倒的な中心を失った影響はあまりにも大きかった。


どこへ兵を配置するのか。


いつ魔法を放つのか。


どこで退くのか。


軍を一つにまとめていた将がいない。


さらに王子と大聖女をめぐる騒動で、王国内部も混乱していた。


ハイルオル王国は、その隙を逃さなかった。


やがて王都まで敵軍が迫った。


ミレイラが国を去ってからわずか三ヶ月足らず、ハチューア聖女国は滅亡した。


国名にまで「聖女」を掲げ、魔法軍を誇り、一時は周辺国から恐れられた王国。


その歴史は、一人の将軍を失ったことをきっかけに、あっけなく幕を閉じたのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そのころ、当のミレイラは、すでに遠く離れた街道を歩いていた。


「さて」


青い髪が風に揺れる。


一つの国で多くのことを学んだ。


善意だけでは、人は変えられないこと。


制度を良くしただけでは、すべてがうまくいくわけではないこと。


弱かった人が力を得れば、今度はその力を誰かへ向けることもある。


だからといって、誰かを助けることが間違いだったとは思わない。


セラフを助けたことも、聖女制度を変えようとしたことも、自分は間違っていなかった。


ただ、世界というものは、自分が思っていたよりずっと複雑なのだ。


「まだ、勉強が足りませんね」


ミレイラは小さく笑った。


そして、ある人物から、以前伝えられていた言葉を思い出す。


次に向かうべき場所。


それは――。


エケベリア王国。


そこには、自分と同じように世界へ出た、かつて共に学んだ仲間がいるはずだった。


「フェレティアは、元気にしているでしょうか」


そう呟きながらミレイラは、エケベリア王国へ向かって歩き始めた。


そこで出会う人々が、やがて自分たちが長い間探し続けてきた、ある一人の少年へとつながっていく。


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