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第8話

「私が・・・・大聖女、ですか?」


セラフは、自分を指さしたまま固まっていた。


「はい。正式に決まったそうですよ」


「わ、私が?」


「そうです」


「本当に?」


「本当です」


「何かの間違いではなく?」


「何度聞くのですか」


ミレイラが少し困ったように笑う。


それでも、セラフは信じられないようだった。


かつて聖女教会で落ちこぼれと呼ばれていた少女である。


魔力量が少ない。


治療できる人数も少ない。


要領も悪い。


他の聖女たちから仕事を押しつけられ、神官からは役立たずと怒鳴られていた。


そんな自分が大聖女。


ハチューア聖女国において、すべての聖女の頂点に立つ者。


「む、無理です!」


突然、セラフが叫んだ。


「私なんかに大聖女なんて無理です!」


「そうでしょうか?」


「そうですよ!だって、私より魔力の多い方なんてたくさんいますし、回復魔法だって――」


「セラフさん」


ミレイラが遮った。


「以前、お話ししましたよね」


「え?」


「魔力の量だけで、人の価値が決まるわけではありません」


「あ・・・・」


セラフは黙った。


「それに、大聖女になるのは私ではありません。セラフさんです」


「はい・・・・」


「ですから、最後に決めるのもセラフさんです。嫌なら断ってもいいと思いますよ」


嫌なら断ってもいい。


その言葉を聞いて、セラフは少しだけ笑った。


以前、ミレイラが自分に教えてくれた言葉だった。


嫌なことは、嫌だと言っていい。


自分の人生は、自分で選んでいい。


「・・・・やってみたいです」


セラフは小さな声で言った。


そして、もう一度、今度ははっきりと。


「私、大聖女をやってみたいです」


「はい」


「私みたいな子が、もう二度と役立たずって言われない聖女教会にしたいです」


その言葉を聞いて、ミレイラは微笑んだ。


「それなら、きっと良い大聖女になれますよ」


こうして、かつて落ちこぼれと呼ばれていた少女セラフは、ハチューア聖女国の大聖女となった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして実際、大聖女となったばかりのセラフは、ミレイラが期待した通りの人物だった。


「この子、昨日から休んでいないのですか?」


「はい。治療希望者が多かったもので」


「駄目です!」


セラフは神官へ珍しく強い口調で言った。


「今日は休ませてあげてください」


「しかし、大聖女様。まだ治療を待っている者が――」


「でしたら、私が治療します」


「大聖女様がですか?」


「はい」


セラフは自分の魔力量が決して多くないことを知っている。


だからこそ、自分にできる範囲をよく理解していた。


一度に大勢を治療しようとはしない。


重傷者を優先し、自分では治療できない者については、より力のある聖女へ頼む。


無理だと判断すれば、無理だとはっきり言う。


以前のセラフなら、怒られることを恐れて魔力が尽きるまで治療しようとしただろう。


しかし、今は違った。


「無理をして倒れてしまったら、明日の人を治せなくなりますから」


それがセラフの口癖になった。


さらに、聖女候補の少女たちとも積極的に話をした。


「何か困っていることはありませんか?」


「ありません」


「本当に?」


「・・・・はい」


「怒りませんよ」


しばらく黙っていた少女が、やがて小さな声で話し始める。


家に帰りたい。


家族に会いたい。


訓練が辛い。


同室の子とうまくいかない。


そんな一つ一つの話を、セラフは聞いた。


自分も同じだったからだ。


誰にも言えなかった。


嫌だと言っていいことさえ知らなかった。


だから、少女たちの気持ちがよくわかった。


聖女たちからも、


「大聖女様は、私たちの話を聞いてくださる」


と慕われるようになっていった。


国王からの評価も高かった。


聖女教会の改革は成功した。


誰の目にも、そう映っていた。


もちろんミレイラもそう思っていた。


「良い大聖女になりましたね」


そう言われたセラフは、照れくさそうに笑った。


「全部、ミレイラ様のおかげです」


「またそれですか」


「だって、本当ですから」


「違いますよ」


ミレイラは首を横に振った。


「今の聖女教会を作っているのは、セラフさんです」


その瞬間、セラフの表情が止まった。


ほんの一瞬だった。


「私が?」


「はい」


ミレイラは何の気なしに言った。


「私はきっかけを作っただけです。今の聖女教会がうまくいっているのは、大聖女であるあなたが頑張っているからですよ」


「私が・・・・」


セラフは、もう一度その言葉を口にした。


そして嬉しそうに笑った。


「はい!」


そのころのミレイラは、それを見ても何とも思わなかった。


実際、その通りだったからである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


セラフが大聖女となって一年が過ぎた。


「大聖女様!」


王都を歩けば、人々から声をかけられるようになった。


「先日は娘を治していただき、ありがとうございました!」


「いえ。元気になられて何よりです」


「大聖女様のおかげです!」


「そんな・・・・」


最初のころ、セラフは顔を赤くしていた。


自分などが感謝されていいのだろうか。


そんなことを考えていた。


しかし何度も、何十回も、何百回も同じことを言われ続けた。


「大聖女様!」


「大聖女様!」


「ありがとうございます、大聖女様!」


やがて、呼ばれることに慣れた。


聖女教会へ戻れば、神官たちが頭を下げる。


「お帰りなさいませ、大聖女様」


「はい」


以前、自分を怒鳴りつけていた者たちは、もういない。


悪事が発覚して処罰された者もいれば、改革によって立場を失った者もいる。


そして、新しく入った神官たちはセラフに逆らわなかった。


何しろ大聖女である。


聖女教会を代表する立場だ。


「大聖女様。こちらの書類をご確認ください」


「そこへ置いておいてください」


「はい」


「大聖女様。明日の予定ですが――」


「あとにしてください。今日は疲れています」


「かしこまりました」


誰も怒らない。


誰もセラフへ命令しない。


それどころか、みんなが自分の言葉を聞いてくれる。


それは、セラフが生まれて初めて味わう感覚だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「大聖女様。本日の平民への治療ですが」


「今日は何人ですか?」


「三十名ほどです」


「三十・・・・」


セラフは少し顔をしかめた。


以前なら、できる限り治療しようと思っただろう。


だが今は、大聖女としての仕事が増えていた。


会議。


王族や貴族との面会。


聖女たちの管理。


教会行事への出席。


何より、国を代表する大聖女として、人前に出なければならない。


「ほかの聖女では駄目なのですか?」


「もちろん治療はできます。ただ、皆、大聖女様に治療していただきたいと」


「・・・・そうですか」


セラフは困った。


全部を自分でやることはできない。


それはミレイラから教わったことでもある。


無理をする必要はない。


人に任せられることは、人に任せればいい。


「では、ほかの聖女にお願いします」


「かしこまりました」


間違った判断ではなかった。


実際、大聖女には大聖女の仕事がある。


セラフ一人が治療をしなくても、聖女教会は回る。


むしろ組織の長となった以上、何でも自分でやろうとする方が問題だろう。


だから、この時点では、まだ、何もおかしくなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


さらに一年が過ぎた。


ある日、セラフは王城へ招かれた。


国王や王妃をはじめ、多くの貴族が集まる宴である。


以前のセラフなら、そんな場所に呼ばれただけで震えていただろう。


だが今では、王城へ招かれることも珍しくない。


「大聖女セラフ様」


「お会いできて光栄です」


「我が家にも、ぜひ一度お越しください」


貴族たちが次々と挨拶に来る。


セラフも慣れた様子で応対した。


そんな中、一人の男が近づいてきた。


「ああ、あなたが大聖女セラフか」


セラフが振り返る。


この国の王子だった。


「王子殿下」


セラフは頭を下げる。


「話には聞いている。ずいぶんと優秀な大聖女だそうだな」


「もったいなきお言葉です」


「平民の出身だとも聞いた」


「・・・・はい」


セラフは少し身を固くした。


平民。


かつての自分なら、その言葉を聞くだけで身が縮んだ。


だが。


「素晴らしいではないか」


「え?」


「身分に関係なく、能力のある者が高い地位へ就く。まさに我が国の誇るべきところだ」


「ありがとうございます」


王子は人好きのする笑顔を浮かべた。


「それに、思っていたよりずっと美しい」


「え?」


セラフの頬が赤くなる。


「い、いえ、そのような・・・・」


「ははは。謙遜するな」


王子は楽しそうに笑った。


セラフもつられて笑う。


このころ、王子はまだ、ミレイラに好意を抱いていた。


大聖女セラフについても、ミレイラと親しい聖女という程度の認識しかなかった。


そしてセラフ自身も、王子からの寵を得ようとは考えていなかった。


ただ、嬉しかった。


生まれて初めて、高貴な身分の男性から、美しいと言われた。


それだけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから、王子は聖女教会へ顔を出すようになった。


最初の目的はミレイラだった。


「ミレイラはいないのか?」


「ミレイラ様でしたら、軍の訓練です」


「そうか・・・・」


王子は露骨に残念そうな顔をする。


セラフは思わず笑った。


「王子殿下は、本当にミレイラ様がお好きなのですね」


「わ、わかるか?」


「わかりますよ」


「実はな・・・・」


いつしか、セラフは王子の恋愛相談を受けるようになった。


「ミレイラは何が好きなのだ?」


「さあ・・・・」


「親しいのだろう?」


「そうですけど、ミレイラ様はあまり自分のことを話されませんから」


「ならば、どうすれば私を好きになってくれると思う?」


「それを私に聞かれましても・・・・」


二人で笑った。


王子と話すのは楽しかった。


大聖女としてではなく一人の女性として扱われているような気がした。


そして何より王子は自分の話を聞いてくれた。


セラフがどのような幼少期を過ごしたのか。


聖女教会でどのような扱いを受けていたのか。


大聖女になったとき、どれほど不安だったのか。


「苦労したのだな」


そう言われたとき、セラフは泣きそうになった。


「だが、今の君は立派な大聖女だ」


「・・・・ありがとうございます」


「もっと自信を持て」


自信。


以前の自分には、一番縁のなかった言葉だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


さらに時が流れた。


「大聖女様」


一人の聖女が、セラフへ声をかけた。


「何ですか?」


「明日の平民への治療なのですが、人手が足りません」


「そうですか」


「申し訳ありませんが、大聖女様にも少しだけお手伝いいただけないでしょうか」


セラフは手元の書類から顔を上げた。


一瞬、眉が動いた。


「私が?」


「はい」


聖女は気づかなかった。


「大聖女様が来てくだされば、皆も安心しますので」


以前ならセラフは迷わず頷いただろう。


だが。


「・・・・わかりました」


少しだけ間があった。


ほんの少し、それだけだった。


「ありがとうございます!」


聖女は頭を下げて去っていった。


セラフは再び書類へ目を落とした。


だが、なぜだろう。


先ほどの言葉が、少しだけ引っかかった。


――私が?


自分は大聖女である。


以前のような、一介の聖女ではない。


自分にしかできない仕事もたくさんある。


平民の治療なら、ほかの聖女でもできる。


そんなことを考えた。


そして、すぐに首を振った。


「何を考えているの、私」


自分だって平民だったではないか。


ミレイラ様が助けてくれたから、ここまで来られた。


それを忘れてはいけない。


セラフは自分にそう言い聞かせた。


翌日。


約束通り平民の治療へ向かった。


いつもと同じように優しく声をかけ丁寧に治療をした。


だからまだ誰も気づかなかった。


セラフ自身でさえ、気づいていなかった。


かつて。


「私なんかが、大聖女でいいのでしょうか」


そう言っていた少女の心に、ほんの小さな、本当に小さな変化が生まれていたことに。


――私は、大聖女なのだから。


その思いはまだ誰かを傷つけるほど大きなものではなかった。


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