第7話
「望む褒美は、聖女たちの扱いを改めていただくことです」
国王の前で、ミレイラはそう言い切った。
謁見の間に、わずかな沈黙が流れる。
先の夜盗討伐をはじめ、魔法軍で大きな功績を立てたミレイラは、正式に魔法将軍へ任命されることになった。
その功績に報いるため、国王は望む褒美を尋ねた。
金。
屋敷。
爵位。
無理のない望みであれば、何でも叶えるつもりだったという
ところがミレイラが口にしたのは、自分自身のための褒美ではなかった。
「聖女たちの扱いを改める?」
国王が聞き返す。
「はい」
「そなた自身の褒美ではなく?」
「私には、今のところ必要なものはありませんので」
「むう・・・・」
国王は困ったように宰相を見る。
宰相も予想していなかったらしく、考え込んでいた。
それに対して、同席していた聖女教会の長官だけは露骨に不快そうな表情を浮かべている。
「ミレイラ将軍」
長官が口を開いた。
「聖女たちは、すでに国より十分な待遇を受けております」
「そうなのですか?」
「もちろんです」
長官は胸を張った。
「聖女とは、国と民のためにその身を捧げる尊い存在。それゆえ国民から敬われ、衣食住も国によって保証されております」
ミレイラは静かに聞いていた。
「5歳で家族から引き離されることも?」
長官の表情がわずかに固まった。
「・・・・優れた回復魔法を身につけるには、幼い頃からの教育が必要なのです」
「本人が嫌がっても?」
「子供には、まだ自分に何が必要なのかわかりません」
「家族が反対しても?」
「国のためでございます」
ミレイラは頷いた。
「なるほど」
その言葉に、長官は少し安心したようだった。
だが。
「では、神官の身の回りの世話をさせることも、国のためなのですか?」
「なっ!」
「聖女候補の少女へ暴力を振るうことも?」
謁見の間の空気が変わった。
「その・・・・いったい何のお話を――」
「夜に少女を私室へ呼び出すことも、回復魔法の訓練なのでしょうか?」
「ミレイラ将軍!」
長官の声が裏返った。
国王の顔から笑みが消えている。
「・・・・長官」
「は、はい!」
「どういうことだ?」
「誤解でございます!陛下!そのような行為を聖女教会が認めている事実はございません!」
「認めていなければ、行われていても問題ないと?」
ミレイラが尋ねる。
「そ、それは・・・・」
「私は、誰かを処罰してほしいとお願いしているのではありません」
ミレイラは国王へ向き直った。
「同じことが二度と起きない仕組みにしていただきたいのです」
国王はしばらく黙っていた。
「具体的には、何を望む?」
ミレイラは、前もって考えてきた内容を口にした。
「まず、幼い少女を家族から強制的に引き離すことをやめてください」
聖女教会長官が何か言おうとしたが、国王が手で制した。
「続けよ」
「回復魔法の訓練が必要なら、一定期間だけ首都へ通う方法や、各地に指導者を派遣する方法もあると思います」
「ふむ」
「どうしても聖女教会で生活する必要がある場合でも、本人や家族の同意を得てください」
さらに。
「神官が聖女候補へ私的な雑用を命じることを禁止してください」
「暴力も」
「当然です」
「そして、本人の意思に反して戦場へ送ることも、おやめいただきたいです」
軍務大臣がわずかに眉をひそめた。
「しかし、ミレイラ将軍。軍に聖女がいなくなれば、兵士の被害が増える」
「ならば、戦場へ出る聖女には相応の報酬を」
「報酬?」
「兵士にも俸給があるのでしょう?」
「もちろんだ」
「でしたら、聖女にも戦場へ出る危険に見合った報酬を支払えばよいのでは?」
軍務大臣は黙った。
言われてみれば当然の話だった。
この国では、聖女は「国のために尽くす尊い存在」という建前のもと、彼女たちの働きを当然のものとして扱ってきた。
ミレイラはさらに続ける。
「聖女たちを、きちんと休ませることも必要です」
「休ませる?」
「魔力が尽きるまで回復魔法を使わせて、翌日も同じことをさせるのは効率が悪いと思います」
国王が苦笑した。
「魔力が膨大なそなたの意見とは思えない理由だな」
「私のことはともかく」
ミレイラ自身は真面目だった。
「疲れた状態で魔法を使えば、失敗する可能性も高くなります。それでは治療を受ける側にも危険でしょう」
「確かにな」
宰相も頷く。
最初は戸惑っていた国王だったが、話を聞くにつれて、ミレイラの要求が決して突飛なものではないことを理解し始めていた。
むしろ、これまで聖女教会に任せきりにしていたこと自体が問題だったのではないか。
そんな疑問すら浮かび始めている。
「わかった」
国王が言った。
「そなたの望みを褒美として認めよう」
聖女教会長官が顔色を変えた。
「陛下!」
「ただし、すべてを一度に変えることはできぬ」
「もちろんです」
ミレイラもそれは理解していた。
「まず調査を行う。聖女候補への暴力、私的な使役、それから・・・・」
国王は不快そうに眉を寄せる。
「性的な行為については、事実であれば厳しく処罰する」
「ありがとうございます」
「そして、今後の聖女制度については宰相、軍務大臣、それにミレイラ将軍も交えて見直すこととする」
「私もですか?」
「そなたが言い出したのであろう?」
「そうでした」
国王が笑った。
こうして、一人の魔法将軍が褒美として願ったことをきっかけに、ハチューア聖女国の聖女制度は大きく変わり始めることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
改革は、思っていた以上の速さで進んだ。
理由の一つは、国王自身が聖女教会の実態をほとんど知らなかったことだった。
聖女教会は長年、内部のことを独自に取り仕切っており、王宮へ上がってくるのは表向きの報告ばかりだった。
当然、聖女教会内部から強い反発もあった。だが、国王直属の調査で数々の不正が明らかになった以上、表立って改革に逆らうことは難しかった。
調査を始めると、次々と問題が明らかになった。
聖女候補への暴力。
私的な雑用。
魔力が尽きても強要される治療。
本人の意思を無視した軍への配置。
そして、一部の神官による少女への性的な虐待。
「・・・・ひどいものだな」
報告書を読んだ国王は、言葉を失ったという。
特に悪質な神官は処罰され、聖女候補へ私的な命令を出すことは禁止された。
聖女候補の居住区には女性の管理者が置かれ、家族との面会も認められるようになった。
さらに一定の年齢に達した聖女は、自分がどのような形で働きたいのか、希望を出すことができるようになった。
軍へ出たい。
町で治療をしたい。
聖女教会で後進を育てたい。
あるいは、聖女として働くことそのものを辞めたい。
もちろん、すべての希望が通るわけではない。
それでも、これまで「選ぶ」ということすら許されなかった少女たちに、自分の人生について意見を言う権利が与えられたのである。
戦場へ出た聖女には、通常より多くの報酬が与えられるようになった。
聖女たちを、魔力が戻るまできちんと休ませることも決められた。
当初は、
「聖女とは国へ尽くす存在!」
と反発していた者もいた。
しかし、制度を変えたところで軍が弱くなるわけではなかった。
むしろ魔力が戻るまできちんと身体を休めた聖女たちの方が、安定して回復魔法を使えることがわかった。
聖女自身の不満も減った。
国にとっても、結果的には悪い改革ではなかった。
そして誰よりも喜んでいたのはセラフだった。
「ミレイラ様!」
改革の内容が正式に発表された日、セラフはミレイラの姿を見るなり走ってきた。
「走ると危ないですよ」
「だって、だって!」
セラフはミレイラの前で立ち止まると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「私は国王陛下にお願いしただけですよ」
「それができる人が、今まで誰もいなかったんです!」
セラフの目には涙が浮かんでいる。
「小さい子たちが、家族と会えるようになったんです」
「はい」
「嫌なことをされたら、ちゃんと訴えていいって」
「はい」
「戦場へ行くのだって・・・・嫌なら相談していいって」
セラフは涙を拭った。
「私たち、嫌だって言ってもよかったんですね」
その言葉に、ミレイラは何も答えられなかった。
「嫌だ」と言う。
そんな当たり前のことを、この少女たちは知らずに育ったのだ。
「セラフさん」
「はい」
「これからは、嫌なことは嫌だと言ってください」
「はい!」
セラフは笑った。
初めて広場で出会ったとき、神官に怒鳴られながら必死になって怪我人を治していた少女。
魔力が尽きて倒れ、自分を役立たずだと思っていた少女。
そのセラフが、今は嬉しそうに笑っている。
ミレイラはその姿を見て改革してよかったと、心からそう思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
制度が変わると、聖女教会の中でも少しずつ人の評価が変わり始めた。
それまで重要視されていたのは、何より魔力量だった。
どれだけ多くの人を治せるか。
どれだけ重い傷を治せるか。
それが聖女の価値だと考えられていた。
だが、ミレイラはそうは考えなかった。
「魔力が多い方だけが、優れた聖女なのでしょうか?」
聖女制度の見直しを話し合う会議の席で、ミレイラはそう尋ねた。
「では他に、何を評価しろと?」
聖女教会の役人が聞き返す。
「真面目に働くこと」
「・・・・」
「治療を受ける方へ丁寧に接すること」
「・・・・」
「そして、自分の魔力量を理解して無理をしないことも、大切だと思います」
ミレイラの頭に、一人の少女が浮かんでいた。
セラフ。
魔力量は決して多くない。
だが、目の前の怪我人へ真摯に向き合い、誰かへ仕事を押しつけることもなく、軍へ配属されてからも真面目に働き続けている。
それに、今では自分の魔力量を理解し、無理をせず周囲と協力して治療を行うようになっていた。
「そういう方が評価される仕組みも必要なのではありませんか?」
国王も、その意見に賛成した。
やがて聖女たちの評価制度そのものが見直されることになった。
魔力の大きさだけではない。
治療の実績。
日頃の務めぶり。
周囲からの信頼。
後輩への指導。
そうしたものも評価されるようになったのである。
その制度の中で、一人の聖女が、少しずつ評価を上げていった。
セラフだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「セラフさん。また褒められたそうですね」
「えへへ」
セラフが恥ずかしそうに笑う。
「私なんかが、いいんでしょうか」
「いいから評価されたのでしょう?」
「でも、私は魔力も少ないし・・・・」
「以前も言いましたよね」
ミレイラは微笑んだ。
「魔力の量だけで、人の価値が決まるわけではありません」
「・・・・はい」
「あなたは真面目に働いています。それが認められたのです」
セラフの目が潤んだ。
「ミレイラ様のおかげです」
「私のおかげではありません」
ミレイラは首を横に振る。
「セラフさんが頑張ったからですよ」
その言葉をセラフは、とても嬉しそうに聞いていた。
それから数年後。
聖女教会から一つの提案が国王へ届けられた。
現在の大聖女が高齢となり、後継者を決める必要がある。
その候補として名前が挙げられた人物。
かつて「落ちこぼれ」と呼ばれ、魔力が少ないという理由だけで、雑用を押しつけられていた少女。
――聖女セラフ。
国王は、その名前を見てミレイラへ尋ねた。
「そなたは、どう思う?」
ミレイラは迷わなかった。
「セラフさんなら、良い大聖女になると思います」
このときのミレイラは心から、そう信じていた。




