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第6話

「ミレイラ様は・・・・この国で、聖女がどういう扱いをされているかご存じないのですよね」


「聖女の扱い?」


ミレイラが聞き返すと、セラフは小さく頷いた。


兵士や魔法使いからミレイラの部隊への転属を希望する者は、日に日に増えている。


ところが、回復魔法を使う聖女だけは増えない。


そこでミレイラは、セラフ一人では負担が大きいだろうと思い、


「他の聖女の方にも来ていただきましょうか?」


と何気なく尋ねた。


その答えが、今の言葉だった。


「聖女は、この国では大切にされているのではないのですか?」


ハチューア聖女国。


国名にまで「聖女」という言葉を掲げている。


回復魔法を使える女性は聖女と呼ばれ、人々から尊敬を集める。


少なくとも、外から来たミレイラにはそう見えていた。


しかし、セラフは悲しそうに笑った。


「大切にされているのは、私たちではありません」


「では、何が?」


「回復魔法です」


ミレイラは黙った。


セラフは自分の手を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


この国では、回復魔法の素質があるかどうかを幼い頃から調べられるという。


そして素質があると認められた少女は、町や村から首都へ集められる。


本人が望むかどうかは関係ない。


家族が反対しても意味はない。


「首都には、聖女教会という施設があります」


「教会?」


「はい。でも名前は教会ですけど、実際には回復魔法を教えるための訓練所みたいな場所です」


そこへ集められた少女たちは、回復魔法の使い方を教え込まれる。


この国では、回復魔法を使える人族の女性を、広い意味で「聖女」と呼ぶ。


だが聖女教会の内部では、それとは別に能力による正式な格付けが存在していた。


その中でも特に優れた者には「大聖女」。


それに次ぐ力を持つ者には、正式な称号として「聖女」が与えられる。


国民には、


――聖女教会で尊い教えを受け、国と民のために回復魔法を学ぶ女性たち。


そう説明されている。


だが。


「本当は、そんな綺麗な場所ではありません」


セラフの声が小さくなった。


聖女教会を管理しているのは、神官服を着た国の役人たちだった。


少女たちは回復魔法の訓練だけでなく、神官たちの身の回りの世話や雑用までさせられる。


魔力が少なければ怒鳴られる。


覚えが悪ければ罰を受ける。


そして――。


セラフは一度、言葉を詰まらせた。


「年頃になって、見た目のキレイな子は・・・・その・・・・神官様に夜、呼ばれることもあります」


ミレイラの目が細くなる。


何を意味しているのか。


わからないほど世間知らずではなかった。


「それを拒むことは?」


「できません」


即答だった。


「どうしてです?」


「私たちは、小さい頃からそうやって育てられますから」


神官の命令には従う。


国のために働く。


聖女である自分たちは、それが当然なのだ。


何年もそう教え込まれる。


家族とも離される。


外の世界をほとんど知らない。


逆らうという発想そのものを持たないまま、大人になっていく少女も多いという。


ミレイラはしばらく何も言えなかった。


「そして、戦場へ出られるくらいの年齢になると、魔法軍へ配属されます」


「本人の希望は?」


セラフは首を横に振った。


「ありません」


どの聖女をどの部隊へ送るか。


それを決めるのも聖女教会だった。


つまり、聖女教会は聖女たちの人生そのものを握っている。


回復魔法を使える女性を独占しているため、軍に対しても強い発言力を持つ。


そして、その聖女教会自体が国の管理下にある。


聖女も。


軍も。


国の都合で使われる。


「だから、私の部隊に他の聖女が来ないのですね」


ミレイラが言う。


セラフは申し訳なさそうに頷いた。


「はい」


「聖女教会の方々は、私を嫌っている?」


「・・・・そう聞いています」


理由は簡単だった。


ミレイラは聖女教会の出身ではない。


それなのに、大多数の聖女をはるかに上回る回復魔法を使う。


しかも魔法軍で戦功を重ね、国王からも注目され始めている。


聖女教会にとっては、面白い存在ではない。


「だから、わざと力のある聖女をミレイラ様の部隊へ配属しなかったそうです」


セラフは俯いた。


「その・・・・私しか来なかったのも、そのせいです」


「セラフさんしか?」


「はい」


そして、セラフは頭を下げた。


「申し訳ありません」


「なぜ謝るのです?」


「私は聖女の中では魔力が少なくて・・・・落ちこぼれに近いんです」


「・・・・」


「何も知らない新人のミレイラ様には、私くらいで十分だろうって・・・・」


声が震えていた。


「このような力のない私しか配属されなくて、本当に申し訳ありませんでした」


ミレイラは、静かにセラフを見ていた。


セラフはさらに話を続けた。


「私も、5歳の頃に聖女教会へ連れていかれました」


「5歳?」


ミレイラの表情が変わった。


港町で出会った花売りの少女。


あの子も、それくらいだっただろうか。


「はい。回復魔法の素質があると言われて、両親から離されました」


「ご両親には会えたのですか?」


「ほとんど・・・・」


セラフは笑おうとした。


だが、うまく笑えていなかった。


「私は貧しい平民の生まれでしたし、鈍くさかったので、他の聖女候補の方たちからよくいじめられました」


「・・・・」


「神官様からは、幸いにも地味な顔だからと言われて、その・・・・夜に呼ばれたりすることはありませんでした」


幸い。


そんな言葉を使わなければならないこと自体が、ミレイラには理解できなかった。


「でも、魔力が少なかったので、いつも怒鳴られていました」


ミレイラは、初めてセラフと出会った日のことを思い出した。


広場。


怪我人の列。


必死になって回復魔法を使う少女。


そして隣で怒鳴っていた神官服の男。


『おい、この役立たず!!体中の魔力を絞り出してでもやれ!!』


「あの日も、本当なら私ではなかったんです」


「広場で治療していた日のことですか?」


「はい」


本来なら、もっと魔力の多い聖女が担当するはずだった。


だが、平民を相手にする仕事を嫌がり、セラフへ押しつけたという。


「私では、あれだけの人数を治せないことはわかっていました。でも、断れなくて」


だから魔力が尽きた。


倒れた。


そして怒鳴られた。


「そんなとき、ミレイラ様が助けてくださったんです」


セラフが顔を上げた。


「私が治せなかった人たちまで、みんな治してくださいました」


その目には涙が浮かんでいた。


「本当に・・・・ありがとうございました」


ミレイラは答えなかった。


胸の奥に、重いものが落ちていく。


港町の花売りの少女を救えなかった。


その後、セラフを見たとき、少しだけ少女を重ねた。


今度は、この子がひどい目に遭うところを見たくないと思った。


だが、セラフだけを守れば、それでいいのだろうか。


同じように幼い頃から家族と引き離された少女が、この国には大勢いる。


自分が知らない場所で、同じように泣いているのではないか。


「・・・・セラフさん」


「はい?」


「一つ、聞いてもいいですか?」


「もちろんです」


「あなたは、聖女になってよかったと思っていますか?」


セラフは答えなかった。


しばらくして小さな声で言った。


「・・・・わかりません」


それが答えだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その日の夜。


ミレイラは一人、宿舎の窓から王都を眺めていた。


昼間は多くの人でにぎわう街。


立派な王城。


美しい聖女教会。


外から見れば、豊かで平和な国に見える。


だが、その中には5歳で家族から引き離された少女がいる。


国のためという言葉で自由を奪われる少女がいる。


怪我人を救う力を持っているというだけで、戦場へ送られる少女がいる。


そして、それを当然だと思う者たちがいる。


ミレイラは外の世界を知るために旅へ出た。


港町では、権力を持つ者が、何の力もない少女一家を理不尽に殺した。


この国では、もっと大きな仕組みそのものが、多くの少女たちを縛っている。


「世界というものは・・・・」


ミレイラは小さく呟いた。


「思っていたより、難しいのですね」


魔法ならば簡単だった。


敵がいれば倒せばいい。


怪我人がいれば治せばいい。


だが、人が長い年月をかけて作った仕組みは、魔法一発で消し飛ばすわけにはいかない。


少なくとも――。


ミレイラは、そう考えた。


そして翌日。


国王から使者がやってきた。


先の夜盗討伐をはじめとしたミレイラの戦功を称え、正式に魔法将軍への任命を行うという。


さらに。


「国王陛下より、褒美として望むものがあれば申し出るようにとのことでございます」


「望むもの、ですか?」


「はい。金でも、屋敷でも、爵位でも。できる限り希望を叶えたいとの仰せです」


ミレイラは少し考えた。


そして、昨日、涙を流していたセラフの顔を思い出す。


「わかりました」


ミレイラは静かに頷いた。


「では、一つお願いしたいことがあります」


その願いが、ハチューア聖女国の聖女たちの運命を、大きく変えることになる。


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