第5話
「敵が来たぞ!!」
見張りに出ていた兵士の声が響いた。
ミレイラ率いる部隊にとって、初めての実戦が始まろうとしていた。
討伐対象は、国境付近を荒らしている夜盗集団。
夜盗とはいっても、その規模はかなり大きい。
周辺の村を襲い、食料や金品を奪うだけでなく、逃げ込んできた犯罪者や傭兵崩れまで吸収し、その数はいつしか数百人にまで膨れ上がっていた。
対するミレイラの部隊は、その三分の一にも満たない。
初陣の相手としては、決して楽な相手ではなかった。
「ミレイラ様。敵がこちらへ向かってきます!」
「わかりました」
報告を受けても、ミレイラは普段と変わらない。
周囲の兵士たちのほうが落ち着かなかった。
特に前衛を任された兵士たちは、盾を握る手に力を込めている。
これまで彼らが教えられてきた戦い方ならば、これから自分たちが前へ出る。
敵の攻撃を受け止め、その間に後方の魔法使いが詠唱を行う。
傷つけば聖女が治療する。
そして、また前へ出る。
それがハチューア聖女国の魔法軍における常識だった。
しかし。
「前衛の皆さんは、その場で待機してください」
「え?」
兵士たちは耳を疑った。
「ミレイラ様。敵が来ます!」
「ええ。見えていますよ」
「でしたら、俺たちが前に出て時間を稼がないと!」
「必要ありません」
ミレイラはそう言って、敵の方角へ目を向けた。
遠くに砂煙が見える。
夜盗たちは数の多さを頼みに、こちらへ向かってきていた。
ミレイラは右手を前へ出した。
「では、まず私がやってみます」
「まず?」
兵士が聞き返したときだった。
ミレイラの右手に、炎が生まれた。
最初は小さな炎だった。
だが、そこへ膨大な魔力が流れ込んでいく。
炎が大きくなる。
さらに大きくなる。
「え?」
「ちょっと待て」
「でかくないか?」
兵士たちがざわめき始めた。
やがてミレイラの頭上には、人の身体など簡単に飲み込んでしまいそうな巨大な火球が浮かんでいた。
後方にいた魔法使いたちは、それを見て言葉を失った。
「詠唱は?」
「してないぞ」
「あれだけの魔法を、無詠唱で?」
しかも。
まだ大きくなっている。
「ミ、ミレイラ様!」
セラフが慌てて駆け寄ってきた。
「なんでしょう?」
「大丈夫なんですか、それ!?」
「はい?」
「その魔法です!そんなに魔力を使ったら・・・・」
ミレイラは頭上の巨大な火球を見る。
「このくらいなら大丈夫ですよ」
「このくらい!?」
セラフの声が裏返った。
その間にも夜盗たちは近づいてくる。
こちらの部隊が動かないことを見て、怯えていると思ったのだろう。
勢いを増していた。
「敵はもうすぐそこです!」
「わかりました」
ミレイラは火球を放った。
巨大な炎が夜盗たちの進路上へ飛んでいく。
そして――。
ドゴオオオオオオオン!!
大地が揺れた。
爆発とともに炎が広がり、夜盗たちの進路を塞ぐ。
先ほどまで勢いよく突撃していた夜盗たちの足が止まった。
「な、なんだ!?」
「魔法使いだ!」
「聞いてねえぞ!!」
夜盗たちが混乱する。
だが、ミレイラの攻撃は終わっていなかった。
「次は・・・・」
今度は左手を上げる。
バリバリバリッ!
空気を震わせる音とともに雷が生まれた。
「雷属性まで!?」
魔法使いたちが驚きの声を上げる。
ミレイラは構わず雷を放った。
雷撃が夜盗たちのすぐそばへ落ちる。
轟音。
悲鳴。
そして混乱。
夜盗たちは完全に足を止めた。
ミレイラはその様子を確認すると、後ろを振り返った。
「では、皆さん。お願いします」
兵士たちは呆然としていた。
「・・・・俺たち?」
「はい」
「何を?」
ミレイラは不思議そうな顔をする。
「戦うのですよ?」
そこでようやく、兵士たちは我に返った。
ミレイラは敵を一人で全滅させるつもりではなかった。
敵の勢いを止め、陣形を崩し、混乱させる。
その状態で味方をぶつける。
「前衛の方は盾を構えてください。ただし、無理に敵を追う必要はありません」
「はい!」
「風属性を練習した方」
「お、俺です!」
「前衛の援護を。敵の足元を狙ってください」
「はい!」
「火属性を覚えた方は?」
「ここです!」
「敵ではなく、その少し前を狙ってください。近づきにくくするだけで構いません」
「わかりました!」
次々と指示を出していく。
それはハチューア聖女国の魔法軍が教えている戦い方とは違っていた。
兵士を魔法使いのための盾にするのではない。
剣を使える者。
盾を扱える者。
魔法を使える者。
それぞれができることを組み合わせて戦う。
もちろん、ミレイラ自身も攻撃を続けている。
夜盗が集まろうとすれば雷を落とす。
こちらへ突撃しようとすれば炎で進路を塞ぐ。
立て直そうとする集団には、風魔法をぶつけて再び崩す。
そのたびに夜盗たちの動きは乱れた。
数では圧倒的に勝っているはずなのに、まともに戦うことすらできない。
やがて夜盗たちの間から声が上がった。
「無理だ!」
「逃げろ!」
「こんなの聞いてねえ!!」
一人が逃げる。
二人が続く。
それを見て、さらに何人もの夜盗が武器を捨てた。
そこから崩れるのは早かった。
「深追いしなくて結構です!」
ミレイラが兵士たちを止める。
「武器を捨てた方は捕らえてください。抵抗しない者を攻撃する必要はありません」
「は、はい!」
兵士たちが動き出す。
やがて戦場から戦いの音が消えた。
初陣は、ミレイラ隊の圧勝だった。
しかも。
「負傷者を確認してください」
「はい!」
しばらくして報告が届いた。
「ミレイラ様!重傷者はいません。軽傷が数名だけです!」
「そうですか。よかったです」
ミレイラは安心したように微笑んだ。
その横でセラフは、ぽかんとしていた。
「どうしました?」
「・・・・私」
「はい?」
「ほとんど何もしてません」
セラフの仕事は、傷ついた兵士を回復させることだった。
だが、肝心の負傷者がほとんどいない。
「良いことではありませんか」
「そ、そうなんですけど・・・・」
聖女として軍へ入って以来、こんな戦場は初めてだった。
兵士が傷つく。
聖女が治す。
そして、再び兵士を戦わせる。
それが当たり前だと思っていた。
なのに、この人は違う。
最初から兵士をできるだけ傷つけないように戦っている。
セラフだけではない。
兵士たちも同じことを考えていた。
自分たちは「肉壁」ではなかった。
敵の攻撃を受けるためだけに立たされたのではない。
それぞれに役割を与えられ、一人の兵士として戦った。
やがて一人の兵士がミレイラへ声をかけた。
「ミレイラ様」
「なんでしょう?」
「俺・・・・この部隊にいてもいいんでしょうか?」
ミレイラは首をかしげた。
「もちろんです。私の部隊の方でしょう?」
「・・・・はい!」
その返事を聞いて、周囲の兵士たちが笑った。
この戦いを境に、ミレイラの部隊について一つのウワサが広がり始めた。
――あの部隊では、兵士を肉壁にしない。
――弱いと判断された兵士にも役割を与えてくれる。
――そして何より。
――指揮官であるミレイラが、とてつもなく強い。
そのウワサを聞きつけ、ミレイラの部隊への配属を希望する兵士が次第に増えていった。
他の部隊で評価されなかった者だけではない。
やがては、腕に覚えのある兵士までがミレイラのもとへ集まり始める。
こうして、最初は寄せ集めにすぎなかった部隊は、少しずつ姿を変えていった。
そしてミレイラ自身もまた、いくつもの戦場で戦功を重ねていくことになる。
圧倒的な魔力量。
ほぼすべての属性を操る魔法技術。
無詠唱による、常識外れの攻撃速度。
そして、兵士を使い捨てにしない指揮。
いつしか軍の中では、ミレイラを正式な将軍に推す声まで上がるようになった。
そして人々は、そんな彼女をこう呼び始める。
――「魔力甚大」のミレイラ。
だが。
そんなミレイラの部隊にも、一つだけ妙なことがあった。
兵士や魔法使いは、日に日に増えている。
それなのに――。
回復魔法を使う聖女だけは、いつまで経っても増えなかった。
ミレイラの部隊にいる聖女は、セラフただ一人。
ある日、ミレイラは何気なく尋ねた。
「セラフさん」
「はい?」
「一人では大変でしょう。ほかの聖女の方にも、こちらへ来ていただきましょうか?」
ところが。
セラフの表情から笑顔が消えた。
「・・・・そうではないのです」
「え?」
セラフは悲しそうに首を振った。
そして、しばらく黙ったあと。
「ミレイラさんは・・・・この国で聖女がどういう扱いをされているか、ご存じないんですよね」
「聖女の扱い?」
「はい」
ミレイラはまだ知らなかった。
聖女を国の名にまで掲げるハチューア聖女国が、その聖女たちに何をしてきたのかを。




