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9.二日目の朝

「んん……?」


 一花(いちか)は物音に目を覚ます。


「おはよう。点滴交換するわね」


 看護師さんが点滴の交換をしていた。

 スマホで時計を確認すると、午前六時。まだ早い時間帯。昨夜、眠れず朝方になりようやくウトウトしていたところを起こされてしまった。


「お熱測ろうか」


と体温を測り、血圧も測られる。そして、昨日のトイレの回数まで聞かれた。

 用を済ませて看護師さんが部屋を出て行った後、ドッと疲れが襲ってきて、一花はベッドに横たわる。

病院って、思ったよりもゆっくりとくつろげない。何だかせわしい。まだ六時だけど、病室の外ではゴォーというワゴンを押す音や、他の患者さんが点滴の棒を押すゴロゴロという音が聞こえてくる。


(ママ、もう帰って来てソファに倒れ込んでるところかな)


 はじめはもうママと顔を合わせたのか。自分も、今日ははじめの先輩らしき人と会う。ご両親も見舞いに来るかもしれない。こちらも緊張しているが、しかし――、


(学校は大丈夫かな?)


 一番の問題はそれだった。はじめはもう知ったのだろうか――イジメのことを。

 おそらく向こうもスマホをチェックしているだろうが、イジメの証拠となるメッセージなどは削除していた。……残したくなかった。イジメられていたなどと知ればママは……悔やんでも悔やみきれないだろう。いや、モンスターペアレントと化して学校へ殴り込みに向かう可能性が大だ。

 死後、できるだけ騒がれたくはなかった。生前のことは、そっとしておいてほしい。かといって、真相も分からぬまま娘が自殺したとなれば、精神は病むだろうから、どっちもどっちだろうが。


(はじめさん、ごめんね)


 せっかく新しい生を受けたが、待ち受けるのがイジメとは、気の毒だ。対する自分は、想像と違った入院生活と、酷い具合の悪さはあるけれど、もうこのまま死んでも何も悔いはなく気が楽だった。


(御加世(みかよ)さんはこんな事して何がしたいんだろ。残念だけど、分かり切った結果しか出ないよ)


 ところで、今日も体調はすこぶる悪い。昨夜、食後に何かの薬を飲んでからは少し楽になっていたのだが。


(朝の薬はやっぱ朝食後?)


 床頭台の引き出しから、入院説明のパンフレットを取り出す。


(朝食は八時か)


 あと少しは眠っていられるかな。と、ベッドに横たわった。



   ◇



 あれから、再びスマホをいじり、気がつけば寝落ちをしていた。


「うわっ、もう七時半? 学校、遅れるっ」


 ママは起こしてくれないようだ。深夜遅くに帰宅して、果たして朝食はあるのかどうか。部屋のドアを開いてみると、やはり台所にはママの姿はない。となると、何か食べる物、食パンなどはあるのか。とりあえず、洗面台へと向かった。


「……」


 魂を入れ替えてから初めて見た、川畑(かわばた)一花の顔。昨夜は目隠ししていたため見ていなかった上、歯磨きもせずに寝た。なので、今初めて知る。


「めっちゃキレイな子だ……」


 可愛系じゃなく、綺麗系。少し太めのキリッとした眉に切れ長の瞳が凛々しい。目元だけ見ると中性的でカッコよくもある。髪型もショートボブなので、ボーイッシュなイメージも持つ。背丈も低くはないので、もうこれは宝塚へ入るべきなのでは。などと思ってしまう。


「結構……いや、かなりタイプかも?」


 洗面台に置かれた時計が目に入り、


「おっと」


 急いで顔を洗う。時計がなければ、しばらく見惚れていたかもしれない。助かったけれど、何で時計を置いてあるのか。今の自分のような、すごい遅刻魔か。どうでもいいことを考えながら、歯磨きをする――どっちがママので一花のか分からないので、未開封の予備の歯ブラシを使わせてもらった。

 部屋に戻ると、なるべく素早くパパッと制服に着替える。


「見ていないからな、見ていないからな」


 と、呪文を唱えながら。そして、鞄を開いたが、時間割を見つけ出して教科書を揃えているヒマはなさそうだ。それよりも、


「ママ?」


 ママの部屋をそっと覗いてみると、ローデスクに頭を突っ伏したまま眠っていた。あれから、まだ仕事していたのか。起こさず出て行こうとすると、


「んん? 一花? あっ、冷蔵庫に昨日買って来たサンドイッチあるからー。それ食べて、いってらー」


 そう言うと同時、後ろへバタリと仰向けに倒れ込んだ。

 冷蔵庫を確認すると、確かにサンドイッチがあった。サンドイッチはサンドイッチでも、生クリームたっぷりのフルーツサンド。朝から食べるには胃がもたれそうだ。仕方なく、代わりに見つけた紙パックの野菜ジュースをコップに一杯注いで、一気に飲み干した。


「行ってきまーす!」


 と、一花は大声で挨拶するかどうか考える前にクセで言ってしまい、玄関へと急ぎ家を出た。





「どっちだっけ? この三叉路は右……」


 昨日の帰り道の経路を逆に学校まで早足で歩く。走ってまでは行かずとも間に合うはずだ。道順を確かめながら進んでいると、


 ――そっち、左よー。


 覚えのある声が聞こえ、立ち止まり周りに首を回す。


 ――あぁ、今そこにあたしはいないわよ。


「あの世の使者の御加世さん? ここにいないって、どゆこと? 風にでも乗ってんのか?」


 確かに声がするはずなのに、姿がない。だが、その声が何かおかしい。脳内に直接響くような。まるで太鼓の中にいるような。


 ――念波を飛ばしてるのよ、あなたの頭の中に。さすがに、この世の外で空中浮遊で移動しながら会話はちょっとねぇ。


「なに、それ? あの世から念波飛ばしてんの? そっちの方が能力いるような……てか、オレも今はそれどころじゃない、学校遅れそうなんだ」


 ――だから、そっち間違ってるわよって、親切に教えてあげたのよ。あたしもまだギブ。また後で話するわー。


 そこで御加世の声は消えた。


「何なんだ、あの世の使者の御加世さんって。って、それより道間違えたっ。さっきの左だったのか」


 そこは親切に教えてくれたことを感謝する。話したいことは山ほどある。昨日、また明日とか言っていたが、まさか念波を飛ばして来るとは……漫画か?

 とりあえず、今は学校を目指すのみ。魂を入れ替えてから初めての登校だ。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。はじめは歩を速めた。

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