8.それぞれの気持ち
生きたい者と死にたい者の魂を入れ替える――
(そうゆうことね、御加世さん)
倫理には背いているが、道理には適っているとも言えなくはない。世の中、それが可能になれば――
(いえ、そうじゃない)
御加世はもっと別な角度で見ている。きっと、魂を入れ替えることによってもたらされるもの。一花のような自殺者の心の変化について――
(ごめんなさい。親不孝と呼ばれても、すごく心が楽。こんな実験的なことをしなくても、結果は分かっているじゃない。安楽死じゃなくて苦しくはあるけど、それでもいい)
そう、御加世に報告しよう。しかし、
(大場はじめは……)
生きたい者は今後どうなるのか――それについては、全く結果が予想できないということは、やはり今後を研究する必要があるということか。
(でも、命が助かって嬉しいんじゃないの?)
男女を入れ間違えてさえいなければ、だが。だが、真面目な人間なら罪悪感があったりするかもしれない。
急に大場はじめが心配になってきた。彼は今、どんな心境でいるのか。自分の代わりに生きる人とは、どんな人なのか。それだけは知っておきたかった。
とりあえず明日、未希という子が会いに来る。その子とのやり取りで、大場はじめがどんな人か分かるかもしれない。
一花は再び、スマホにかじりつく。といっても、すぐに体力は消耗するので、休憩をしながらだ。
(本当に体力がないんだ、この体)
それでも、スマホに集中し続けた。
◇
「もう、こんな時間か?」
一花と同じく、スマホにかじりついていたはじめは、時計の示す時刻にハッとする。
現在、午前二時。
確認した途端、あくびが出た。これはそろそろ寝ないとヤバいかもしれない。授業中に居眠りする子かどうかは定かではないが、明日――今日はなるべく周りから情報をかき集めたい。
はじめの体になってしまった一花の心配もあるが、この元の体も心配だ。いじめがあるならば、解決しなければいけない。もしも、魂の入れ替えが再び行えたとして、もう二度と自殺するような目には遭わせたくないからだ。
「この体――川畑一花を守ってみせる!」
ちょっと臭いセリフだなと、口にしてから一人照れる。そこへだった、バタンという音がして、部屋のドアを開ける。すると、
――居間で女性が床に倒れ込んで死んでいた。
そんな光景だった。
母親か? サマーセーターにストレートパンツ姿。髪はほんのり茶髪でゆるいパーマがかかっていて、それを一つ結びにしている。どっかのOLのお姉さんのようだ。もしや、一花の姉か?
念のため、真夜中の見知らぬ侵入者を想定して、台所のお玉を武器に近寄る。
「どしたの?」
名は呼ばずに声を掛けてみる。すると、「いーちーかー」と唸るような声。どうやら一花のことは知っている。やはり、家族だ。
「大丈夫?」
床に倒れているのだ、具合が悪いのだろう。どうしたものか。場合によっては、救急車を呼ばなくてはいけない。しかし、
「……ママ、今、多幸感に満ち溢れているわ」
意識が混濁している。やはり、救急車か?
「あーもー幸せー! 聞いてっ、前々から言ってた、木下先生の長編が出来上がったのよ! もー原稿受け取ってすぐ、ノンストップで読み終えちゃった! ……しばらく、余韻が……あぁ、頭から離れない」
木下先生、長編、とな。ふむ、作家さんのことか? では、ママの仕事は、出版関係? え、夜間のパートとかじゃなく?
思い出したように部屋の電気を点けてみると、OL風のママにはちゃんとほうれい線があった。でも、まだ三十代後半といったところか。はじめの母親とは違って見た目も垢抜けていて若々しく、羨ましい。というか、出版関係者に初めて出会った。やっぱり、ここは東京に近い首都圏だ。
しかし、ここで母親と家庭環境のイメージが大きく違ってきた。出版社でバリバリ働いているのならば、生活にはあまり困っていなさそうだ。そして、このキャラの母親。家庭内も明るそうに思える。
あれからメッセージを調べ上げて分かったことは、どうやら一部を削除した形跡があったという事だ。自分の死後、見られたくないメッセージがあったと考えていい。その内容とは、イジメに直結するものではないか。遺書に一切、イジメについて書かれてなかったということは、どうしても周りに知られたくなかったのだろう。でも、単にプライバシーが知れ渡るのが恥ずかしかったという理由だけかもしれない。
「ママ、とりあえず床じゃなくてソファにでも座れば?」
「あれ? 何そのリアクション? 木下先生の新作、どんなのか知りたくないの?」
「あ、あー知りたい、知りたい、どんなの?」
「詳細は伏せるけどね、余命わずかな少年と、自殺する少年の魂が入れ替わるって内容よ!」
「オレのことじゃん!」
「へ? オレ?」
「あ、何でもない。それで? その続きは?」
つい、突っ込んでしまった。まさか、自分は木下先生の書いた小説の世界にでも迷い込んだのか。
「魂の入れ替わった少年二人は、互いを知るうちに恋が芽生えて……これ以上、詳しくは話せないけれど、甘い胸キュンとせつない別れにラストは号泣もんよ!」
せつない別れ……と聞いて、はじめは胸がざわつく。
「てか、少年二人って……同性? それって……」
「何? 同性に決まってるじゃないの、木下先生はBL作家なんだからー。何を言ってんの? まぁ、児童書も書いてるけどー」
それってもちろん、別名でだよな? というか、一花は腐女子だったのか? それって公にしてるってことでいいのか?
とりあえず、はじめはその小説の世界ではなく、この現実の世界にいると分かった。しかし、参考として気になる小説ではある。けれど、発売より先に余命が来るだろう。
「ママ、じゃあとりあえず床じゃなく布団で寝なよ。おやすみなさい」
強制終了させて部屋へと戻った。
ベッドにぐったりと倒れ込む。眠気のせいもあるが、あの母親のキャラには慣れが必要そうだ。うまく合わせられるのか。ちらりと机の横にある本棚に目をやる。ずらりと並ぶ文庫本。木下先生の作品には目を通しておくべきか。でも、まさか全てBLなのか。何だかめまいがしてきた。




