13.運命の瞬間
「ごめん」
謝ったのは、咲也の方からだった。
「いや、それはこっちのセリフだよ。試すようなことしてゴメン」
ソウル・チェンジの解約という理由もあったが、好きな人と手を繋げないというのは、咲也にとっては苦しみでもあった。だが、英人を守るという意志は強かった。
「……広場にクリスマスツリーがあるらしいんだけど、見に行く? ライトアップされてるって」
英人が話題を明るく替えて、提案してくる。
「うん、行く」
やはり、せっかく好きな人と過ごすクリスマスなのだから、その雰囲気を味わいたい。
ショッピングモールには地上の駐車場の隣にベンチや花壇があり、ちょっとした憩いの広場になっていた。やや小ぶりながらもクリスマスツリーが中央に立ち、ブルーとホワイトにライトアップされていた。
「緑じゃないってのがいいな。ブルーってのが、冬らしくてちょっと幻想的だよな」
感嘆とする英人の隣で、咲也の鼓動が高鳴る。こんな幸せなシチュエーションがあっていいのか、と。
英人がショルダーバックの中から、何やらラッピングされた小さな袋を取り出した。
「これ、ささやかだけどクリスマスプレゼント」
「えっ」
「物じゃなくて、お菓子だけど。アイスボックスクッキーって、結構手間かかるから、手作りしたの褒めてよ?」
咲也はそっと袋の口を開けると、チョコとプレーンの生地が渦巻になった模様に、一体どうやって作ったのかとじっくりと眺めてから、そしてサクッと一口かじる。
「ん! アーモンドも入ってて、香ばしい。美味しいよ! ありがとう」
こんなに温もりのある手作りクッキーは初めてだ。自分のために作ってくれたことに、思わず目尻が濡れかける。
「……僕も、用意しようとはしたんだけど……でも、重いかなって、ごめん」
「物よりも、言葉の方がいいんだけど?」
「言葉?」
答えは言わず、英人はジッとこちらを見つめてくる。その意味が伝わり、下をうつむく。しばらくして、勇気を振り絞って顔を上げた咲也に、英人が言った。
「でも、やっぱ咲也の顔で聞きたいな」
「そっ、それは……」
自分の顔に好きだなんて言われても気持ちは半分萎えるだろう。でも……と、戸惑いに心が揺れた時だった。
――キキィィィ
車のエンジン音が聞こえてきた。同時に、女性の悲鳴も。何事かと振り返れば、
「英人くん! 両本くん! 気をつけて、逃げてっ!」
一花がこちらに走って来るのが見えた。なぜ、ここに一花がいるのかは、咲也は瞬時に理解する。同じくあの映画を観に来ていたのだ。しかし、この事態は――?
一台の車がエンジン音をけたたましく鳴らしながら、右往左往しながら広場へ突っ込んで来る。
向こうの方で人が二人倒れているのを目撃する。救護に向かおうとする人たちと、耳にスマホを当てている人は、救急車と警察を呼んでいるのか。
状況を把握しようと頭をフル回転させている間に、車は人だかりの多いツリーに向かって暴走して来た。
「両本!」
腕を引かれたが、咲也は動かなかった。いや、動けなかった。真正面に迫り向かって来る車のフロントガラスに映っているのは――赤い色をした目――英人が死ぬ暗示。
車は真っ直ぐ英人の体に向かって突進してきた。
――ドンッ
一瞬、体が浮いたかと思えば、ボンネットの上に乗り上がっていた。そのままゴロリと地面に転がる。
「両本――っ!」
英人の叫び声を聞きながら、全身が潰れたような痛みに襲われる。だが、「うっ……」声は出た。意識はまだ十分にある。
「両本っ! 大丈夫かっ?」
英人が咲也の体を抱える。
「うそっ、あの車、また来るよっ?」
一花の叫びに車の方を見ると、バックして後退している。そして、獲物を捕らえるハンターかのように、こちらに標的を定めていた。
「……に……げて……っ!」
咲也は激痛の走る体に鞭を打つように、腹から声を絞り上げる。
「それは、両本もだろっ!」
自分より小さい咲也の体で、「腕を回せっ」と、英人は肩をかしてくる。
「いや……もう、僕は……目が――赤色だ」
瞬間、英人と一花の顔がサァと青ざめる。
「そんな……ダメ、ダメよ! ダメ!」
そう一花は言葉を繰り返し、そして空に向かって叫んだ。
「御加世さ――ん! 出て来て――! お願――い!」
フッと、後ろのイルミネーションの光が消え、辺りは暗闇になった。そして、白い着物姿の女性――、
「……鼓膜が破けそうよ、一花ちゃん。あと、英人君と、咲也君は……あら、大丈夫?」
御加世が宙に浮き現れた。
「御加世さん、のん気なこと言ってる場合じゃないよ! このままじゃ、両本くんが英人くんの体のまま死んじゃう!」
「えぇ、そうね。一刻を争うわねぇ」
と、御加世は全く焦る様子もなく、腕を組んで妖艶な唇に指先を当てている。
「な……にを? 川畑さん、なんで呼んで……? 僕は、このまま……」
「両本! そんなの、絶対にダメだ!」
英人が怒鳴るように否定する。
「そうよ、今すぐ体を元に戻して! 両本くんが英人くんのまま死ぬなんて……そんなの、おかしいよ!」
一花も同じく訴えた。
「でも……それじゃ、色川くんが……」
「それでも、なの! ねぇ、そうでしょ? 御加世さん?」
「――あなたたちの言うことは、間違ってはいないわよ。……ふぅ、仕方ないわねぇ、あれを行うわ。初めてだから、うまくいくかどうか分からないけど、とくとご覧あれ」
御加世は腕をクロスして念を込めたのち、バッとその両腕を広げる。
――ソウル・キャンセレーション!
冗談で嘘のような決め台詞を吐いたかと思えば、目に白い光が射しこんでくる。
ハッと気がつけば、咲也の目の前には英人の姿があった。
「色川くん!」
「元に戻ったの?」
「……ま……じ、かよ?」
驚いている間もなく、眼前に迫り来る暴走車から英人を助けるため、咲也は肩を担いで腕を引っ張った。
――ブォォォ
再び、車が襲いかかった、その瞬間――風が強く吹きつけた。
「英人くんっ、両本くんっ!」
悲鳴を上げる一花の声が風の音にかき消される。同時――車体は咲也と英人の寸前でグイッと横へと、まるで避けるように通り過ぎ、そのままツリーへと衝突した。そこでエンジンは止まった。
「……助かった?」
何が起こったのか、しばし咲也は呆然とする。そこへ、
「――風だよ。犯人は風にハンドルを取られたんだよ」
「白川さんっ?」
突然、現れたかのような舞愛に思えたが、「あぁ」と咲也はすぐに合点がいく。一花と一緒に映画を見に来ていたのだ、と。とても趣味が合いそうにないが。それより、
「風で、僕たちは助かったってワケ?」
「風……そっか。〝自然界の力〟ってのが働いたのね?」
以前、御加世が言っていたのを一花は思い出す。あの世の者でも予測不能だという〝自然界の力〟を。
「……誰か、鏡……ある?」
「はい、どーぞ」
舞愛がブランド物のポーチからコンパクトを開いて手渡す。英人はそれに自分の目を写して、視た。
「――消え……てる……普通の色に……戻ってる……!」
「うそっ、ホントに?」
「あぁ……ウソじゃ……ない」
「色川くんっ」
咲也は思わず力いっぱいに抱きついてしまい、「イテッ」と英人が声を上げる。それでも、英人の胸から顔を上げられなかった。涙が溢れてきて止まらない。ずっと張り詰めていた糸がプツンと切れたように、堰を切って流れ出す。
「よかった……よかったよぅ……」
鼻声の咲也の頭を英人が撫でる。一花もお涙をちょうだいして鼻をすすっている。舞愛は不思議に起こった奇跡に天を仰いでいた。
そのうち、救急車とパトカーのサイレンが大量に聞こえてきた。




