12.芽生える意識
腕時計の針は約束の十分前だった。
待ち合わせの駅前は広場に色とりどりのイルミネーションで飾られ、クリスマスムードが漂う。行き交う人々も、友達同士や家族連れはもちろん、男女二人組も多く見られる。やはり、聖なるイブは大切な人と過ごすのだろう。
英人はジャケットのポケットから二枚のチケットを取り出す。
木下先生が原作という映画。今日のために英人は原作を何度も読み返して頭に入れて来た。咲也も一花も制作発表がされてからずっと待ち望んでいたと言い、英人もとても楽しみでいた。
咲也を待ってる間、何かやたらと緊張してきた。まるで、告白する前の好きな子を待っているかのように。期待と不安が入り交じった感情が胸の中をかき回している。
(ヤバいな……これって、もう……)
きっと、今ならハッキリ返事ができる気がする。
あれから冬休みになってからは、市内の図書館で毎日会っていた。一応は受験生なので勉強をするためにだ。それと――目の色の報告のために。スマホ一つでも質問できるが、実際にその姿を見て確かめたいと、半分嘘をついた。
咲也は普段は大人しいが、木下先生の作品の話になると熱っぽく語り出す。それを聞くのがとても楽しかった、話の内容よりも、そんな咲也と会話を交わすことが、だ。おそらく、クラスメイトの誰にも見せない素顔。それを、英人だけには向けてくれる――相変わらず恥ずかしそうに目を下に向けたままだが。それでも、確実に距離が近づいていった。もっと一緒にいて、咲也のことを知りたいと思うようになっていた。
再び時計の針を見ようとした時、
「ごめん、待った?」
と、咲也が駆け足で近づいて来た。
「全然。早く着き過ぎただけ。って、やっぱ自分なんだよなぁ、姿が」
待っていた人の姿は――自分。それだけが悔しく歯噛みする。
「ん? 今さらどしたの? それは僕も同じだよ。でも、何か今日の僕は何かが違う……その髪、どしたの?」
「あ、これ? 洗面台に置いてあったワックスで整えてみたんだけど、ヘン? てか、オレのその姿は……そのジャンパーは近所のコンビニ行くときや散歩に着て行くものなんだけど」
「え、これ温かいし、ダサくはないよ?」
「まぁ、両本が気に入ってるなら、いっか。じゃ、早速行こう」
映画館の施設が入った大型ショッピングモールを目指して五分程歩く。時折、びゅうーっと北風が吹きつけた。
「今日、風強いね」
「いつものことじゃん。風が強いってのが千葉の難点だよなぁ。マフラーと手袋は? いくらその服があったかくても、寒いだろ?」
英人は首に巻いていたマフラーを外して渡そうとすると、
「いいって、そんな! このぐらい、なんてことないよ」
男性の体温は女性に比べて比較的高い。少なくとも英人の体はそうだ。ついつい、女子への態度のようになってしまっていることに気づき、にが笑う。
「――今日は、何色?」
「……黄色」
「変わらないか。まぁ、いくら何でも、クリスマスは聖なるマリア様が守ってくれるよな」
「え、イエスキリストじゃないの?」
「ん? そっか、クリスマスはイエスキリストの誕生日か。じゃあ、聖なるマリア様って、誰だっけ?」
「奥さん?」
「お母さんじゃないか?」
「なんか、当たり前のことって、よく考えたら分かんなくなるよね」
「数式と一緒だよな」
と、どうでもいいことを話しながら、映画館へと到着する。
何となく女性客が多いなと思えば、館内の席は見事に女性客で埋まっていた。これは、事前に予想できたはずなのだが、うっかりしていた。
「……なんか、見られてる?」
と、小声で咲也が怯えた顔をしている。確かに、女性たちの視線が痛く肌に突き刺さる。長身のイケメンと美少年などという組み合わせは、まさにリアルBLだろう。だが、
「気にする必要ないって」
その一言で、咲也は安心したようだった。しばらくして上映が始まれば、観客の視線はすぐにスクリーンに向かった。
咲也もスクリーンに目を釘付けにしたまま、ドキドキのストーリーに両手を握っている。その手を英人は横目でちらちらと窺っていた。その理由とは、
(手を繋げばソウル・チェンジ解約)
一花から得た情報だ。だが、それにはお互いの合意が必要だという。
咲也に気づかれず手を握ってみるなら、映画館というこのシチュエーションはぴったり。のはずだが、
(なんで、こんなに恥ずかしいんだっ)
手ぐらい友達同士でも繋ぐ。それが、固まって動かない自分の手。変な汗をかいて、余計に手を繋ぐのをはばかれる。
(しっかりしろっ)
自分を叱咤して、その手を握ろうと、かすかに触れると――避けられた。見れば、咲也がこちらを軽く目の端で睨んでいる。これは、知っているのだ、ソウル・チェンジの解約方法を。咲也は両手を英人の反対側に寄せた。手だけに、手強い。
(これじゃ、永遠に無理だろ……)
だがそれよりも、ずるい作戦に嫌われたのではないかと、ハラハラと焦る。映画の後半はずっと謝りの言葉を探していて、内容が頭に入ってこなかった。




