11.もしかしなくてもデート
昼休みは毎日のように二人は一緒に屋上で過ごすようになった。
「うん、この卵焼き、美味しいよ」
「ホントに?」
よく晴れた心地の良い青空の下、持参した英人の手作り弁当を、咲也が味見しているところだった。
「お世辞じゃないよ。うちの卵焼きって、ちょっと甘過ぎるから。このくらいが上品でいいかも。あ、母さんが作った卵焼きがマズいってワケじゃないよ?」
「分かってるって。そこ、ちゃんとフォローするの、優しいな。両本って、細やかな気遣い上手いよな」
「いや、そうでも……」
本人には自覚がない。咲也は他人からどう思われているかをいつも気にしていて、自分で自分のことを過少評価しているところがある。だが、一緒にいると良い面が英人にはいっぱい見えた。
「しっかし、台所に立っただけで驚かれたな。妹ちゃん、咲良ちゃんはオレの卵焼きを見るや否や気味悪そうな顔して、冷凍のクリームコロッケを詰めてた。ダイエットしてるのにクリームコロッケは太りそうだなぁ」
「ごめん。咲良、ちょっと今、反抗期っぽいから。って、ダイエット? それは知らなかったや。そんな太ってたかなぁ?」
「なんか、クリスマスに好きな人に告白するみたいで、下膨れの顔を部分痩せしてるらしい。てか、咲也ってあんま家族と話さない? 引きこもりがちになってるみたいだけど……それって何か、オレと関係してる? 正直に話して」
まだまだお互いのことは分かっていないというか、咲也が自分をさらけ出すのに戸惑っているからだ。もし、嫌われたら……という思いが妨げになっている。
だが咲也は少しためらったのち、
「う……ん、ちょっと悩んで自分の殻にっていうのはあるかな……だって、だ、男子に……って。自分でも信じられないっていうか……おかしいのかなって……ごめん、おかしな人間で」
と、少しずつだが心の内面を開いてくれるようにはなった。視線は恥ずかしそうに下を向いているが。
「おかしくないって、両本は周りを気にし過ぎだって。もっと、堂々としてればいい。男だろうと女だろうと。まぁ、最初は予想外でちょっとビックリしたけど、そんだけ。今は全然ヘーキ。だから、安心して」
「うん……でも、やっぱイヤになったら、無理して一緒にいなくてもいいから」
「それって、心の予防線を張ってる? いつでも嫌われてもいいように、傷つかないようにって。もし、オレの返事がノーだとしても、一緒にいるのがイヤにはならないよ。人として、両本はいいやつだから」
咲也は黙ってうつむいたまま、まさか泣き出すのではないかと英人は慌てる。
「どした?」
「いや、なんか目がゴロゴロして……結膜炎かな?」
ハハッと苦笑いしてごまかしたつもりだろうが、とても下手だった。
「どれ? 見せて」
「えっ、いや……」
目を覗き込んでみる。あたふたしている様子がちょっと可愛いと思った英人だが、その姿は自分だ。何だか残念で複雑な心境になる。
「お取り込み中のところ、おジャマしまーす」
声に振り向けば、一花だった。少し離れた場所で、一花も舞愛と一緒に弁当を食べていた。
「なに?」
と、英人が聞けば、「ジャーン」と擬音を発して、目の前に二枚の細長い紙を突きつけられる。
「これ、なーんだ?」
「映画のチケット?」
英人にはただの映画のチケットに見えたが、隣で咲也が、「あっ、それ!」と声を上げて身を乗り出す。
「両本、知ってんの? この映画」
「知ってるもなにも、ずっと心待ちにして……これ、どしたの? 前売りチケット? 手に入ったの?」
「そっ! ママに頼んでコネでゲットしたんだぁ。だから、二人にクリスマスプレゼント!」
そう言ったところで、後方から舞愛が「早退しまーす」と、屋上を出ようと立ち上がったので、「あっ、舞愛! 今度、映画観に行かない?」と、一花は後を追いかけて行ってしまった。
残された英人はポカンとしていて、隣で咲也はチケットを惚けるように見とれていたのだった。
◇
「これ?」
「うん、それ」
二人は放課後、図書室にやって来た。
他に誰も人がいなく、静かだ。窓からオレンジ色の夕陽が差し込み、どこか心を懐かしく温かい感覚に包み込んでくれる。
二年生の間、図書委員で貸し出し係をしていた咲也は、ここで初めて英人に出会い、そして恋心が芽生えた。
そんな甘酸っぱい空間に、今二人きりでいる。
「まさか、木下先生の本がうちの図書室にあるなんて……いいワケ?」
「それは一般文芸に近くて、BLとはちょっと違うかな。同性愛を描いているのには違いないけど、男女ともに読めるよ。まだデビューしたての頃の作品なんだよね。その後、しばらくしてヒット作が生まれたんだ。今やってるシリーズがそう。当初は一巻で終わるはずだったんだけどね、読者からの人気が強かったみたい」
咲也はすらすらと説明する。
「タイトルは『七回目の約束』か。どんな話? 単行本だから表紙裏にあらすじ書いてないな」
「うん、木下先生が得意とするタイムリープものだよ。七回、主人公とヒロインは何度もタイムリープして、七回目でやっと約束を果たせるんだよ」
「七回目で約束は果たされんの? その約束って?」
「それは、映画を観てのお楽しみだよ。あ、先に原作を読んでおいて観るってのもいいとは思うよ」
先程、一花からクリスマスプレゼントとして渡された映画のチケットとは、この本が原作のものだった。
「あーどうすっかなぁ、迷う」
「だよね。でも大体、映画観て原作に興味を持って読むって人が多いよね。でも、今回は上映前に書き下ろしの新刊が発売されたからね。それでファンになった読者が多くて、映画のチケットも入手困難になってるって聞いたよ」
「そうなのかぁ。コネでだけど、チケットくれた一花に感謝だな。そういや、新刊は読んだ?」
「まだだよ、なんとなく……」
「オレも。やっぱ〝自分〟で買って読みたいなぁって」
英人は何気に発したセリフだろうが、それを聞いて咲也は押し黙ってしまう。まだ、戻る気はない。英人も察したのだろう、重くなってしまった空気の中、問いかけてきた。
「――今、オレの目の色は?」
そこで、そっと目と目を合わせる。
「……黄色だよ」
「じゃあ、今日も大丈夫だな」
一番心配しているのは英人本人だろうが、逆に咲也を元気づけるよう平気な素振りで笑ってみせる。「うん」と、咲也も明るい笑顔を作って笑い返す。
「……決めた。先に原作読む! よし、これ借りよ」
「あ、それなら僕の本棚にあるよ」
「あ、そっか。じゃあ、読ませてもらうよ。で、映画はいつ観に行く? クリスマスプレゼントなら、やっぱクリスマスだよな?」
「そう……だね、クリスマスがいいね」
それって、デ、デート? えぇー?
一人、過剰に意識してしまっている咲也をよそに、英人は「じゃ、帰ろっか」と、図書室を出て行くのだった。
ただの友達同士との遊びの約束かもしれないが、咲也の胸はドクドクと鼓動が鳴り止まなかった。




