9.ひきもこりの原因
家に帰ると、三毛猫――ししゃもが門の前に座って英人を待っていた。
猫でも犬のように主人を待つことができるのか。できたとして、半分はおやつが欲しいからだろう。そこは犬も猫も一緒だ。
門の中へ入ると、ニャーンと甘い声で鳴きながら足に体をすり寄せてくる。
「ちょっと待てよ、着替えてからだ」
そこは犬と違って待てない猫。言うことなどちっとも聞かず、ひつこく足にまとわりついてきて、歩くのを阻害させられる。これではおやつを与えられない。自ら邪魔をしているのに気づかないのが猫らしい。
「分かった、先にやるから」
玄関の扉を開けたところで、家の裏から祖母がやって来る。すると、何やら甘くて香ばしい匂い。これは、もしや……、
「咲也、おかえり。焼き芋焼けたよ、食べる?」
「ただいま。焼き芋? うん、食べる!」
アルミホイルに包まれたその焼き芋は、焚火で焼かれたものだ。なんて贅沢なんだ。マンション暮らしじゃ、まず味わえない。小さい頃に祖父母んちで食べたのが最後だっただろうか。
「うっわ、黄金色じゃん。うまそー」
半分に割った瞬間、これはウマいと確信する。そして、一口かぶりつけば……、
「あまぁー」
この上ない幸福が口の中に広がる。ほくほくで、甘い蜜が溶け出るようだ。
「咲也、そんなに焼き芋好きだったかね。そんな嬉しそうな顔、ばあちゃん久しぶりに見たよ。毎晩、受験勉強で大変かもしれないけど、たまにはこうやって息抜きもしないとねぇ」
そういえば、咲也はこの家では部屋に引きごもりがちになっているのだった。あまり普段と違った言動に出るとマズいかもしれないが、引きこもりは良くない。かといって、英人が勝手に改善してもいいものなのか。
焼き芋にかぶりつきながら頭を巡らせていると、
「お兄、なにその顔?」
妹――咲良が制服姿で突っ立って、こちらを唖然とした顔で見ていた。学校から帰宅したようだ。おやつが貰えず諦めの境地で焚火に背を向けていたししゃもを抱き上げている。
「なにって、うまいって顔だろ?」
「焼き芋一つでそこまでの顔になる? なんか昨日から、ヘンなの」
「咲良も焼き芋好きでしょ? ほら」
祖母に差し出された焼き芋を見るなり、
「今、ダイエットしてんの。もー誘惑しないで、ばーちゃん。クリスマスまでが勝負なんだからね!」
「勝負って? あ、待て」
意味深な発言を残して玄関に向かう妹を追いかける。
「ダイエットって、太ってないだろ?」
「お兄は母さん似だからいいよね。あたしのこの下膨れの顔、憎い! 父さんがムカつく!」
「罪のない父さんに八つ当たりはやめろよ。しかし部分痩せかぁ、なんとも難しそうだな。で、勝負ってなんだ?」
「今月、何だと思ってるの? クリスマス! 恋人たちの聖なる日でしょ? 痩せてキレイになって、告白するの!」
大々的に恥もせず堂々と宣言した。咲也とは正反対だ。それぞれ誰に似たのか。まだ、両本家の家族構成については詳しく知られていない。
「おぉ、そっか。応援してるゾ! ついでに聞くけど、兄ちゃんのことも好き?」
咲良は立ち止まり、気持ち悪いものでも見るかのように、「キモッ」と返してきた。そのリアクションは予想通りだったが、ノリでもう一つ聞く。
「兄ちゃんって、いつからひきこもりになったっけ?」
「は? 覚えてないの? バカ?」
なかなか、口の悪い妹だ。理想の妹像がガラガラと積み木のように崩れていく。
「ひきこもり過ぎて日付が思い出せないんだ。どうかバカな兄を救うつもりで教えてくれ」
と、両手を合わせる。
「……ここまでくると、だんだん心配になってきた。大丈夫? じゃあ、教えてあげるから新刊貸してよ。もう買ってるんでしょ?」
「え? もしかして、木下先生のか?」
英人はまだ読んでいない。咲也も読んでいない可能性がある。今回はシリーズものの続刊ではなく、書き下ろしの新作だ。かなりファンは期待していた。それを、先に妹に読ませてしまってもいいものか。少々悩んだのち、「分かった、いいよ」仕方なく了承すると「やった!」と、そこは可愛らしく喜んだ。
「で、ひきこもりはいつから?」
「んー春頃からじゃん。食欲落として、何かあったワケ? 高三で受験生になったからって、お兄なら理系さえ攻略すれば余裕じゃん? なんせ、うちにはタダで教われる教師が二人もいんだから」
春頃の記憶を遡るも、自分は咲也ではないので何があったのか分かるはずもないが……、
「そういや、そうだったな。春頃だった。うん、ちょっとな、咲良と同じくちょい恋に悩ん……」
と、妹への言い訳のセリフを口にしようとして、気づく。
「そっか、あり得なくはないか……」
一人つぶやき出した兄を妹は放って、さっさと部屋へと直行した、約束の本を取りに。そして、ししゃもはまた置き去りとなる。
英人は咲也のことを今まで全く知らなかったワケではない。去年まで、咲也は図書委員をしていたからだ。何度か、本を借りる時に顔を合わせたことがある。咲也は本人が思っているよりも、美形だ。下膨れではない母に似たからだろう。なので電車の中で視線を感じた時、すぐに図書委員の男子だなと、名前は知らずとも顔は覚えていた。その視線を感じるようになったのも、春頃からだ。
思い上がりかもしれないが、自分が引き金であるとすれば、申し訳ない。だが、謝るのも少し違うし、そんなことを咲也は望んでいないだろう。
――ちゃんと向き合ってあげて!
一花の言葉が重みを増して思い起こされる。
「――あぁ、分かってるって」
すっかりひねくれてしまったししゃもの頭を撫でてやると、再びおやつのおねだりをして足元にすりついてきた。




