7.死のトリアージ
いつもの時刻通りに駅のホームに立ったものの咲也の姿はなく、電車に乗ってもいつもの視線は感じられなかった。
(やっぱ避けられたか)
英人は肩を落としてため息をつく。そこへ、
「英人くん、いたー。少し探したよー」
一花が声を掛けてきた。
女子にしては背が高いので、人混みにすっぽり頭が埋まった背の低い咲也の体をすぐ見つけることができたようだ。
これでも満員電車の時間帯を避けて朝早くの電車に乗っているので、まだ車内にはゆとりがあり、空席もちらほらある。
「昨日、どうだった?」
「大きな問題は起こらなかったよ。ご家族もみんな優しそうだった。けど、両本は反抗期っぽかったけど。あと、あまりプライバシーに関わることは話せないけど、一昨日発売された木下先生の新刊が本棚にあって、テンション上がった。あ、我慢して読まなかったけど」
「えー読めば良かったのに。でもまぁ、自分で買った本で読みたいよね。しかし、そっかぁ、やっぱり」
「やっぱりって?」
「教室で木下先生の本読んでるの見たから。私ぐらいのファンになると一語一句覚えてるから、チラッと一ページ見ただけでも分かるんだよね。本人はブックカバー付けて隠れるようにして読んでたけど。別に気にしなくていいのにねー。でも、そっかぁ」
フフン。と、一花は何やら一人で思わせぶりにニヤついていた。
昨日から何なんだ? と思う英人だが、何となく察してきた。
◇
放課後の誰もいない化学室はひんやりとしていて、ビーカーや試験管などが並ぶ。それら無機質な道具たちが何だかちょっと不気味だなぁと思いつつ、
「来るかなぁ?」
英人は咲也が来るのを待っていた。
「大丈夫、来るよ」
一花も一緒にいる。一対一では緊張して気まずくさせてしまうかもしれないが、同じクラスの一花がいれば少しはクッションの役目で和らぐはずだ。
「昼間、廊下とかではすれ違わなかった。こっちも探しに行くのはやめといたけどな。教室にはいた?」
「ううん、それが保健室。いきなり色川くんになって、友だちと会話するのが無理になって、避難したみたい」
「オレはクラスに元部活のメンバーがいて、つい話しかけたら変な目で見られた」
「あー、引いてたよね。両本くん、クラスではいつも一人で読書ばかりだから。まぁ、ソウル・チェンジしてすぐは、いきなり目立った行動に出ない方がいいかも、ビックリされるから」
「それって、経験者のアドバイス?」
「まぁね、エヘヘ」
そんなこんなで待つこと五分。
廊下からひたひたと足音が近づいて来て、化学室の扉の前で止まったかと思えば、しばらくしてスゥーと引かれる。そこには、英人の良く知る顔――自分がいた。
「マジ、オレだ」
自分の顔は鏡でしか見れないが、左右逆に映る。客観的に見た自分とは不思議なものだな。なんて思っていると、扉がピシャッと閉められる。
「おい、両本!」
「ダメ、追いかけちゃ!」
一花に引き止められ、しばし様子を窺っていると、そっと再び扉が開いて咲也が顔を出した。
「……ごめん。自分がキモくて……逃げちゃった」
と、白い顔。
「キモいってどこが? 肌が色白で、モチモチしてるし、アイドルグループ顔負けじゃん。いいなぁ」
朝、洗面台で咲也の顔を改めて見てそう感じた。決してお世辞ではない。だが、
「わぁぁぁ」
咲也は両手で顔を押さえて絶叫する。
「落ち着いてっ、両本くん! ホント、綺麗な肌の顔してるよ! なんてったって、私の推しなんだから!」
「推し?」
一花がうっかり追い打ちをかけてしまう。咲也が怯えたように背中越しに一花を振り返る。
「あ、いや……エヘヘ。自爆しちゃったー。推しは密かに見守るつもりだったんだけど。でも、そのくらい咲也くんは魅力的だよ?」
「……ありがとう」
引きつった笑顔で感謝を述べた咲也だが、妙な雰囲気になってしまった化学室。
「とりあえず、じゃあ話を始めようか?」
英人は空気を入れ替えるように本題へと入る。こうして集まった理由はこのためだ。咲也と一花も真剣な顔で英人の話に集中する。
「もしかしたら、もう両本も気づいていると思うけど……オレと入れ替わってから、人の目が黄色や赤色に見えなかった?」
「……うん、見えたよ。……あの世の使者の御加世さんが教えてくれたよ、人の〝寿命が視える目〟だって」
「その通りだよ。人の目の色を通して、その人が近々死ぬかどうかが分かるんだ」
「うそっ」
と、一花は初めて聞かされた英人の特殊能力について、声を裏返す。
「うそじゃないよ。まず、黄色はそろそろ死ぬかもしれないって危険な暗示。赤色は、もう死ぬって決定した色なんだ。例えると、トリアージみたいなものかな。ちなみにどちらでもない人の目は普通の色、黒だよ。それで、そのオレの体の目は何色に見えた?」
咲也は少しためらったのち、
「……黄色」
そう答える。
「……そっか。魂が入れ替わっても、変わらないんだな」
その事実を英人は冷静に受け止める。
「え、それって……このままだと英人くんが死ぬってこと?」
「黄色の場合、消えることもあって、曖昧なんだ。昨日、オレが両本に声を掛けたのも、両本の目が黄色に見えて危険を感じたから。結果的に、ソウル・チェンジで命は助かったけど。今、オレの体――両本の目の色は?」
「普通の色してる」
「だろ? もう、両本は大丈夫だよ」
「じゃあ、色川くんも死なずに済む可能性もあるってことなの? というか、どこか病気があるの?」
「いいや、オレは病気は持ってないはずだ。だから、病気以外で死ぬ可能性があるんじゃないかって思ってて」
「病気以外って……」
一花も咲也も、考えついたのは一つだ。
「……事故か事件?」
こわごわと咲也が口にする。
「そんなとこ」
その場はシンと静まり返った。そんなのは予測不能だ。いつ起こり得るか分からない。が、
「今朝のオレの目の色は?」
「……黄色のままだよ」
「てことは、まだ大丈夫ってことだ。自分の目の色を確かめていれば、その時が近づくのを知る事はできる」
「でも、それは百パーセントなの? 病気じゃなくて、事故か事件なら、防ぎようはないの?」
「それは、オレも考えてるけど……先日、隣のマンションのゴミ当番の人の目が黄色から赤に変わって、その後、交通事故で亡くなったのは本当だよ」
絶望的な話だった。
「両本、お互い元の体に戻ろう。このままじゃ、両本が死んでしまう」
「……でも、そしたら色川くんが……」
「それがオレの運命なら、仕方がないよ。一花から聞いたんだ、手を繋ぐとソウル・チェンジを解約できるって」
そう言いながら、英人は手を咲也に差し伸べる。しかし、
「い、イヤだ」
咲也は後ろを向き拒否した。
「何で? マジ、死んじゃうぞ? オレも、それを分かっておいて両本のこと死なせるワケにはいかない」
「……僕も、同じだよ。色川くんが死ぬのを見てられない……」
「何で? 昨日、初めて声掛けたばっかで、まだ友達ってほどの関係じゃないし。何でそこまで?」
「何でって……友達かどうかは関係ないよ、一人の人として……ごめんっ、はっきりした理由は言えないけど……とにかく死んでほしくないんだっ!」
咲也はそう言って、化学室から飛び出す。
「両本!」
またも、避けられ逃げられた。どうする? と、開け放たれた扉を前に取るべき行動を考え立ち止まっていると、
「追いかけて!」
一花から強く命令される。
「学年トップでモテモテの英人くんがそんな鈍いなんてことないでしょ? ほら、ちゃんと両本くんの気持ちを確かめて、向き合ってあげて!」
「……両本って、もしかしてだけど、オレのこと……?」
「それを、本人から聞くんだよ! ほら、早く!」
「あぁ、そうだな。サンキュ!」
化学室を出ると、すでに小さく見えなくなっていく咲也の背中を英人は追いかけた。




