5.まさかの恋心
舞愛に『クークルマップを駆使せよ』とアドバイスを受け、英人はバスの中で揺られていた。そして降り立ったのは、月極駐車場の前。マップによれば、この近くに咲也の家はあるはずだった。
歩いていると一軒家が並び建つ。その中、
「あ、これか?」
表札に〝両本〟の文字を見つける。
グレーの屋根にベージュの壁といった、ちょっと和な感じに、これまた似合いそうなワンポイントの物体――三毛猫が玄関の前に座っていた。
英人の姿を見るや否や、ニャーと鳴いて門までやって来る。猫は基本、室内飼いのはずだ。門など猫なら平気で飛び越えるのではないかと思ったが、大人しく門の前でジッと英人を待っている。
「……引っ掻かないよな?」
英人はどちらかといえば犬派だ。猫は引っ掻くイメージがあるというか、子供の頃に親戚んちの猫に引っ掻かれた苦い思い出がある。
門に鍵は掛っておらず、そのまま開いて中へと入る、猫が出ないよう注意しながら。
家の玄関は、不用心にも開け放たれていた。もしかすると猫が出入りできるようにするためか。その猫は、英人の足元にすりついてくる。
「おまえ、名前は?」
猫に聞いてもニャーと鳴くだけだ。ちょんと、頭を指先で撫でてみると、ぐるぐると喉を鳴らし始めた。相当、咲也に懐いているようだった。
そこへ、家の裏からおばあさんが出て来た。
「咲也、帰ってたのかい」
と、にこやかな笑顔で「おかえり」と言ってくるおばあさんは、もしかしなくても咲也の祖母だろう。畑仕事をする時のようなエプロン姿で、手にカゴを持っている。その中には野菜がいっぱい入っていた。
「ただいま。それなに?」
「春菊だよ。今日は鍋だからね。咲也が好きだから、いっぱい採ってきたよ」
「鍋? うん、鍋の春菊、好き好き! ヤッタ!」
ついつい、テンション高く声を上げてしまった。普段、咲也がどんなキャラかはよく知らないが、大人しいイメージだ。うかつな言動は取れないなと、以後気をつけることにした。
「そうかいそうかい」
と、祖母は家の中へと入って行く。英人も一緒に中へと入った。三毛猫もついて来る。
祖母はそのまま台所へと向かったようだ。猫も祖母の後をついて行った。エサか水かトイレか。英人は玄関に入ってすぐにある階段の前で立ち止まる。おそらく、二階が子供部屋のはずだ。探検の気分で登ってみる。
すると三つあるドア。その一つを開いてみた。ベッドが二つあったので、ここは両親の寝室だろうと、すぐさま閉じる。その横のドアを開くと、青い布団が敷かれたベッドと机があった。ここで間違いないはずだ。残る一つは、祖母の部屋か。
鞄を机の上に置き、ベッドの上にポンッと反動をつけるように座った。
「ふぅ……」
第一関門クリアといった感じだ。英人の場合、一花と友人なので困り事はスマホで聞けばいい。それほど心配はなかった。ただ一つ〝特殊能力〟についてを除いては。
「今頃、困惑してるだろなぁ」
一花に連絡先を教えてもらって説明するという方法もあるが、やはり直接が話す方がいい。その方が信頼性があって信憑性も増す。
「それで、よし」
あとは明日が来るのを待つだけなので、のんびりと部屋を見回した。部屋の隅に天井に届きそうなほどの大きな本棚があった。「おぉ」と思わず感嘆する。
その本棚のラインナップとは……、
「この本! 木下先生の!」
有名BL作家の人気シリーズがズラリと全巻並んでいた。それともう一つ、
「これ……昨日発売の……」
今日、一花と一緒に買いに行くはずのものだ。
一花の親がライトノベルの編集者というのは結構、校内で知れ渡っている。しかも、BLを扱った編集部ときた。今や一昔と違って当たり前のように確立したジャンル。電子書籍サイトで嫌でも目に付く。なので、男子が読むのもそう珍しくはない。
英人も面白いならば読んでみてもいいかなと、何かおすすめ本を紹介してもらおうと一花に声を掛けてみたのだった。そして、わりと仲の良い関係になった。
「そういや、一花と同じクラスだもんな。両本も影響を受けてか? でも、この本も……」
手に取って行くと、ほとんどがBLだった。
「……どっぷりハマっているのか」
そう、結論した。が、偏見はない。好きな本のジャンルは人それぞれだ。それよりも、木下先生の新作を読みたくてたまらないが、やはり自分の手でゲットしてから読むべきか。と、心の中で葛藤する。
そうこうしている間に、下から「咲也―」と、女性の声がした。母親だろうか。名前を呼ばれただけだが、降りて来いという意味だろう。
どんな母親か。父親も帰って来ているのか。色々と想像を膨らましながら、一階を降りる。すると、
「あ、お兄。出て来た」
中学生くらいの女の子がいた。もしかしなくても、妹か。英人は一人っ子なので、少し嬉しくなる。密かに妹がいればいいなぁなどと憧れていたからだ。
しかし、少し生意気そうな口の利き方と態度だ。そんな、まだ名の分からぬ妹はドンッと荒っぽくテーブルの上に咲也の物らしき茶碗を置いた。家事の手伝いらしく、次々と茶碗やコップを運んで来る。
テーブルには真正面に父親らしき男性が座っていて、缶ビールのフタを開けている。今帰って来たばかりなのだろう、Yシャツ姿だった。仕事でスーツを着ているということは、きちんと職を持つサラリーマンだろう。
一方、キッチンの奥から出て来た母親は長い髪をピシッと一つにまとめていた。こちらも父親と同じくちゃんとした身なり。何の職業だろうかと想像しながら、角に座る手編みらしきセーターを着た祖母を見る。家庭菜園と編み物が趣味なのか。そして全員、咲也と同じく小柄で痩せ型だった。
「さっ、食べましょ」
母親の合図とともに、「いただきます」と皆が手を合わせる。そして鍋をつつき始めた。「春菊だらけじゃん、鶏肉どこー?」と妹が文句を垂れる。その春菊は咲也のために祖母が畑から採ってきてくれた物だ。英人は、ガボッと取り皿に入れる。そうしなければ、下に沈んだ鶏肉を攻略できないからだ。
「うまっ、やっぱ鍋には春菊だなぁ」
英人が喋った途端、全員が振り向く。
「なに?」
何か失言をしてしまったのだろうか。
「それはこっちのセリフだよ、お兄。なに、今日は機嫌いいじゃん。何かいいことでもあったの?」
まるで、いつもは機嫌が悪いみたいだ。もしかして、反抗期というやつか。英人はとっくに通り過ぎていた。
続けて、息子の機嫌が良いと知った母親がすかさず口を挟んでくる。
「勉強は進んでるの?」
やはり、どこの家庭もこの時期は心配なのだろう。「うん」と一言答えておく。
「分かんないとこあったら聞いて、数学だけね」
「父さんには化学だけな」
「? 何で?」
「何でって、専門科目以外は分からないからだろ」
「教師なのに分かんないの?」
妹の「教師なのに」で、両親は共に教師と判明する。これは……受験へのプレッシャーが大きそうだ。が、勉強よりもBLに走っている息子か。別に悪くはない、一応は立派な読書。そうだ、進路希望は文系かもしれない。きっとそうだ。となれば、理系の両親に対し、誰に似たんだというツッコミが生まれる。
何はともあれ、無事に温かい食事にありつけたし、良いご家族だった。と、風呂に上がりベッドに寝転がって思う。側には三毛猫のししゃもが丸まっていた。そう呼ばれていた。
「……みんな、目も普通だったな」
ずっと悩まされていた特殊能力。街を歩けば、黄色い人、赤い人が、まるで信号機のようにゾロゾロと不気味に歩いているのだ。
それらから今は開放されている。何度、この能力が消えるのを願ったことか。一時でも、この安心感に抱かれていたかった。
「そういや……」
と、ベッドから身を起こして本棚に向かう。手にしたのは木下先生の新作。表紙裏のあらすじを改めて読む。
「魂の入れ替わった少年二人は互いを知るうちに恋が芽生えていく……か。何か、オレらみたい」
と、つぶやいてから、ピタリと手が止まる。
「え、恋が芽生えていく……いや、それはいくらなんでも現実ではあり得ないだろ?」
一瞬の動揺の後、BLの詰まった本棚を眺める。木下先生の人気シリーズはもちろんのこと、どれも切ない胸キュンものばかり。
「でも、まさか……」
いつも電車でこちらを覗いていたのは……?
「ええ?」
そのまさかのまさかだとすれば?
「えええぇ?」
しばらく、英人の胸の鼓動は波打っていた。




