4.寿命を視る目
英人の家は駅近のマンションだった。
必死に集めた情報では、将来は親と同じく医者を目指しているという。医者になろとすれば、大学へ通うのは必須であり、その学費は高い。やはり、医者の子供。金持ちだった。
八階建てマンションの前で、咲也は息を吸って吐く。緊張はもちろんのことだが、
「部屋番号は?」
一件一件の表札を見て回るのか。何とも骨が折れる。しかし、玄関に設置された集合郵便受けに表札があった。しかし、書かれていない部屋もある。表札は個人情報なので、任意なのだろう。
「消去法でいけるかな」
表札の名字を一つ一つ確かめて行く。すると、
「〝色川〟あった! ……これだよね?」
全国に色川さんが何人いるかは分からないが、同じマンションにい同姓が二人以上いるというのは、確率的にはそう高くない。
とりあえず、801号室に向かった。もし部屋の鍵が合わなかったら、違うという事だ。
いよいよ本格的に緊張が高まってきた。エレベーターへと乗り込む前に、再び息を吸って吐き、呼吸を整える。
いざ、エレベーターへ乗り込もうとした時だった。おばあさんが一人、「あぁ、待って」と駆けて来る、スローモーションで。ここは、気長に待ってあげるしかない。
ようやくエレベーターへと乗ったおばあさんは、「ごめんねぇ、腰が悪くて歩くのに時間が掛かるの」と腰を曲げて咲也を下から見上げてくる。
「いえ、大丈夫ですよ」
と目線を合わせた時だった、異変に気づく。
(え?)
咲也はおばあさんを二度見する。
申し訳なさそうに謝るおばあさんの目が――赤い。赤い目をしていた。
(カラコン?)
そんなワケはないだろう。では、充血? と、チラリと横目でおばあさんを盗み見る――充血にしては、真っ赤すぎる。まるで、ウサギのようだ。いや、鬼とかのバケモノ――そう思えて、背筋がゾッとした。
チンと音を立ててエレベーターが四階へと着くと、おばあさんは降りた。そして、今度はおじいさんが乗って来た。
「おう、色川先生の息子じゃないか」
と、声を掛けられて顔を向けると――おじいさんの目は黄色かった。
(な、なにっ?)
先程のおばあさんは、もしかしたらただの目の充血だったかもしれなくないが、黄色い目とは……考えられるのは、
(黄疸?)
そうだ、そういうことにしよう。
「色川先生には、いつもお世話になってるよ。よろしく言っておいてくれ」
「は、はい」
すぐに次の六階でエレベーターは止まり、おじいさんは降りて行った。ホッとする。もう、誰も乗って来ないよう祈りながら、八階まで無事に辿り着く。
「何だったの、あの人たち? 目の充血と黄疸?」
それにしては、色がハッキリとしていて濃かった。何が何だか分からぬまま、酷く疲労した気分で801号室の前へやって来る。
少しためらいながら鞄の中を探って見つけ出した鍵を、周囲を見回し誰もいないのを確かめてから、恐る恐る鍵穴に差し込んでみた。
――カチリ
鍵穴が回った。心臓がドキリと跳ねる。ついに、ここまで来てしまった。もう、後戻りはできない。
意を決してドアノブを回し扉を開く。
ふわりと甘い香りがしたのは、玄関の靴箱の上に置かれた芳香剤か。
「これが、色川くんちの匂い」
鼻孔を広げてスゥーと嗅ぐ。その様は変態に近いかもしれない。だが、すぐに我に返り、誰か家族がいて見られはしなかったかと、焦る。が、物音一つせず誰かいる気配は感じられなかった。
一応、「ただいま」と言って玄関を上がると、真っ直ぐな廊下にいくつか扉があった。大抵は奥がキッチンとリビングといった間取りだろう。いくつかある廊下の扉が、寝室や子供部屋、洗面所などになる。
どうしようか迷ったが、まず洗面所で手を洗わなくてはと思い立ち、洗面所を探す。受験生としては、この時期に風邪を引いては大変だ。冬休みからがラストスパートなのだ。
廊下に並ぶ扉を一つずつ、そっと開いていくことにする。すぐに一つ目で洗面所を見つかると、恐る恐る洗面台に近づいた。下を向いたまま、しばらく時間が経過する。そして、勇気を出して正面を向き鏡を見た。そこに映ったのは――色川英人。咲也の好意を寄せる、色川英人の顔だ。
咲也は身をくねらせ悶絶する。が、
「えっ?」
英人の顔が、目が――黄色い。先程の、おじいさんのように。
「何? 何なの、コレ?」
そこへ、フッと洗面所が暗やみに包まれた――例の御加世の登場だ。
「はぁい、咲也君。かなり驚きのようね。ま、当然っちゃ当然よねぇ」
「あの世の御加世さん? ……これ、一体なに? 咲也くんの目が――さっきのおじいさんと同じ黄色。おばあさんは赤かったけど。まさか、黄疸? 色川くんて……病気?」
病気で死ぬ――そうだとすれば、ソウル・チェンジが成り立つが、考えたくはなかった。
「んーそれは明日、本人から説明を受けると思うけど、それまで奇妙に怖いわよねぇ。だから、あたしから簡単に説明しおくわ。といっても、英人君のその〝特殊能力〟について、どんなものなのか詳しくは知らないのよ。そこは了承してちょうだい」
「え? 特殊能力? 色川くんに?」
また、何をあの世の御加世は言い出すのか。ソウル・チェンジの次は特殊能力ときた。すでに咲也の頭の中はパンパンだったが、英人に関する事だけは聞き逃すワケにはいかない。耳を傾けかっぽじる。
「えぇ、英人君には〝人の寿命を視る目〟を持っているのよ」
「人の寿命を視る目?」
咲也はオウム返しする。
「具体的にどのような方法かはあたしも知らないんだけどね。今さっき、目の色がどうとか言ってたわね?」
「うん、さっきエレベーターに乗った時に、おじいさんとおばあさんの目の色がおかしくて……もしかして?」
「おそらく、それが特殊能力の正体よ。あぁ、あたしも明日、英人君の口から詳しい話を聞けるのが楽しみだわぁ。なんてったって、そんな人材を放っておけないもの、あの世の人間としては、ね。てなことで、おやすみーん」
御加世は喋るだけ喋って、すぐに消え去った。同時にパッと洗面所に明かりが戻る。そこには、鏡に映る英人の――黄色い目をした顔がある。
「これが、特殊能力の正体……?」
御加世は〝人の寿命を視る目〟だと言った。この英人の黄色い目の色が何を示すのかは現時点では分からないが、色が分かれて付くというのが、何か寿命を示すヒントなのではないだろうか。
「色川くんは……」
こうして知っていたのだ、自分の寿命について。だから〝生きたい〟と願う者として、ソウル・チェンジが行われた。
「色川くん……っ」
自分の寿命を知りながら生きているなど、どんなに苦しく辛い気持ちか。鏡に映る英人を見つめていると、目尻に涙が浮かんできた。何とか救ってあげたいと、咲也は強く思った。




