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3.駅で戸惑う二人

「あ、英人(えいと)くん」


 改札口を抜ければ、一花(いちか)と会った。

 咲也(さくや)にとっては、ちょっとしたライバルだ。もう負けたも同然だが。そう、こうやって下の名前を呼んで、駅の改札口で何やら二人で待ち合わせしているのだから。


「はぁ……」


 つい、ため息をついてしまったところで、


「英人くん? どしたの? 何だか疲れてる?」


 女って何でこうも感が鋭いのか。しかしそれよりも、この体は英人だが中身は咲也だ。


「何でもないよ。あ、いや……ちょっと疲れるかな? じゃあ、また明日」


 何をどう話せばいいのか分からなかったのもあり、早々と話を切り上げ背中を向ける。


「え、大丈夫? って、待ってよ」

「何? 少し疲れてるだけだから、心配しなくていいよ」

「うん、それならいいんだけど。朝、帰りに一緒に本買いに行こうって約束、明日に延期?」


 そんな約束まで……もしかして、もう付き合っている?

 咲也は胸を動揺させながら、返事に困る。何の本を買いに行く予定だったのか。発売してすぐなら、急ぐ必要がある。特典付きなら早めに手に入れなければいけないからだ。


「そうだね、明日……で間に合うかな?」

「うん、昨日発売したばっかだから。って、どうしてそんな分かり切った質問? 何か……もしかして……」


 ギクリと体が硬直する。そうだった、一花はソウル・チェンジの経験者だ。御加世(みかよ)のことを知っている。というか、昼休みに一緒にいた。もしや、勘付かれたか。でも、隠す必要はない。


「……うん、実は……」

「両本(りょうもと)じゃん」


 突然、後ろから声がして振り返れば――、


「白石(しらいし)?」


 去年、同じクラスだった白石舞愛(まいあ)がこちらに向かって胡散臭そうな目つきをしていた。


「やっぱ両本じゃん、その〝中身〟」

「えっ、両本くん、ソウル・チェンジしたの? しかも、英人くんと? 舞愛は何で知って?」

「さっき、ホームでひと騒ぎあったんだよ。何かと思えば、まーた御加世さんが現れた。見て見ぬフリしてたけど、相変わらずミスってばっかだよね」

「どんなミス?」

「強制ソウル・チェンジ」


 一花の丸くなった目が咲也に向けられる。


「……何か、仕方なかったらしく……」


 そうだ、自分が走り出したりなんかしていなければ、こんなことにはならない。が、


「英人くんが……死ぬの?」


 ソウル・チェンジは生きたい者と死にたい者の魂を入れ替える。死にたい者が咲也ならば、英人が生きたい者であり、死ぬ可能性がある事になる。

 一花にとっては初めて知るショックな事実だったが、咲也もそのことに気づき、一気に全身が凍りついていく。


「そんな……これって、ホントに? そゆこと?」


 コクリと一花は頷く。


「色川(しきかわ)かぁ……あいつが? 頭、良すぎるヤツは死ぬのか?」

「舞愛、それ、あたしも含まりかねないよー。謙遜してトップではないって言っておくけど。って、そっか、同じクラスなんだ?」

「そだよ。一花はなに? 色川とトップ争いでもしてんの?」

「そんなんじゃないよ。一位と三位じゃ大きな差があるんだから。ただちょっと、小説の趣味が合ってね。今日も一緒に新刊買いに行く予定だったんだけど、英人……両本くん、こんな状態じゃ無理だよね」


 隣で舞愛が「南無三」と両手を合わせて唱えた。


「本は明日……それより、よく考えたらどうやって帰れば? 色川くんの自宅って、どこ? それに、これからどうすれば……あぁ」

「うんうん、悩むよな。一花、色川の家知らないの? なら、スマホ開いてクークルマップに生徒手帳の住所打ち込めばいいだけだって」

「すっ、スマホなんて、そんな勝手に……っ」

「罪悪感を感じる必要はないって。もう、その体は両本のものも同然だし。それに、向こうも同じことしてるだろしさ。さっ、開いちゃいな。指紋認証でロック解除できるはずだから」


 舞愛にグイグイと押され、スマホを手に持つ。持った瞬間、指紋認証で解除されて開いた。鞄の中から生徒手帳を取り出すのさえためらわれたが、今はそんなことを言っていられない。

 咲也は恐る恐るスマホの画面を見た。



   ◇



「一花!」


 と、改札口の向こうに一花の姿が見え、英人は名を呼んだ――今の姿が咲也だというのを忘れて。

 しかし、一花は「あ、英人くん」と、ごく普通に返事をする。


「え? 何で?」

「知ってるよ、その両本くんの体の〝中身〟は、英人くんって」

「てことは、ソウル・チェンジってやつも知ってるのか?」

「うん、経験済み。ちなみに舞愛も」


 舞愛は券売機で交通系ICカードに料金をチャージをしていた。ちょうど、パートの帰りだったという。


「マジか……じゃあ、両本見なかったか? オレの体をした」

「さっき、帰ってったよ。もちろん、英人くんの家に」

「そっか、そうなるよな。オレも、両本の家に帰らなきゃいけないか、うわーこれ明日からどうなんだ?」

「なるようになんじゃない?」


 チャージを終えて戻って来た舞愛の一言に、英人はため息を吐く。舞愛はサバサバとしていて、いかにも〝どうにかなる精神〟の持ち主だ。


「でも、英人くん……悩んでたってことだよね? 知らなかったよ……気づいてあげられなくてごめんね」

「いや、そんなんじゃ……オレにも確信が持てないんだ。この先、本当に死ぬのかどうか」

「確信が持てない?」


 一花は首を傾げ、


「ホントに死ぬかどうかの? なんだそれ? イミフー」


 舞愛は怪訝に眉を寄せた。


「あーこの話は、両本にも早く教えた方がいいんだけど……一対一じゃさっきみたいに逃げられたらいけないからな、一花も一緒にいてくれない?」

「いいよ。どんな謎が隠されてるのか分かんないけど、いくらでも力になるよ」

「サンキュ。でも、何でさっき逃げられたんだ……」

「それは、あれだよ」

「あれって?」

「んーこれは本人に直接聞いた方がいいかな」

「何か、あの世の使者さんにも似たようなこと言われたけど、何なんだよ?」

「まぁ、英人くんもまだまだ、その道を極めてないってことだよね」

「何だそれ? ……まぁ、いいや。とりあえず、明日一緒に頼むな」


 自身の持つ〝特殊能力〟といい、ソウルチェンジといい、現実は小説より奇なりとは、まさにこのことだと英人は痛感した。そして、クラクラとめまいを起こした咲也の体は、細く小さな見た目通りにデリケートに作られていた。

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