2.強制的に魂入れ替え
毎日、こっそりと覗かれているのに何となく気づいていた英人。最初はストーカーかと思ったが、同じ学校の制服を着た男子だった。
学年トップともなれば、すれ違えば「あっ」と、小声でつぶやかれる。そして、友人と「今の人だよね?」と、ひそひそ話が始まるのだ。
しかも、長身イケメンともなれば興味を持たない女子はいない。同性には、羨望の目で見られる。なので、毎日覗き見されても気にはしていなかったのだが……、
「君って、両本咲也? A組だよな?」
英人の方から近づき、学校帰りの駅のホームで声を掛けた。すると、咲也はギョッとして大きく目を見開き、そして硬直した。
「ななな、何で知って?」
「いや、朝の通学でよく同じ電車に乗ってるなって。今朝、一花が教えてくれたんだよ、同じクラスの子だって」
咲也は顔をサッと青ざめてうつむいたかと思えば――次の瞬間、ホームを走り出した。
「えっ、両本っ?」
全く予測不能な事態が起こった。呼び止めても止まらず、そのままホームの先端まで走って行く。このままではホームへ飛び込むのではないかという不安と恐怖が英人の頭によぎった、その時だった。
目の前が真っ白になり、体から何かが抜けるようなふわりとした感覚がして、意識が遠のく。だが次にハッと意識が戻ると、何故か足が勝手に走っていた。前方にホームの先端が見える。
「ヤバい!」
急に動きを止めた足はもつれて、転倒する。
上半身がホームに外に投げ出される。
ガシッ――
落ちそうになったところを両足で踏ん張って止めた。つまり、ホームから逆さまの状態になっている。
すぐさま周囲の人たちが「危ないっ」「引き上げろ!」と、英人の体を数人がかりで引き上げる。
駅員さんも駆けつけて来た時だった。今度は視界が真っ暗闇の中に吸い込まれる。
「一体、何が起こって……?」
首をキョロキョロ回すと、
「ふーっ、間に合って良かったわ。こんにちは、色川英人君。ごめんなさいね、緊急事態だったのよ。了承得ないまま、謝るわ。あぁ……閻魔大王様にもまた叱れるぅー」
白い着物を着た長い黒髪の美人が何やら一人で嘆いている――宙に浮いて、だ。
「閻魔大王様って……ここは、あの世じゃないよな? オレはまだ生きて……ん? なんだ?」
口から発声される声が自分の物ではなく聞こえる。よく見れば、手も足も。この姿は……、
「〝オレ〟じゃないっ? って、そうきたか!」
英人の冷静なツッコみに、御加世の方が驚く。
「あら、またこちらも変わった子ねぇ」
「こちらもって? 誰と比べて? この体は男ってことは、男女入れ替えじゃあないのか、ちょっと残念。相手は、誰? その前に、あなたの正体は?」
「学年トップともなると、頭の回転が早いのねぇ。あたしは、御加世。あの世の使者といったところよ。そう、あなたは強制的なソウル・チェンジにより両本咲也君と魂が入れ替わったのよ」
「両本咲也? 今さっき、ホームに飛び降りようとしたよな? まさか、自殺……?」
「えぇ、あなたに声を掛けられて頭がパニック状態を起こし、完全に我を忘れたってカンジね」
「なんで?」
「んーそこはあたしの踏み込むところじゃないっていうかぁ、どうしても知りたいなら本人に聞いてちょうだい。……でも、英人君が何故、咲也君に話し掛けたかは、私は知ってるわよ?」
英人はわずかに顔を強張らせ、そして御加世の目をジッと見た。
「やだ、そんなに見つめられちゃ恥ずかしいわぁ。なんて、冗談はさておき、何か〝視〟えるかしら? あの世の人の眼にも」
「……いや、他人の体ではダメみたいだ。てことは、両本にオレの〝能力〟が?」
「そうかもね。しかし、あなたのその能力については未知数なのよ。たまにいるのよねぇ、そういった〝特殊能力〟を持った人間が。でも、とりあえずあなたはこれで〝命が助かった〟んじゃない? あとは、どうするかはお二人に任せるわ。じゃ、またねーん」
と、無責任にも軽々しい口調で御加世は消え去る。そして辺りは明るくなった。が、周りの人々は何も知らない様子で英人に「大丈夫? ケガはない?」と話しかけてくる。
英人は「すみません」と謝りながら、ホームの向こうに目をやる。だが、人だかりのせいで、英人――の姿をした咲也は見えなかった。
◇
急に意識が遠のいて、すぐに目を覚ましたかと思えば、
「……御加世さん? ん? この声……」
咲也はすぐに自分の声の変化に気づく。そして、大きな体にも。
「お気づき? 急遽、強制的にソウル・チェンジを行わせてもらったわ。これで、ホームに転落は免れたわね。っとに、無茶をやらかすんだから」
「そっ、それ、勝手にソウル・チェンジ、魂を入れ替えってやつをしたワケっ? 僕は断ったはずだよ?」
「えぇ、それは百も承知よ。これからあたしは、閻魔大王様に怒鳴られに行くのよ」
「怒鳴られて当たり前だよ。それで、この人は誰? 僕の学校と同じ制服みたいだけど?」
「あぁ、同情はしてくれないのね。その体の子は、同じ学年の色川英人君よ」
咲也は気を失いぶっ倒れそうになった。かろうじて、足を踏ん張って立つ。
「な、ななな……」
「口がわななくほど、英人君のことが好きなのね」
ストレート過ぎる。もっとオブラートに包むことはできないのか。顔を真っ赤にさせた咲也は、何も反論ができない。
「まぁそこら辺は、お好きにどうぞ。でも、もうホームに飛び込むなんてのは、よしなさいね。今のあなたの体は、英人君なんだから」
ついさっき、英人に突然話しかけられ、しかも毎日覗き見をしていたのがバレてしまっていて、嫌われたかと思うと怖くて衝動的に走って逃げてしまったのだ。……そのまま路線に飛び込み、自殺しようとしたのかどうかまでは、自分でもよく分からなかった。
「これから、どうなるの?」
「それは、あなた次第よ。大いに悩みなさい、少年よ。しかし、何か体の異変に気づかない?」
「異変って? 違和感ならありまくりだよ。これが、色川くんの体……」
口にして気づき、顔が噴火しそうになった。恥ずかしいのを通り越して、屈辱にも感じるのは何故だ。
「まぁ、おいおい分かるはずよ。じゃっ、そゆことで。バイバイビーン!」
御加世は、急に現れ急に消え去った。
暗闇から明るくなったホームの奥に視線をやるも、下校や仕事帰りの時間帯で人がごった返していて、英人の高い身長でも先は見えない。
人の波に流されるように、階段を登って改札口へと向かった。




