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4.どうやって下校するか

「さぁて、帰ろう。って、どーやって? ここ、どこなんだ? あの世の使者の御加世(みかよ)さーん!」


 屋上からヤケ気味に呼んでみるも、御加世が姿を現す気配はない。

 鞄があれば生徒手帳で分かるのだが、ここには見当たらない。もしかして、教室か? 十分あり得る。しかし、何年何組なのか。全ての教室を探し回れというのか。途方に暮れて頭を抱える。その時、

 ――カチャ

 と、塔屋のドアが開く音がした。はじめは、マズい! と思って身を隠そうとしたが、


「誰かと思えば、なんだ、川畑(かわばた)か。こんな所で何やってんだ? もう下校時間だ、早く帰りなさい」


 男性教師だった。はじめはピクリと反応する。


「今、オレのこと、何て呼びましたか?」

「ん? 何てって、名字で川畑って……別に呼び捨て名しただけでパワハラじゃないぞ?」

「ありがとう、先生!」


 名字を知り得る事ができた。このまま、他の情報も引っ張り出そうと頭をフル回転させる。


「あのぅ、鞄をどっかに置き忘れちゃったんですけど、見かけませんでしたか?」

「ハァ? 川畑、おまえはランドセルを置き忘れた小学生か? いや、さすがは川畑だな。おまえならあり得る」

「オレって、バカな生徒なんですか?」

「……さっきから〝オレ〟って。一人称を変えたのか? さすがだな。バカとは何だ、逆だろ。学年トップスリーが何言ってんだ? さすがだな、秀才と馬鹿は紙一重だからな、先生は偏見しないぞ」

「じゃあ、ついでに先生の名前と科目は何ですか?」

「何だ、これ。何かのゲームか? いいだろう、改めて教えてやるよ。先生は、加山雄二(かやまゆうじ)だ。雄三じゃないぞ? 兄弟でもないぞ? あ、この人、知らないか? 担当科目はな、世界史……って、担任だよ、おまえの!」


 加山雄二という担任教師は、口周りにヒゲを生やし、半袖から伸びる腕は毛深い。森が似合いそうな、クマっぽい体格の人だ。性格はノリが良くて楽しそうで、生徒から人気がありそうだった。


「マジ、何なんだ? というか、鞄だよな。早く見つけないと夜の学校は怖いぞー? トイレの花子さんって、おまえらの世代にも健在か?」

「それくらい知ってますよ。じゃあ、先生。〝御加世〟って知ってますか?」

「御加世? 知らん。うわー、流行に置いてかれた!」


 と、オーバーリアクションに残念に悔しがるマネをしている。今後、色々と使えそう……いや、お世話になれそうな担任だ。


「無理もないです。目撃情報は昨日なんですよ。何でも、夕方の誰もいない教室に出たって……オレ、カバン取りに教室戻るの怖くなっちゃって……ついて来てくれませんか?」

「……何か、メンドくさいな。まぁ、いい。女子生徒を校内に置き去るワケにはいかないからな。ついでに、その幽霊とやらが本当かどうか確かめに行ってやる。……ちなみに、どんな幽霊なんだ?」

「白装束の姿をした髪の長い女で、そいつを見ると魂を抜き取られるらしいんです」

「それ、幽体離脱じゃないか! 怖いんだか怖くないんだか……とりあえず、さっさと行くぞ」


 加山雄二は塔屋を一周して他に誰も生徒がいないのを確認すると、屋上の鍵を閉めた。――ここで逃げ隠れていたら、危うく屋上に閉じ込められるところだった。

 はじめは加山の一歩後ろをついて歩く。そして辿り着いたのは、三年A組の教室だった。


「ほら見ろ、机の上に置きっぱなしじゃないか。まぁ、あって良かったな。早く取って来い。ここまできたからには、玄関まで見送ってやる。一応、担任だからな。賛否があるだろうが、生徒には家に帰るまでGPS付けててほしいくらいだ。まったく、ワケの分からん物騒な世の中になったもんだ」


 ワケの分からん世の中というのは全くもって同感だった。あの世の使者とか、ホントにワケの分からんのに遭遇してるんですと、つい言いたくなる。

 とりあえず無事に見つかった鞄を机まで取りに行く。その際、席の位置をしっかりと忘れずに覚える。

 玄関の下駄箱まで来て、


「あ、ここでいいです。先生、もう戻った方がいいんじゃないですか?」


 やんわりと断る。――下駄箱がどこかすぐに探せないからだ。さすがに、あのノリを再び続けるには無理があるし、怪しい。


「何だ、生徒が担任に変な気を遣わなくていい。それに、これが〝先生〟の仕事なんだ」


 なんて今時、熱心な先生か。こんな先生が担任であれば、イジメとかなさそうだと思いかけたが、大人には別の顔がある。裏では違うかもしれない。けど、加山のことは信じたいと、はじめは思った。


「でも、ちょっと……トイレ行きたくて」


 ちょうど玄関前にトイレがあったので、なるべく恥ずかしがるように言ってみる。すると、


「あぁ、そうか。じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」


 レディの事情を察したようで、加山は廊下を引き返していく。その際、「トイレの花子さんに気をつけろよ」と、冗談を残して。

 フゥとため息を一つ。少し疲れが滲み出たが、


「楽だなぁ」


 本来の自分の体とは、こんな比ではない。全くどこも痛くない。呼吸もスゥースゥーと吐ける。これが〝健康〟というもの。すっかり忘れてかけていた感覚を取り戻す。そして、


「この体の子、今どうなってるんだろ?」


 こちらが女の体で戸惑っているならば、向こうは男の体で戸惑っているはずだ。


「聞いてないぞ、あの世の使者の御加世さん!」


 下校時間の校舎内で叫んでみても、やはり現れない。これって、とんずら? 騙された?

 いや、ろくに説明も聞かなかったのも悪い。もう後の祭りだった。


「あ、下駄箱、見っけ」


 下駄箱の位置も頭に覚え込ませる。ついでに校舎の間取りも知りたかったが、もう下校時間なので明日にすることにした。

 校門をくぐり、はじめは足を止める。


「で、家はどこ?」


 ここはどこ? あたしはだぁれ? という事態が本当に起きている。カバンから生徒手帳を探し出し、確認する。

「川畑一花(いちか)。下の名は一花か。住所は……千葉県っ? F市って、あの有名なゆるキャラのいるっ?」


 思わず声がひっくり返る。千葉県とは本州ではないか。香川県から来るとなると、瀬戸大橋を渡って新幹線に乗って、半日がかりである。東京へは家族旅行で来た事があるが、千葉はない。というか、千葉も首都圏に入るはずだ。つまり、都会の一部だ。

 ……一人で無事に帰れるのか不安になってくる。もし電車なら、痴漢の出る満員電車というやつに乗るのか?


「というか、住所見てもさっぱり分かんねー」


 ここはクークルマップの出番だ。現在地と住所を打ち込み、経路を調べる。すると、徒歩二十分の距離だった。バスや電車に乗らなくて済み、ホッとする。一応、財布の中身を開いて所持金を確かめると、五千円ほど入っていた。最悪、帰れなくともコンビニでおにぎりは買える。

 いざ、マップを頼りにスタートした。

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