3.余命一ヶ月の身体
「……ここ、どこなの?」
病室だろうことは、白い天井とカーテンとベッドで分かった。ドラマでも見かけるし、祖父が入院した時にお見舞いに行き、実際に病院の病室を見たことがある。
それよりも今、発した自分の声に違和感を覚えた。
「あー、あー」
発声してみると、明らかに自分の声ではない。そして押さえた喉元に、女ではあり得ない突起物――これは、喉仏?
「うそっ」
まさか甲状腺ではあるまい。そんな病気は持っていない。体を確かめようとして、手が止まり固まる。そんな、勇気は出ない。
そこへ、
「あら、気づいた?」
そこには、白い着物姿の色っぽい女性――が、宙に浮いていた。
この幽霊? 見覚えがある。それは、ついさっき。徐々に記憶を取り戻していく。
「一花ちゃん、具合はどうかしら? いきなり病人の体になってきつくない?」
「あなた、さっきの……? えっと……」
頭がずっしりと重く鈍い痛みがする。そして全身に重しのようにのしかかる重さとだるさ。思わず頭を押さえ、重苦しく息を吸って吐く。
「あぁ、無理しないで。相当、きついようねぇ。ちょっと可哀想だわ。あっ、あたしの名は思い出せる? 御加世よ。簡単に説明すれば、あの世の使者ってとこね。そして、あなたは川畑一花ちゃん、高校三年生。そうよね?」
「はい、そうです。確か、誰かと魂を入れ替えたんですよね? なんか、ソウル・チェンジって……」
「あたしの決めセリフ、覚えてくれてたのね! どう? カッコいいでしょ?」
ダサいとは、言えない雰囲気だった。
「は、はい。……それで、私はこの体の人と魂を入れ替えるのに成功したってことですか?」
「ピンポン!」
と、人差し指を立てる御加世。何か、ちょっと古臭い。とは言えない。それに、それどころではなかった。
「でも、この体……男の人なんですけど? 私、てっきり……これは事前に聞かされてませんでしたけど?」
「あぁ、そうね。そうよね、魂入れ替えより男女入れ替えの方が、ある意味ショックよね。正直に話して謝るわ。これは、あたしの……ミスよ」
両手を合わせ頭を下げられても、戸惑うしかない。
「この事、閻魔大王様には内緒にしてて、お願い!」
御加世はミスをした事に酷く焦っているようだ。が、閻魔大王って……本当にいるのか。内緒って、まさか目の前に現れる機会があるのか。何だか怖くて、御加世のミスなどチクっているどころではなさそうだ。
「わ、分かったから、頭上げて下さい」
と言って、そこで初めて気づく。
「え? 待って。じゃあ、私の体の中には、この男の人の魂がっ?」
「イヤよね、気持ち悪いわよね。ホント、ごめんなさいね。でも、向こうも一緒よ。あの子は一花ちゃんと違って怒ってきそうだわ、ハァ。――てな事で、ここから先はうまくやってちょうだい。魂の入れ替えに承諾した事には変わりないわ。じゃ、グッドラック!」
今度は親指を立てて、御加世はスゥと壁に溶け込むように姿を消した。それはまるでマジックのようだったが、どこにも種も仕掛けもなく、本物だった。
しばし、壁を見つめる。そして、御加世のミスについて……もはや、怒る元気が出てこない。もういいやと、全てを諦めた。何より、今は体が辛くて横たわる。
腕には点滴がしてあった。人生初めての経験だ。痛くはないが多少の違和感があり、不快だった。この先、ずっと刺したままなのか。これでは自由に身動きができない。
(なに、これ。余命一ヶ月の病人って、こんなんなの?)
何か楽になる痛み止めとかないのかと、枕元のナースコールを握ってみる。そこで、ベッドの頭に書かれた名札が目に入った。
(大場はじめ……?)
はじめちゃん……漫画に出てきて、読んだことある。実際に周りにも、はじめちゃんって子が何人かいた。誰だったか、小学生の時のクラスメイトか。よく思い出せないが、何だか頭に引っ掛かった。
(主治医は湯川先生か、覚えておかなくちゃ)
これから、この人ととして明日から生きて行かなくてはいけない。だか、どんな人か。ほとんど何も知らされていない。
(御加世さん、何でもっと詳しく教えてくれなかったの? 変な言動したら、変な目で見られるじゃない)
中身が別人の魂だというのは絶対にバレないだろうが、精神科とかに受診させられそうだ。
(もっと情報は……)
名前は分かったので、あとは生年月日……と、手首にバンドが巻かれてあり、名前と生年月日、血液が記されていた。
(なんだ)
と、ホッとする。では、ここはどこの病院か? まさか地方か? それも、ベッドの横にある床頭台の引き出しの中から色々と書類が出てきて、そこに豊橋総合病院と書かれてあった。住所を見ると、
「香川県っ? って、さぬき県? え、四国だっけ?」
思わず声を上げてしまい、パッと口を塞ぐ。でも個室なので誰にも聞かれてはいない。
香川県――一花は千葉県に住んでいた。それが、こんな離島のような……と言えば失礼だが、千葉からはほど遠い地だ。カルチャーショックを起こさなないかと不安になる。
(あぁ……)
ここで体力が限界に達する。しばらく、横になり休むことにした。が、すぐに看護師さんがやって来て、「お熱計ったー?」と、気さくに呼びかけてきた。きっと長い入院生活で慣れ親しんでいるのだろう。血圧を測り、点滴を確認すると、「すぐ夕飯だからね」と病室を出ていった。
まるで休む間がない、病院だというのに。夕飯が運ばれてくるまでの間、一花は目を閉じ体を休める。が、この先のことを色々考えてしまい、落ち着かなかった。




