16.家族の再会
突然、スマホが鳴り響く。
電話帳に登録されていない番号からだと思えば、それは自分の番号だった。まだ若い舞愛はすぐに聖子からだと分かった。
恐る恐る受話ボタンを押すと、初めて声を交わし合った。と言っても、自分の声だったが。それでも、胸から込み上げる熱いものがあった。
御加世からの知らせで、今お父さんを駅で探し見つけ、一緒にこちらに向かっているという。
待っている間、やたら緊張した。
姉に会える。
というか、会ってソウル・チェンジを解約すれば、本当に実の姉と両親とに対面する事になる、舞愛自身の体で。
居間でお母さんと一緒に待ちながら時計の針とにらめっこしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「お父さん!」
お母さんが玄関まで駆けて行く。
「どこへ行ってたの? 心配してたんだから!」
「……舞愛に会いに……行ってたんだ」
と、お父さんはバツが悪そうに答える。お母さんもまた、その理由に絶句していた。「何で……」
と、そこで舞愛の姿を見て、お母さんは「どちらさま?」と。
聖子と舞愛は視線を合わせ、頷き合う。そして、お互いの手を繋いだ。瞬間――目の前がショートして、視界が一瞬真っ暗になる。
徐々に光を取り戻していくと――舞愛の前には聖子の姿が。聖子の前には舞愛の姿があった。
「戻った……?」
「そのようね」
舞愛は聖子に抱きついた。
「……お姉ちゃん……っ」
「舞愛……」
抱き合う二人を、お母さんは不思議に見ていたが、すぐに「もしかして……」と勘付く。
「うん、あたしが舞愛。会いに来たんだよ」
お母さんは驚きと歓喜に手を口元で震わせながら、
「あなたが、舞愛……」
目から流れ出す涙を両手で覆い隠す。そして、「ごめんなさい」と謝りの言葉を繰り返す。
舞愛は何のことかと首を傾げていたが、聖子にはそれが痛いほどに伝わった。いいや、聖子にも計り知れない〝生みの親〟の心情だ。嗚咽とともに、心の奥から溢れ出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「うん、分かったから。泣かないでいいから」
「舞愛? 舞愛だったのか? お父さんだ、会いに来たぞ」
お父さんは自分がどこにいのるか場所を見失っているが、舞愛に会えて嬉しそうだった、表面では。呆ける前から無口な人なので本音はそう簡単に口にしない。でも、そんなお父さんですら目に涙を浮かべていた。もちろん、聖子も。本当に、みんな舞愛にもう一度会いたかったのだ。
「あーあ、みんな泣いちゃって」
すっかり呆れ返っている舞愛も、伝染したかのように目尻からツーと涙を垂らした。「ヤバ、何これぇ?」と、涙と共に笑い声も同時に上げる。すると、みんなも笑い出した。涙に目を濡らしながら全員、笑い合う。
「……あちらのご両親は? 会いに行くって知ってるの?」
ひとしきり泣いてから、我に返った母が心配をする。それに対して、ギクリとした聖子。行き先を言わずに飛び出してきたのだ。舞愛に苦い顔を向け、ごめんと小さくジェスチャーする。それを受け取った舞愛は、
「うん、大丈夫だよ」
聖子の背中をポンと叩いた。
「そうなのね。あとで連絡入れなくちゃ……あぁ、なんて挨拶しようかしら……」
お母さんは落ち着きなく左右に体を動かす。
「お母さん、みんなも、とりあえず上がろうよ」
と、聖子は居間に舞愛を招こうとしたのだが、勝手知ったる様子で舞愛は当然のように自分から居間に入っていった。そして、隣の台所で急須にポットのお湯を注ぎ始める。
あぁ、何も説明しなくていいワケだと聖子は納得したものの、お母さんはちょっとビックリしながら、「あらまぁ、ありがとう」と湯呑を慌てて用意する。
みんなはテーブルにつき、お茶をすする。すると、妙な沈黙が一歩遅れてやって来るのだった。それを最初に破ったのは舞愛だ。
「お父さんはなに? 結局、私に会いに来てくれようとしたの? どうして?」
「そうよ、あなた勝手に何を……っ」
「だってよぅ、俺、癌で死ぬんだろ? 悔いのないように死にたい」
やはり舞愛に再会せずに死ぬのは悔いを残すことになるのだった。しかし、
「あなた、何言ってんの? もしかして、聖子と勘違いしてるの? バカねぇ」
「そうだ、お姉ちゃん。癌の治療はどうすんの?」
当たり前のように〝お姉ちゃん〟と呼ばれ、聖子はくすぐったなると同時、胸がポッと灯がともるように暖かくなった。
「あら? 舞愛も知ってるの? もしかして、聖子、お母さんたちより先に連絡取ってたりしたの?」
お母さんは鋭い。「実はね……ヘヘ」と笑ってごまかすも、「まぁー」と大きなため息をつかれる。
「あたしはお姉ちゃんが心配だったから、会いに来たんだよ。もちろん、お父さんお母さんにも」
聖子の涙腺はまたしても緩くなる。きっと、癌が発覚しなければ、今もまだ元に戻るかどうか悩んでいたのかもしれない。
「うん、ちゃんと手術するよ。早期の方が回復も早いだろうし。生活は……厳しくなるとは思うけど……なんとか、仕事に復帰するまでは貯金崩しながら……」
「それさぁ、あたしが代わりに働いたんじゃダメ? 家から車でなら職場まで通えない距離じゃないし」
「何言ってんの? 舞愛?」
聖子もお母さんもビックリ仰天して目を丸くする。お父さんは意味がよく分からないようでポーッとしている。
「……それって、うちに戻るって来るってこと?」
お母さんが恐る恐る聞く。と、
「戻るとか、どっちを選ぶとか……考えるの面倒。住居はどっちでもいい。ただ、あたしは何か力になりたいだけ。そんだけ」
何とも大雑把な考えだったが、舞愛らしかった。
しかし、力になりたいという気持ちは大変嬉しい反面、向こうの両親が納得するかどうか。
「舞愛、それはパパとママに相談してからになるよ」
「んー、別にもう会いに行ってもいいとか言われてるし、大丈夫だよ。それに、あたしはもう決めたよ。ということで、お姉ちゃん、バックアップはあたしに任せてよ!」
一丁前な口を利く妹だなと、聖子は苦笑する。見れば、お母さんも呆気に取られていて何も言えないでいた。
だけど、こうして少し奇妙だが新しい〝家庭〟が築かれようとしていて、そして新しい〝家族〟の絆が生まれようともしていた。




