14.行方不明
夕飯のキャベツと豚肉を塩コショウしただけの炒め物は美味しかった。あと、インスタントの味噌汁は初めてだったかもしれないが、意外にもいけた。
腹は満足して、食器を洗うのだけを手伝い、自室に戻った舞愛は布団の上に寝転がる。そして、ハァーと大きく息を吐いた。
何だか本当にこの家に馴染みつつあり、怖くもある。この家の一体どこがいいのか。
「……気を遣わなくていんだよね」
あ母さんはお父さんに、あーだこーだ文句ばかりで、もちろん聖子にもあれこれ好き勝手言ってくる。少々下品な下流家庭は感じるが、別に気にならない。こんないい加減で大雑把な性格は実の親譲りだったのだと知る。
しかし、どちらを選ぶとかは、まだ決められないし決めなくちゃいけないものなのか。もう、別にどっちでもいいやという気分になる。
ふと、スマホを開いて次の通院日を確認した。
「マジ、聖子は死ぬの?」
実の姉の病気――癌。次までに手術をするかどうか、こちらは決めておかなければいけない。だが、お互いに元の体に戻るなら、絶対に手術はおススメする。実の姉だ、できれば死んでほしくはない。
金銭面はどうするのかは分からないが、どうにかなるのだろう。術後は、大変なのは分かる。だけど、死ぬ方がよほど困るだろう。
「……」
心がざわざわと揺れた。どうにかしてあげたいと、真面目に思う。実の、妹として。何かできることがあるのではないか。
「とりあえず、もう明日は仕事復帰できるかな?」
熱は微熱に下がり、だるさが残るくらいだ。けど、職場が病院なのでウィルスは持ち込めない。明日の朝、連絡してみよう。少しでもお金は必要なはずだから、今のうちに働いておいた方がいい。
まさか自ら働こうなんて思う日が来るとは。舞愛は自分で自分の変化に信じられなかった。
◇
朝の五時。
アラームの音で目を覚まし、布団から起き上がって体温を測ってみる。
「まだ、微熱かよ」
ハァと息を吐く。。
処方された薬は五日分。これは勝手に服薬を中止したりせず、飲み切らなくてはいけない。つまり風邪の完治に最低、五日間はかかる。
ダメ元で職場に電話してみようと、とりあえず一階に降りる。
トイレのドアを開くと、お父さんが入っていた。「あ、ごめん」と閉じる。これも慣れたものだ。そして、今日も長いウンコになるのだろう。先に洗面台で顔を洗う。
お母さんは台所に立っていた。まだ朝の五時だが、お父さんが早く起きるせいのようだ。目が離せないからだ。それもあるが、お母さんに早起きだねと言うと、年を取ると睡眠時間が短くなるからよ、との回答だった。
「おはよ」
後ろから声を掛けると、
「もう熱は下がったの? 仕事は?」
この家は挨拶をする時としない時がある。会話については、主語が多く抜けている。まだ一緒に生活して間もない聖子には難解だった。だがこれも、当然になりつつある。
「あとで電話してみる」
「そう。あ、洗濯機回しといてくれる?」
「うん」
と答えたものの、洗濯機の使い方がいまいち分からない。説明書を探そうにも、どこに何があるのか、見当がつかない。とんでもない所にとんでもない物があったりする。
洗面所で洗濯機を前に、しばし腕組みをしていると、「お父さーん?」とお母さんが呼ぶ声が聞こえてきた。
「聖子、お父さん知らない?」
「お父さんなら、ウンコじゃない?」
「それが、トイレにもいないのよ」
「えー?」
「まさか、外かしら?」
「一人で外に出たら、どうなんの?」
「そんなの、分かってるでしょ? 転んで怪我をするか、車にはねられるか、最悪、行方不明よ!」
「えー、マジっ?」
舞愛はそこで事の重要さを知る。まるでペットが脱走したみたいだ。急いで見つけないと身の安全が危険だ。
「まだそう遠くへは行っていないはずよ。お母さんはもう一度、家の中を探すから、聖子は外を探して」
「分かった」
すぐさま、外に出る。部屋着姿のままだが、そうは言ってられない。まず家の庭を一周してみるが、いない。門の外へ出る。
「お父さーん!」
道路の左右を見回すも、姿は見えない。ならば、曲がり角か。まず、右に走って最初の曲がり角を右に。いない。
ならばと左に走るも、そこは三叉路だ。ぐるりと体を回転させて周りを見回す。
やみくもに走り回っては、まだ土地勘のないこちらが迷子になる。どうしたものかと頭を張り巡らせる。
「聖子―!」
そこへ、お母さんが意外にも身軽に走ってきた。きっと何度かこんな事態はあって、そのために普段から脚力を鍛え上げているのだろう。などと、そんなことは今はどうでもいい。
「GPSってやつ、使ってよ」
「お父さん、携帯持って出てったの?」
「ううん、置いてってるわ」
「じゃあ、意味ないし!」
「なんで? ほら、過去のルートってのが記録されてるんでしょ?」
「あぁ……」
おそらく聖子はお父さんがいなくなるたび、どこをほっつき歩いていたのかを記録していたのだろう。ジャージのポケットに突っ込んであったスマホを開く。が、
「何のアプリ? メモ帳? どこにあんの……?」
どのような保存場所かが分からない。
「なに? どしたの?」
「ちょっと待って、どうしよ……」
舞愛は苦情の選択の末、必殺技を使うことにした。まず、天を睨む。そして……、
「あの世の人! 御加世さーん! お願い、出て来てー!」
大声で叫んだ。すると、数秒後――、
《はぁーい、朝から元気ね。どうしたのかしら?》
御加世の姿がない。だが、声はする。しかし、何かおかしい。耳からではなく、頭の中から響いて聞こえてくる感じだ。
《あ、今私はあの世にいるのよ。ちょっと知恵熱ってやつ? ダウンしてて……だから、念波を飛ばしてるのよ》
「何か知んないけど、ダウンしてんのにスゴイ能力ってことで。それより、お父さんがいなくなったの! 探してよ、空からなら分かるっしょ?」
《あのねぇ、私たちあの世の者は天に住んでるワケじゃあないのよ。ガッカリさせたならごめんなさい。それに、天から見ても地上の人間なんて米粒にも満たないわよ? あと、魔女みたいに空を飛行もできないから。いや、不可能ではないんだけどね》
「えー役立たず」
《今、何て言ったの? 聞き捨てならないわね》
「ごめん。こっちも困ってて。聖子さんが残したルートの記録がスマホのどこにあるかだけでも分かったらいいんだけど、無理?」
《それこそ、無理よ。さすがにこちらでも、この世の人のスマホの中身までチェックなんてしてないわよ》
「そうだよね……」
ガクリと肩を落とす。これで振り出しに戻った。もう、がむしゃらに走り回って探すしか手はない。
《――分かったわ。こちらでも何とかしてみるわ。じゃ、グッドラック!》
そう言うと、御加世の声は途絶え、そして耳栓を外したように周りの音がクリアになる。お母さんが、「御加世さんて、誰? 知り合い?」と聞いてくる。どうやら、御加世との会話は聞かれていなかったようだ。本当に念波を飛ばしていたのか。
「うん、そんなとこ。ちょっと今、メッセージしてたの。何とか協力してくれるって。それまで、とにかく手当たり次第に探していこ」
「そうね。お母さん、ご近所の方に見かけなかったか聞いてみるわ」
「じゃあ、あたしは引き続き周辺を探してみる」
舞愛とお母さんは二手に別れて捜索を開始した。
御加世は一体何をどうするつもりか。とにかく、
「あぁ、無事でいてよー、お父さん!」
よく知らない道を自らが迷子になる覚悟で、歩き探し回った。




