13.甘い両親を説教
大きな観音開きの冷蔵庫の中身をチェックして、聖子は腰に手をついた。
昨夜、夕飯を作ると宣言した通り、今夜の夕食は聖子が作る約束となっていた。冷蔵庫の食材は好きに使っていいと言われてある。
今確認したところ、白菜とシーフードミックスを見て、
「八宝菜……」
が思いついたが、料理初心者には少し難易度が高めか。調味料入れを漁ってみるも、八宝菜の素はない。コンソメや鶏ガラスープの素があるので、いつも自家製の味付けなのだろう。
「じゃあ……あっ、オムライス!」
子供が好きそうな料理だが、卵で巻くのが難しい。もっとも、聖子は乗っけるだけで巻いたりしなかったが。
「んー……あっ、チキンライス!」
卵を失くせば、チキンライスへと姿を変える。これでいこう。初心者にピッタリだ。早速、お米を研いで炊飯地のスイッチを押す。
「炊けるまで、あと一品作るか」
いくら料理初心者でもチキンライスだけでは寂しい。
「お味噌汁? 意見が分かれそう」
聖子の家では迷わずお味噌汁だ。お父さんが洋風スープを好まない。なので、ここぞとばかりにコンソメスープを作ることにした。慣れた手つきでチャチャッと作る。
「出来た、と」
ご飯が炊けるまで、授業のおさらいをしようと二階へ上り、扉を開いた瞬間――、
「……掃除するべきかしら」
散らかった舞愛の部屋。でも、元に戻った時に、どこに何があるのか分からなくては困るだろう。汚く見えて、物の指定場所が決まっているかもしれない。ここは目をつむる。
机に向かって教科書を読み返しながら頭をこんがらがらせているうちに、すぐに一時間は経った。
一階に降り、キッチンに立つ。そして鶏肉を切りながら、ふと気づく。
「小さく切らなくていいんだ」
入れ歯のお父さんお母さんのために、小さく切らなくていい。大きくぶつ切る。玉ねぎも素人っぽく粗く刻む。ご飯を炒めるのも、ケチャップをたっぷりかけてべちゃっとさせた。
「初心者料理の出来上がり!」
一人満足する。
リビングの壁に掛けられた時計を見ると午後七時だった。先に食べていた方がいいだろう。
お皿に盛り付けてテーブルの上に置き、一人で夕食を食べる。
「――不味い」
その後、お風呂に入って、再び自室で教科書とにらめっこをしていると、一階で物音がした。時計を見ると、もう十時過ぎだった。一階へ降りると、ママがいた。
「まぁ、チキンライスを作ったのね。スープまで。美味しそうね」
「言っておくけど、不味いよ」
「舞愛が作ったのなら、何でも食べるわよ」
ママは心から嬉しそうだった。そのうち、パパも帰って来た。二人が揃って夕飯を食べる中、聖子も一緒にテーブルに座り、お茶をすする。
「うん、何だか懐かしい味だ」
と、パパが。確かに、安い食堂とかで出てきそうなレベルだ。ママも「スープも美味しいわよ」と、褒めてくれる。けど、
「不味いなんて、思ってても言わないよね」
私の一言にパパとママの手が止まる。すぐに、
「美味しいわよ。これが初めてだなんて、上出来よ」
「そうだぞ、作ってくれてありがとうな」
パパとママは嘘か本当か、顔に仮面を貼り付けて言う。
「不味いなら不味いって、ハッキリ言ってよ。そこは言うべきだよ? そうじゃなきゃ、上達できない。何にしてもそう、褒めてばかりじゃ、間違いにも気づけないよ?」
「舞愛?」
いつもとは違うだろう真剣な舞愛の言葉に、両親の顔が緊張している。
そのまま聖子は続ける。
「他にも言いたいことあるんじゃないの? 例えば、夜遅くまで出歩くのとか」
「友達と会ってるんだろう? 心配はするけれど、ちゃんと舞愛は終電までに帰って来るじゃないか。そこはパパは信じているよ」
「へぇ、友達じゃなかったとしたら?」
「え? ……もしかして、彼氏か? そうか、年頃だもんな。舞愛は可愛い。いない方がおかしいくらいだ」
パパは完全に動揺する心を隠してハハッと笑っている。
「そうじゃないから、安心して。でも、友達じゃない女の子と会ってる。私、オーバードーズってのやってる。薬の大量服薬」
「なっ、薬?」
これにはパパもママも目を見張って顔を強張らせる。が、
「何で、そんなことを……何か、悩みでもあるのか? 気づいてやれなくてすまない」
「パパにでもパパにでもいいわ、話してちょうだい」
心配そうに顔を覗き込んでくる。聖子は、想像していた反応にイラっとした。
「甘い! まず、そんなことする娘を怒鳴んなさいよ! 娘の顔色ばかり窺って。それでも親? 心配するのは、その後よ!」
二人は弾丸に撃たれたように息を止めた。目の前にいるのは自分たちの知る娘か、と目を疑っているが、そのまま聖子は続ける。
「見守るってね、それって放ったらかすのと一緒だよ? 育児放棄だよ。ちゃんといけないことはいけないって、叱るのが教育ってもんでしょ。でも、そうして嫌われるのが怖かったんじゃない? 娘のご機嫌ばっか取って、好き勝手やらせて甘やかせて。ねぇ、パパとママの本音を聞かせてよ? ちゃんと、本音でぶつかってきてよ! そうしなきゃ、互いに何も分かち合えないままじゃない!」
その場は水を打ったかのようにシンと静まり返った。パパとママは言葉が出ないほどショックを受けていた。聖子の言ったことはもちろん、こうして真っ向から反抗してきた娘に対してもだ。
聖子にも舞愛の本音は知ることができないが、自分が感じて思ったことをぶつけた。
「……悪かった。舞愛の気持ちに気づいてやれなくて」
パパがそう、ぽつりと。ママはうつむいて今にも泣きそうだ。
「分かってるよ、それもこれも、私が養子だったからじゃない? もちろん子供ができて嬉しかったのもあったんだろうけど、どこか腫物みたいに接してきたんじゃない? 大事にしなきゃって思いが強くて」
「……舞愛は実の子も当然だよ。養子とか、関係ない。そう思ってきたが……心のどこかで遠慮したものがあったのは確かだ。大事にし過ぎたせいで、間違った育て方をしてしまったんだな、俺たち」
「舞愛、ごめんなさい……」
ママはすでに涙を流していた。パパも鼻をぐずつかせている。そこで、言い過ぎたかと、聖子は少し後悔する。というか、喋った内容が客観し過ぎている。子供が親に説教したみたいになってしまった。だが、最後にもう一つ言わなければいけないことがある。
「私、生みの親に会いに行こうと思ってる」
それは、パパとママも覚悟をしていたようだった。パパはゆっくりと口を開く。
「会いに行きなさい。もう、成人したんだ。自分の意志で決めていいんだよ」
そう言ったのち、
「あちらのご両親も、もしも舞愛が戻りたいと願えば、受け入れると言っていたよ」
それには聖子の方が驚く番だった。お父さんはどうだか分からないが、お母さんがそんなことを言っていたなんて。自分に相談もなく……と、ちょっとムッとしたが、もちろん聖子も実の妹がうちに戻りたいとすがりついて来たならば、追い返す理由はどこにもない。
小さい頃に離れ離れになった妹の身をずっと案じてきた。会いたいという気持ちを心の奥に隠し持っていた。それは、お父さんとお母さんも同じだったのだ。
「そこまでは、まだ分かんないけど、もし向こうに戻っても……パパとママが嫌いなワケじゃないから」
おそらく、これは舞愛の気持ちも同じに違いないと思い、そう伝えた。パパとママは頷く。そして、ママが抱きついてきて、パパも私たちの肩を抱いた。
これでいいだろう。きっと、上手く伝わったはずだ。舞愛にとっては余計なお節介かもしれなかったが、姉として言わずにはいられなかった。この体に舞愛が安心して戻れるように、出来る限りのことはしてあげたかった。
「あ、まだ食事中だったね、ごめん。温め直すから」
「いいのよ、ママがするから……あっ、そうね、お願いしようかしら?」
「あぁ、頼むよ」
「そうそう、そうやって娘にも甘えていいんだよ?」
と、パッパッと手際良くチキンライスを温めていく。まだ目頭を押さえるママと鼻をすすっているパパだけど、その場に自然な家族の笑顔が咲いた。




