12.家庭環境の違い
舞愛は自室で布団の中へと潜ったまま動けないでいた。頭の中も混乱していて、うまく働かない。
(あの人たちが私を生んだ両親……)
思っていたよりもかなり老けていた。というか、お父さんに限っては認知症だった。想像なんかつくはずもない。
そして、布団から顔をのそりと出すと、スマホを手に取り電源を入れていない暗い画面に自身の顔を映す。
(この人が、あたしの姉)
ひどい顔。まるで苦労人だ。いや、そうなのだろう。
てっきり実の両親たちは普通に平凡に暮らしていると思い込んでいたが、違ったのだ。
(家庭の事情ってやつ?)
自分を生んで捨てたのは。経済的な問題で育てられなくなったとか、色々と。そう、舞愛は捉えた。
(確かに、うちは裕福で生きてく分には楽だよ)
お小遣いで何でも欲しい物が手に入り、大学も好きな所を受験させてもらえる約束だ。それが嫌なら、家事手伝いでもいいよって。
そして、何よりも超甘やかしで優しい両親。
(でも、それは……)
フッと急に視界が真っ黒になった。デジャヴを感じる、嫌な。
「はぁーい、舞愛ちゃん。寝てるところ失礼するわよー、気分はどうかしらぁん?」
「あんた、あの世の人! これどーゆうこと? 気分は最悪だよ! って、何その顔?」
どこからともなく現れた御加世は、髪も着物も乱れ、顔面が青白く目の下にはくまができており、なかなかの悲壮感が漂っていた。それはまるで、
「幽霊みたい」
「幽霊と一緒にしないで。あの世の人ってのも少しニュアンスが違って聞こえるわ、まだ死んじゃいないわよ。私はあの世の使者よ、御加世よ。それより、今は私のことはどうでもいいでしょ?」
「うん」
「そこ、素直に頷かないでぇ。何かあったの? とか思わないの? ちょっとは気にしてよ、悲しぃー」
「今はどうでもいいんじゃなかったの? それより、あたしのこと。この体、実の姉って……どゆこと? これ、わざとハメたとか?」
「あぁ、それよ。私がこんな姿でいるのは……もう、次はないと閻魔大王様にガミガミと怒鳴られたわ、もう終わったわ……」
「閻魔大王、パワハラじゃん」
「ホント、正直ね! それ、簡単に世間で口にしちゃダメよ。っていうか、あの世じゃ通用しないからぁー。っと、さっきから疲れてて妙なハイテンションになってるわ、ごめんなさいね。養子の件についても、私が情報確認を怠ったミスよ。まさか、こんなミラクル起こしちゃうなんて、自分でもすごっ! とにかく謝るわ、この通り」
御加世はガバリと宙に浮いたまま土下座する。どっかの酔っ払いが嫁に叱られ謝る時の格好みたいだった。
「情報確認云々とか言われても、あの世のシステムなんて理解できないし、どうでもいいし、それにもう遅い」
「えぇ、そうよね。その通りだわ。本当にごめんなさい。でも、どう? 実の親に会ってみて」
「どうって……」
すぐに言葉で言い表せない。舞愛は困惑の色を顔に浮かべるしかなかった。が、
「聖子ちゃん――お姉さんも、もう知ってるわよ」
「うそ?」
こちらが知っているという事は、向こうも同じだという可能性は十分にある。そのことに今気づきハッと息を呑む。
「何て? お姉さ……聖子さん。何か言ってた?」
「さぁあ、それは直接本人に聞きなさいよ」
「どうやってよ?」
「このソウル・チェンジには解約方法があるのよ。それは、お互いが戻りたいと願って手を繋ぐだけ。どう? 戻りたい? 元の自分の体に。一心に愛された、何不自由のない元の暮らしに」
「……愛されてなんかない」
「あらまぁ、そこはひねくれてるのね。元に戻ったら、またオーバードーズとかしちゃう? あ、でも、お薬仲間とは聖子ちゃんが縁を切ったみたいよ」
「は? 勝手に何してくれちゃってんの?」
「ついでに、今頃ご両親と家族会議でもしてるんじゃないかしら? 養子の件について。まぁ、ここからはあなたたちの家族の問題ね。私が介入すべき事じゃないわ。じゃ、うまくやんなさい。風邪、お大事にー」
と言ったかと思えば、パッと消え、同時にパッと部屋の灯りがついた。舞愛は「ホント、何なの?」と文句を垂れる。しかし、それよりも……、
(ソウル・チェンジの解約……)
お互いの住所は知っている。というか、自分ちだ。会おうと思えば、いつでも会える。ちょっと会いに行って、話し合って、手を繋げばいいだけ。
――戻りたい?
つい今しがたの御加世の質問に即答できなかった。
(生みの親とやらにも会ったし、もういいか……)
だが、どこか釈然としない。このまま元に戻っても、また逆戻りの生活を送るだけかもしれない。何が不満なのか、自分自身でも分からない。でも、これは解かなくてはいけない答え。今まで漠然と見過ごしてきた問題。
足りない頭をフル回転させていると、コンコンッと扉のノックがして、お母さんが部屋に入って来た。何だか、気まずい。
「聖子、さっきは何だかごめんね。また余計な話しちゃったわ、懲りないわよね」
養子に関する話だろう。聖子もその話題には気分を悪くしていたのか。もしかして、実の妹となんか会いたくなかったのだろうか。そう考えると、胸の中がぎゅうっと絞られた。
「夜は何食べる? お雑炊でも作ろうか? 出来たら持って来るわね」
「いや、普通でいいよ。下に行くから」
そう言って、立ち上がり一緒に階段を降りる。
何となく、もう少しこの家で過ごしたかった。おそらく、近いうちに元に戻るのだろう。聖子なら、姉ならばそうする気がした。だから、確かめたかった。――どちらの親と一緒にいたいか。
一階ではお父さんが廊下をウロウロしていた、意味もなく。お母さんにとってはいつものことなのだろう、無視して台所へ入って行った。これだけウロウロしていれば、軽い屋内体操になるのでは。
舞愛は居間でお母さん専用の座椅子とやらに座ってみる。座椅子なんてほとんど座ったことがなかったが、ソファと違って足が垂直に伸ばせられて楽だ。畳の和室自体、いつでもどこでも寝転がれるとは、便利なものだ。
しばらく座椅子にもたれながら、目の端で廊下を行ったり来たりするお父さんの姿を捉えながら、すぐ隣の台所からトントンという包丁の音やジュージューと何かを炒めるフライパンの音を耳に流しながら、ぼうっとする。そして、この空間に何だか落ち着いている自分がいるのを感じ取る。
(こんなヘンテコな家が……?)
自分が求めていた理想の家がこれだというのか。
綺麗に整理整頓されたお洒落なインテリアのリビングでソファに座り、大きなテレビで映画鑑賞しながら、ダイニングキッチンからケーキの焼ける甘い匂いを嗅ぐ方がよっぽど優雅で良いはずだ。――それは、世間一般の感想で、それが当たり前だと刷り込まれて生きてきた。こんな例外な家など知ろうともしなかった。
ふと、お父さんの姿が視界から消え、心配になり廊下へ出る。すると、トイレや風呂場の方へ向かっていた。
「お父さん?」
声を掛けると、
「ションベン」
の、一言。そして、ぶりぶりっとオナラを連発しながらトイレへと入っていった。
舞愛は居間に戻り、
(……やっぱ、ないな)
ため息を吐いた。
しかし、生理的に受けつけないほどでもなく、それよりも肩の力が抜けた。脱力し過ぎて、解放感にも似た感覚。
どちらを選択するかとか、もうどうでもいいやというような気がしてきた。こんなの、比べても仕方がない。天と地だった。
(聖子さんは……今頃、家族会議かな?)
御加世がそう言っていた。
(何を言ったって、あの人たちはノーとは言わないよ)
どこまでも娘を甘やかすバカ親だから。そう、それが気に入らない。気に入らなかったんだ。
少しずつ、自分の本音が出てくる。
「聖子―」
と、台所からお母さんが呼んできた。
「なに?」
「キャベツが残ってるから回鍋肉にしようと思ったんだけど、てっきり回鍋肉の素があると思ってたら、なかったわ、どうしよ」
こちらはバカ親ならぬボケ親だったと、これまた深いため息を吐く。
「塩コショウでいんじゃない?」
「そうね」
と、適当な自分のアドバイスを受けて、台所へ引っ込む。
(マジで塩コショウ?)
すんなりと通った料理への意見。ママなら残念がりながら、もっと凝った味付けにアレンジしていたことだろう。というか、市販の回鍋肉の素は買わない。自分で味付けするからだ。
さぞかしシンプルな炒め物が出来上がることだろうが、それでよかった。たまにはシンプルな味付けの物も食べてみたかった。好物はとんかつと言っているけれど、本当は水炊きだ。ママの中では鍋は料理の内に入らないようで、物足りない顔をするのだった。
(塩コショウだけの野菜炒め)
食欲がないはずだが、胃袋が楽しみにスタンバイしていた。




