11.妹を死なせない
聖子の手はふるふると震えていた。
市役所で戸籍謄本をもらった。そして、それに目を通した瞬間、サァーと血の気が引いていった。
戸籍謄本に記載によると、舞愛の実の両親は、聖子の両親だと判明した。つまり――舞愛は自分の妹だった。
(こんなことって……)
くらくらする頭を抱える。そして、
(舞愛はこの事に気づいてるの?)
まさか魂を入れ替えた相手が実の姉だとは。そして、その目の前には生みの親である実の両親がいるのだ。耐え難い状況だろう。
舞愛が実の親に会いたいと思っていたかどうかは確かめられないが、今どんな気持ちでいるのか。それは、聖子の想像をも超えるものかもしれない。考えると、「ごめん……」と口からこぼれた。
しかし、聖子が悪いわけではないので謝る必要はない。もちろん両親が悪いとも言えない。けれど、実の妹が養子に出されたのは事実だ。
その理由を聖子は聞かされていた。
聖子は遅くに生まれた子だった。もう子供を諦めようとしていた頃に授かったのだという。そして、そのさらに遅くに生まれたのが舞愛だった。
出産するには年齢的に色々と問題があった。体力はもちろんのことだが、二人目を育てる経済的な余裕もなかった。だが、発見の遅れた妊娠。もう、産むしかなかった。
いざ産んでみれば、家族には笑顔が溢れた。それは、聖子も鮮明に記憶に残っている。初めての妹は小さくてとても可愛かった。
けれど、そんな中でお父さんが健康診断に引っかかった。大きな病気ではなかったものの、手術が必要になった。当然、お金に困った。それだけが要因ではないが、両親は妹を養子に出す苦渋の選択を取った。養育費が足りず、貧乏で妹に不憫な思いをさせたくないと、一見して綺麗ごとに聞こえるが、実際は半分言い訳だった。
その後、どうやって里親を探し出したのかは詳しくは知らないが、妹とさよならすることに「イヤだ」と泣いて抵抗したのは昨日のことのように覚えている。妹と離れ離れになり、身を引き裂かれる思いだった。
そんな妹との再会がこんな形で訪れるとは想像もしなかった。
役所内の大きなガラス窓に映る舞愛の姿を見つめる。そして、頭に何かが引っ掛かった。
(え……待って)
現在、聖子と舞愛は魂が入れ替わっている。聖子の体は舞愛で、舞愛の体は聖子だ。その聖子の体は……今、癌に侵されている。つい、先程知った事実。
(待って、待って! このままじゃ……)
聖子の体に舞愛の魂が入ったままでは、そのまま舞愛――妹の魂が死んでしまう。そんな運命を辿らすのだけは絶対にダメだ。
(けど、どうしたら……)
一花が言っていたことを思い出す。ソウル・チェンジを解約する方法があると――気づけば叫んでいた、「御加世さーん!」と。
職員が何人かこちらを見たが、視界は真っ暗に包まれ周りの風景は遮断される。
「はーい」
と、今日二回目に現れた御加世は、先程とは打って変わって疲れた表情をしていた。
「どうしたんですか?」
思わず心配した声が出る。
「あなたたちの養子について調べていたら……あぁ、もう自分で調べ済みのようね。それで、私もうっかりしていて、お互いの戸籍の住所までは確認してなかったのよ。それについて、閻魔大王様にお怒りを食らったの、爪が甘い! おまえは何て雑なんだ! って……あぁ、もう次はないかも」
閻魔大王っているんだ。って、今はそんなことはどうでもいい。
「ソウル・チェンジを解約する方法があるって聞いたけど、本当? 今すぐして欲しいの。このままじゃ舞愛が死んじゃうかもしれない!」
「もしかしなくても、一花ちゃんから聞いたのね。んーあれには、お互いの合意が必要なのよ。そうすると、あとは手を繋ぎ合えばいいだけなんだけどね。あなたは今の幸せな暮らしから一転して、闘病生活を送る覚悟があるのかしら? 命が助かる可能性は……あるなら、私は現れていないかもしれないわねぇ」
聖子は現実を突きつけられ、血が登っていた頭が一気に冷えていく。目の前の美魔女は死神だったのか。
「それに、舞愛ちゃんの気持ちはどうかしら? 育ての親と生みの親、どちらを選択するのかしらねぇ」
そうだ、舞愛が元に体に戻っても、この先パパとママと良好な関係を築けるのかどうか、不安が残る。だが、舞愛からは話をしづらいことも、自分にならできるはずだ。親子の信頼を取り戻せるかもしれない。
「まぁ、舞愛ちゃんの方にも顔を出してみるわ。それまで、よく考えてちょーだい。じゃねーん」
軽口だが、疲れ切った声で御加世は去って行った。
まずはパパとママ。
しかし聖子にとっては、妹の養子先の両親。今、真実を知って、どんな顔をして帰ればいいのか。決して悪い親ではなく、とても優しい。一見、何も親子関係に問題はないはずだが、あのパパとママのよそよそしさは、養子の娘への気遣いからくるものだと思っているのかもしれない。そこに〝他人〟を感じているのだ、おそらく。それは聖子も同じく感じたものだが、きっと舞愛の心の奥はもっと複雑に辛いものだろう。
――ピコン
噂をしていれば、ママからのメッセージだった。
ママ『今日も少し帰りが遅くなりそう、ごめんね。夕飯は先に食べてていいからね。戸締りだけはちゃんと忘れないようにね』
ほら、こんなにも優しく大切にされている。これは、嘘ではない。しかし、それが今は鼻につくのだろう。難しい年頃というのも重なっている。普通の家庭でも、大なり小なり子供の反抗期に手を焼いているはずだ。
とりあえず、家に帰ろう。
そして、正直にパパとママに聞こう、養子である娘への気持ちを。姉としても、そこはきちんと確認したい。それを舞愛へ伝えた上で、魂を元に戻すかどうか決めよう。




