10.酷な再会
テレビで時代劇を見終えると、お母さんが「ハァー」と大きく息を吐きながら、冷たいジュースを手に持ち、居間のテーブルの前に座った。
「やっと、寝室の掃除ができたわ。あぁ、風邪引きのあんたが役に立つなんて、思いもしなかったわ、ありがと」
ただ熱っぽいおでこを冷やしながらお父さんと時代劇を観ていただけなのに褒められて、舞愛は意味が分からない。お父さんから目を離すと何が起こるかをまだ何も知らないからだ。
「お昼、食べたの?」
「欲しくないから、せんべい食べてる」
食欲不振は風邪からもきているのだろうが、癌のせいも否定できない。まだ家族には何も話していない。みんなが揃った打ち明けるチャンスか。
「……なんか、一昨日病院で言われたんだけど、あたし癌なんだって」
「えぇっ?」
お母さんの大きな声に、お父さんが「何だ?」と、振り返る。
「癌って……手術するの? 治るの?」
「手術しなきゃ死ぬ確率は高いみたいだけど……んーどうしよ」
「どうしよって、あんた! するに決まってるでしょ!」
「お金あるの? ケッコー高いんじゃない?」
「お金の心配してる場合じゃないでしょ。そこは何とか工面するわよ。それより、手術したらちゃんと治るの? 先生、何て?」
「まだ、決めてなかったから、そんな詳しく聞いてない」
「んもー、何やってんのよ。というか、いつから? 具合悪いなんて、知らなかったわ、あんたは何も言わないんだからぁ」
半分怒っているような、半分呆れているような、それでも心配しているのだろう、深いため息をお母さんは吐く。その隣で、「手術? 誰がだ? 俺のことか?」とお父さんは今日も呆けている。
「お父さんじゃないから、大丈夫よ。……あぁ、生命保険を解約した途端に……ハァ……入院も何日くらいかしらね? 抗がん剤での治療もあるわよね? その間、私一人でどうしよ……」
お母さんはブツブツと頭を悩ましている。やはり、言うべきではなかったのかと、舞愛は後悔しそうになったが、このまま死んだら死んだで、もっとひどい文句を垂れられそうだ。
「すぐ退院して、すぐ働くよ。別に今もそんな大した症状ないし」
「そんな簡単にいくわけないでしょ。抗がん剤治療は副作用とかあるのよ? おじいちゃんもおばあちゃんも、大変だったの知ってるでしょ?」
どうやら、おじいちゃんとおばあちゃんは癌でなくなっているらしい。老人が亡くなる原因は癌が多いだろう。事故以外、みんな病気で亡くなる。遅いか早いかの違いだけだと、舞愛はぼんやりと頭にしていると、
「……あの子が、いてくれたら……養子に出したの、やっぱり失敗だったかしら……」
舞愛はその言葉に敏感に反応する。
「養子って? なに?」
「え? なにって……何度か話したじゃない。……でも、親の面倒見させるためになんて、身勝手よね。でも、妹がいれば、あんたも少しは楽な生活できたわよね。……無理がたたったのね、ごめんね」
妹がいれば……とは、養子に出したのは聖子の妹か? 聖子もまた、自分と同じく養子問題に苦しんだりしていたのか? いや、自分が養子というワケではないので、少し立場が違うか。それよりも妹が養子に出されて別れ離れになるだなんて、どんな気持ちだったろうか。
「……ホント、身勝手だよ」
吐き捨てるようにつぶやくと、お母さんはピタリと口を閉ざした。そして、うつむき泣きそうな顔をした。
そんな顔をされても、情けはない。いつか自分も親になれば分かるのかもしれないが、今は分かる気にはなれなかった。将来、子供すら持ちたいとも思わなくなっていた。
「……誰だっけ? その人」
舞愛にとっては初めて聞く話だったが、とぼけて尋ねる。
「……連絡は取らない約束だったけど……実は、この間手紙が届いたのよね。住所が変わっているかどうかも知らないまま、届くかどうかも分からないのに、送ってきたのよ。向こうも、住所は変わっていなかったわ」
「手紙に、何て? てか、向こうの子は知ってんの? お母さんのこと」
「それについてだったのよ。あの子、成人したみたいで……今は十八で成人するのね。打ち明けるかどうかの相談だったわ。けど、私が……うっかり返信の手紙送っちゃって……そこから、あの子にバレちゃったみたいなの。あぁ、バカだわ……余計なことしたわ」
「え……」
舞愛は息を呑んだ――同じだった、舞愛が自分が養子だと知ったきっかけは――一通の手紙からだった。
あの日、現金を借りようとしたがママは仕事へ行っていて、勝手に寝室の貴重品入れにしているドレッサーの引き出しを開けた。すると、中に一通の手紙が入っていた。手紙やハガキなどは貴重品とは一緒にしていないはずなのにと思い、少し興味心に開封された手紙の中身を読んでしまったのだ。
その手紙の内容は〝養子〟や〝舞愛〟というキーワードが出てきた。その瞬間、息が苦しくなり、うまく呼吸ができなくなったのを覚えている。胸がざわざわ騒ぎ出し、頭がぐるぐると回ったあと、真っ白になっていった。
――あたしは、パパとママの子じゃないの?
そう、確認したい気持ちを抱えながら、喉元まで出かかる言葉を飲み込んでは、時間だけが過ぎていった。
しかし、貴重品入れの中から現金を取ったからと説明した際、ママの顔が急に強張った。乱雑に閉まっていた手紙を見て、勘付いてはいたのだろう。恐る恐る、「……読んだの?」と聞いてきたのだ。
どう反応すべきか、まだ自分の心に整理がついていなかった。そのため、その質問には答えられず、無言で家を飛び出した。
ふらふらと辿り着いたのが、あの駅前。そこで、リナと出会った。そして、初めて勧められて飲んでしまった薬。
そこから、舞愛の心はすさんでいった。
ママの話をちゃんと聞いていたならば、その理由に理解ができたのかもしれないが、それなりにショックは大きく、冷静に受け止められる自信はなかった。
「……その手紙、見せてもらっていい?」
同じ立場の聖子の妹について知りたかった。
「えぇ」
と、寝室まで取りにお母さんは二階へ上がって行った。すぐに戻って来て、差し出された二通の手紙。その後、両家は何度かやり取りをしていたようだった。
その封筒の差出人の住所を見て、息が止まった。
――うちの番地と、ママの名前だ。
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。まさか、こんなことがあるのか。それ以前に、この目の前のお母さんとお父さんが――舞愛の生みの親。
奇跡の感動なんかとはほど遠い。にわかには信じられない。
ウソだ、ウソだ。と、心の中で繰り返す。
舞愛は立ち上がり、二階の自室へと駆け上がった。「聖子?」何も知らないお母さんが下から呼ぶ声がしていたが、耳に入れる余裕はなかった。上昇していく熱は、風邪だけのせいではない。
しばらく、布団に突っ伏していた。
よりによって、こんな再会があるものか。それはとても酷なものだった。
神様がいるのならば、恨んでやりたかった。




