7.実の親じゃない
場所は自宅から最寄り駅の前。
足早にホームに向かう仕事帰りのサラリーマンやOL。そして広場にたむろする若者たち。
聖子はしばらく辺りをキョロキョロと見回していると、「おーい」と少女の声がした。こちらに向かって手を振っている。おそらく自分に向かって。しかし、大きく手を振り上げる姿は、少し酔っ払いの行動に見える。舞愛と同い年とは限らない。年齢の事は後回しにして、手を振る少女に近寄る。
「ごめん、待った?」
「何だ? そのデートの約束に遅れて来た男子みたいなセリフは。確かに待ったけど、もう先に飲んじゃってるから、あーだるい」
飲んだとは、薬かアルコールか。それとも両方か。非常に心配だ。
「あ、コレ。マイアの分。あと、ライチ味のチューハイ」
やはり、お酒で飲んでいるのか。最悪だった。どう止めさせるべきを考えるが、いい考えが出てこない。とりあえず、自分だけでも止めなければいけない。
「今日はいい。というか、やっぱ体に良くないから……これからは止める」
「はぁ? なにそれぇ?」
眉をくねらせ、素っ頓狂な声を大きく上げる。
「聞いてないんですけどぉ? てか、これがないとマイアはダメじゃん?」
怒らせてしまったかと思い、内心ハラハラとしながら、
「ダメって? 何で?」
と、理由を掴むべく慎重に問いただす。
「何で? って、なに? もう辛くないワケ?」
「辛いって? なんだったっけ……」
「お、ボケちゃって、もう飲んじゃってるか? 何だ、いつも通りじゃん。そうだよ、辛いことは、飲んで忘れろ!」
「その辛いことって、よく分かんなくて……」
「うんうん、うちらの悩みって、漠然としたもんだからさぁ。でも、マイアはハッキリした理由あんじゃん? 辛いよな、実の両親じゃないって」
「実の両親じゃないっ?」
さらりと言われたので、聞き逃すところだった。
「そうそう、よりによって十八の誕生日に明かされるとか、地獄だよな。十八って、成人の祝いじゃん? ひでぇ、親だな」
成人になったからこそ、打ち明けたのだろう。つまり〝養子〟だという事を。そのキーワードは、聖子にとっても無関係という訳ではなかった。
しかし、生みの親はどこの誰だろう?
戸籍謄本で調べるしかないか。しかし、舞愛はこうして悩んでいる。やはり生みの親のことが気になり会いたいとか思っているのだろうか。
「……会いに行こうかな、どうしようかな……」
カマをかけるようにつぶやいてみる。
「なに? まだ悩んでんの? 別にいーじゃん。そんな産むだけ産んで、捨てちゃうような親。あたしなら、墓場まで持ってってほしい真実だなぁ」
産んで捨てたというのは、決して違うはずだ。それぞれに様々な深い事情があってのことだ。そんなことを言っても薬でデロデロのリナには理解できないだろうと諦める。
「ほらー、そうやって悩んだときは、これでも飲んでりゃいいんだよ」
と、せき止めの薬を手渡されると同時、「千円ちょいだったけど、千円でいいよ」と、手の平を差し出してくる。……抜かりない。
支払わせてしまったのは仕方がないと、ブランドの財布から大量に入っている千円札を取り出す。クレジットカードまで持っているのに、千円札がなぜこんなにも? と思ったが、このためか。つくづくとため息が漏れる。
「……私、ホントに止めるつもりで……だから、もうここへは来れない。ごめんね」
「……ふーん、〝卒業〟ってワケ? マイアが決めたことなら、それでいんじゃない? あたしも引き止めるつもりないし」
そういうリナの顔が淋しそうに見え、
「でも、連絡は取るから」
つい、同情してしまう。
「別に、うちらって〝友達〟ってワケじゃないじゃん? なに、変な気ぃ回してんの? やっぱもう飲んでんじゃないの? 今日のマイア、変だよ」
カラリとリナは笑う。
「……ごめんね。じゃ……」
友達でないのならばと、関係を断ち切るために背中を向ける。すると、
「いつでも、辛くなったら来なよ」
振り返ると、リナもこちらに背中を向けていて、そのままふらふらと雑踏の中へ飲み込まれるよう消えて行った。
◇
恐る恐る、玄関の扉を開くと、リビングから女性が現れた――母親だろう。染められた髪には白髪一本なく、化粧もしている。自分の母親と比べると、小綺麗にしていて若く見えた。
「舞愛、おかえり」
と、こんな夜遅くなのに、優しく笑いかけられる。
「おかえり」
と、母親の後ろから現れたのは――父親だ。こちらも、ネクタイをしたYシャツ姿のせいか、知的で仕事のできる男って感じでカッコ良く見える。認知症とはほど遠いだろう。両親共に五十代といったところか。
しかし、叱られたり怒られたりしないとは……その甘さに少し呆れる。そして、
「ただいま」
と言った途端、なぜか二人は驚いたように顔を見合わせる。あぁ、挨拶のしない子だったのかと気づく。
「舞愛、パパがシュークリーム買って来てくれたのよ、一緒に食べない?」
娘のご機嫌が良いと分かったようで、早速、お土産作戦に出てきた。けれど、もう今までの舞愛でいるのはきっと良くない、「うん」と誘いを受ける。
パパは慌てるように「着替えてくる」と寝室のある二階へ駆け上がっていき、ママは飲み物を用意し始める。よく考えれば、深夜十一時にシュークリームって、どうだろう。舞愛はスマートだけど、太りやすくないのか。なんて羨ましい。
秒速で部屋着に着替えて戻って来たパパとママの三人で家族団らんの時間を過ごす。けど、何を話していいのやら。皆、語彙力を失ったかのように「おいしい」を連発するだけだった。
ここで一つ、質問したかった。例の、養子について。だが、ためらわれた。せっかくだろうこの空間を、気まずくさせてはいけない。代わりに、
「ママ、これからは夕飯を私も作るから」
と、時短術を駆使しているママを助けようと提案する。「まぁ」と目を見開いたのち、
「お料理、習う気になったのね。じゃあ、明日一緒にカレーでも作ってみよっか」
「ママ、カレーくらいは舞愛でも作れるだろう。パパだって作れる。舞愛、何か食べたいものは? どうせなら、自分の好きな物がいいだろう」
そうである。料理を覚えるには自分の好きな食べ物から作るのがいい。その方がやる気も増す。やはり見た目通りの頭の良いパパだった。
「じゃあ、とんかつにしましょうか、ね?」
ママ……揚げ物とか、いきなりハードル上げてくる。というか、とんかつが好物なのか。結構、肉食系? というか、やっぱ太らない体質なんだなと思ってから、これからこの体で生きていくということは、この太らない体質を手に入れたのだと気づき、聖子の目が一気に輝く。
(なに、これ。絵にかいたような幸せな家庭じゃない?)
お小遣いはいくらでもあるし、門限もないし、もちろん介護なんてものもない。聖子にとっては極楽とも言える。舞愛は一体何に悩んでいたのだろうか。やはり、養子についてか。しかし、それを除けば何も悩み一つない暮らし。
そう、現時点での聖子はそう思っていた。舞愛の抱えていた本当の心の奥底を知らぬまま――。




