6.危険な友達
言われた通り、冷蔵庫にはハンバーグがあった。どうやら、作り置きして冷凍していたもののようだ。なるほど、休みの日などに大量に作り、毎日の料理を時短しているのか。サラダは新鮮なものだが、レタスはちぎってトマトは切るだけだけなので簡単だ。と、ついつい主婦目線で見てしまう。もっとも、聖子は家事を手伝ってはいるが〝主婦〟ではない。
ハンバーグとサラダ、それらを全部美味しく頂いた。
「こんなときでも、お腹は空くのね」
がっつりと食べてしまってから、何だかダイエットに失敗したかのような後悔が胸を掻き立てる。
ニャオ
と、足元でラグドールが鳴いた。エサの缶詰とドライフードは台所の戸棚から見つけ出し、与えたばかりだ。
「もしかして、あのスティク?」
どんな猫でも虜にするという。でもまだエサを食べたばかりだ。ただ構って欲しいだけかなと、
「おやつは、もう少ししてからねー」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。どうやら甘えん坊な子のようだ。名前は何ていうのだろう。
ずっとペットを飼いたいと思っていたが、お父さんの世話に大変で無理だった。なので、こうしてネコに触れられるだけでも嬉しくてやまない。もっとモフっていたい。けど、
「この舞愛って子のこと、もっと調べなきゃ。そうだ、宿題とかないのかしら?」
魂が入れ替わっても、生真面目な性格は変わらないままだ。自室へ戻り、鞄の中から教科書やノートなどを一度全て出してみる。
「あぁ……教科書見ただけで頭が……」
もう一度、高校生活を送れというのか。一度、経験済みなので多少は楽かもしれないが、もう十年以上も前の話。おそらく勉強した内容など頭から全部すっぽりと抜けてるはずだ。大人になれば忘れるのに何で勉強なんかするんだと、子供の頃に屁理屈で思ったことがある。
「生徒手帳をもう一度……ええと、白石舞愛。舞う愛と書いて〝まいあ〟ね。なんか、いいな」
自分の名前は聖子などと、少し古臭い。今の時代、逆にそれがいいんだと、両親は名付けたそうだが。確かに、いかにもキラキラネームなのは少し減ってきている傾向を感じる。
「名前と住所は覚えたわ。あとは……」
スカートのポケットに入れてあるスマホを取り出し見つめる。この中を覗けば、交友関係などが大体分かるはずだ。それは知っておくべきだ。しかし、開くには罪悪感が芽生える。
「……ダメ、できない。他人のプライベートを……」
「もう、あなたは白石舞愛になったのよ? 何もためらう必要はないわよ」
ベットに突っ伏していた顔を上げると、そこには――宙に浮いた白い着物の女性――御加世がいた。
「いつの間に電気が?」
「あら、暗くない方がいい? 一応、雰囲気作りのつもりでもあるんだけど。あとは、周囲からは私の姿は見えないし、暗くもなっていないの」
「それ、私だけ一人喋ってる風に見えて恥ずかしいわ」
「そんな客観的なイメージを真面目に考える人、初めてだわ。驚きとかを通り越して、気になるのはそこなのね」
言われてみれば、こんな状況で考えるべき事ではない。それよりも、知りたい事が山ほどある。
「この子は、どんな子? とりあえず、私のように客観的で真面目ではないのね? というか、お金持ちのお嬢様? とまではいかない気がするけど、ご両親は高収入なお仕事をされてるの?」
「次から次へと、すごい妄想力ねぇ。高給取りかどうかはさておき、舞愛ちゃんは毎晩、オーバードーズするような精神が病んだ子よ。それだけ、注意点として伝えておくわ」
「えぇっ? 何でそんなこと?」
「さぁあ、それは本人にしか分からないこと、っていうか悩みよねぇ。でももう、あなたが代わりに入ったから大丈夫よ。その体、くれぐれも大事に扱いなさいね? じゃ、ばいびーん!」
そう死語を口にして、御加世は一瞬にして消え去っていった。一体何しに現れたのだろうかと、聖子はしばし呆然とする。
しかし、舞愛について重大な事が明らかになった。まだ若いのに何でそんな自分を苦しめるようなことを……原因は何かと考える。両親の帰りが遅いとはいえ、ちゃんとした夕飯が用意されていて、家庭環境に問題があるとはあまり思えない。
いや、今どきの若者のメンタルは豆腐と聞く。何かはある。その何かを突き止めるべく……スマホをチラリと見る。もしかしたら、友達には悩みを打ち明けていたりするかもしれない。御加世の言うように、もうこの体は自分のものだ。
「えいっ」
と、スマホの指紋認証が解除する。そのタイミングで通知音が鳴った。
リナ《今日は来ないのー? 薬、ゲットしてあるよー》
薬って……まさか大麻とか覚醒剤ではないはずだ。それはオーバードーズとはまた違う。しかし、
「こうゆう、友達がいるのね。これは縁を切った方がいいわよね」
というか、もう夜だ。高校生が街をうろつく時間帯ではない。聖子は慣れない操作で返事を打つ。
マイア《今日は行けない。薬はもういらない》
そこまで打って、これは舞愛について知れるチャンスでは? と思いとどまる。行ってみるべきか? しかし、ご両親はいつ帰ってくるのか。門限は何時か。夜遅くに出歩いていると叱られないのか。でも、今日は来ないの? って、日常茶飯事のように書かれてある。
マイア《今から行く。どこ?》
そう書き直して、返信を送る。すぐに、
リナ《いつものとこだよー》
と言われても、どこかさっぱり分からない。
「んー……あっ、位置情報は?」
クークルマップで訪れた先の経路が記録されていないのではないかと、閃く。お父さんにはこの機能を使わせている。ふらっといなくなった時に、どこをさ迷っていたのかを確認するためにだ。
ダメ元で調べてみると、それらしき場所が記録されていた。
「助かったー。てか、位置情報オンにしてる子なのね」
女子高生ということもあり、親が心配して設定しているのかもしれない。ともあれ、これでいつもの経路を辿れば何とか友達と合流できるはずだ。
ずっと制服姿だったので、私服に着替えようとクローゼットを開く。分かっていたつもりだが、有名なブランドの服ばかりだ。でも、ユニコロなどといった庶民派なブランドの服もあった。迷わずそれを着る。バッグだけブランド品だが、まぁいいかとスマホと財布、ハンカチを入れて、夜の街へと繰り出した。




