1.虚無な毎日
夜の秋風に茶髪のストレートロングをなびかせながら、舞愛は制服姿のまま夜道を一人ふらつく。
自宅から最寄り駅の広場まで戻ると、電車には乗らずにベンチに座る。そして、先程ドラッグストアで買った、せき止め一箱を全てペットボトルの水で一気に飲み干した。
(バッカだなぁ)
と、舞愛は自分で自分を嘲笑する。
今行ったのはオーバードーズというやつだ。近年、若者たちの間で流行っている。簡単に説明すれば、嫌なことから逃げるため、薬の力を使う。といったものだ。
無論、何の解決にはならない。
頭では分かっていても、体は止められない。気づけば薬へと手が伸びている。そして、いつもあとで後悔するのだ。
別に家庭に問題があるワケではない。むしろ、大切に育てられている。こうやって薬を買えるのも、おこづかいに困っていないからだ。最近、夜が遅くなっても心配はされても、怒られることはない。ただの子供の〝反抗期〟として、温かく見守られている。
それの何が不満かと聞かれれば、舞愛は言葉に詰まる。
――虚無。
そう言い表せばいいだろうか。
自分が何をしたいのか、何をすればいいのか、そもそも自分とは何なのか。
考え出すと無限のループにはまり、深い闇の底へと沈んでいく。
こうなるに至った原因が一つもないとは言い切れない。だが、それについてはあまり考えたくない。
知りたくなかった真実――まだ、すんなりと受け止められるほど舞愛は大人ではなかった。
(んなことより、ねむい……)
せき止め以外にも頭痛薬も飲んでいた。その副作用が出てきたようだ。
そろそろ路上で寝落ちするには肌寒くなってきた。帰れば温かい夕飯と布団が待っている。それだというのに、
(なにやってんだろ)
しばらく、星の見えない夜空をぼんやりした頭で見上げていた。
◇
学校でも舞愛に居場所はない、正確には本当の居場所。友達とふざけ合って笑っていても、何だか心は空っぽだった。
何となく足は屋上へと向かっていた。
塔屋を出ると直射日光を受けて目を細める。日差しはちょうどいい暖かさだ。手すり壁にもたれかかり、眼下を眺める。
風がびゅうっと強く吹きつけ、小柄な舞愛は足元がふらついた。
(このまま落下したら死ぬのかな)
と、下を覗き込む。そこへだった、
「きゃ! ちょっ、ちょっ、何してるのっ? 待って!」
声の主を振り返れば、どこかで見た顔だった。
(あぁ、学年トップスリーの、確か……)
三年A組の川畑一花が立ち尽くし、顔を青ざめていた。すっかり何かを勘違いしているようだ。
「ダメよ、こっち来て。早まらないで、落ち着いて、ねっ?」
「……いや、飛び降りようとしてるワケじゃないから」
「え、そうなの?」
「別に、死んでもいいけど」
「ダメーッ! ダメ、ダメ。自分の命をそんな風に粗末にしちゃ、ダメよ!」
そう言う一花が以前はそうだった。けれど、もう心は入れ替わり、自殺など考えることは一切なかった。実体験があるだけに〝自殺〟というキーワードに敏感に反応してしまう。
そんな事情を何も知らない舞愛にとっては〝偽善者〟の一言に聞こえ耳障りが悪い。
「あなたに、あたしの何が分かるって言うの? ほっといてよ」
「いきなり分かったような言い方、ごめんね。でも、私には分かるよ。だって、ここで死のうとしたことあるから」
「え?」
舞愛の表情が一瞬、強張る。こいつ、何言ってる。マジか。面倒な奴に出会った。という気分だ。
「あ、私のことはいいよね。それより……」
と、一花が喋りかけた時だった、急に辺りがフッと暗くなる。真っ昼間だというのに。
――デジャヴ。
一花にとっては、だ。そして、
「はぁい。そこの迷える子羊ちゃん」
そこには長い艶のある黒髪に白い着物姿の美女――あの世の使者の御加世が現れる――宙に浮いて。
「あら? 一花ちゃんじゃない。って、え? 私のこと、まだ見えるの?」
「あ、お久しぶりです。はい、見えてます。え、まさかまた私、ソウル・チェンジですか?」
「違うわよー。一度、ソウル・チェンジを体験すると私が見えるようになるようね。ま、いいわ。そうゆうことにしましょ」
「私じゃないなら……この子?」
一花が振り返ると、舞愛はドン引きしていた。無理もない。目の前でいきなりイル―ジョンが始まったのだ。だが、タネも仕掛けもない。
「そこのあなた、白石舞愛ちゃん。今さっき、『別に、死んでもいいけど』なんて聞き捨てならないこと言わなかった?」
「誰? おばさん」
おばさんという、容赦ない一言。一花は、あちゃーと口元を押さえる。が、実のところ御加世の年齢は不詳だ。正しく知りたくもある。
「オーケーよ。おばさんでも、おばはんでも、ばーさんでも、許してあげるわ。このくらい心が広くなるまで生きてきたわ、あの世の時間ではね。でも、一応名前はあるのよ、御加世って名が」
「じゃあ、御加世。あんたは幽霊なの? なんか、宙に浮いてるけど」
「正確には、あの世の使者とでも言っておこうかしら。詳しい素性は明かせないわ。それより、さっきのセリフは本気? 知ってるわよ、毎晩オーバードーズをやってること。このままじゃ、体が持たずに本当に死んじゃうかもよ?」
側で聞いている一花がサッと顔を青くする。
「別に、いいよ。死んじゃっても。それくらい承知で飲んでるし」
「ほら、その言い草。……じゃあ、あなたの代わりに〝生きたい〟って願う人と魂を交換してみる?」
「よく意味が分かんないケド、別にいいよ。そんなことができるんなら、やってみせてよ。胡散臭い人―」
さすがの御加世も口元が引きつっている。一花はハラハラと成り行きを見守っているが、自分の時のように舞愛が〝生きる〟ということについて考え直してくれることを願った。
それに、御加世が現れたという事は、このままだと本当にオーバードーズが身に危険を及ぼすのかもしれない。このまま見捨てるワケにはいかないだろう。
「――では」
と、御加世は両手を広げ、そして胸元でクロスしながら言い放った。
――ソウル・チェンジ!
瞬間、舞愛の意識がスゥと遠のいていった。
第二章が始まりました。
今回の魂入れ替えは女子高生✕アラサー独身女子です。
ちょっとタイトルから外れちゃいますが…どうぞよろしくお願い致します(*_ _)ペコリ




