19.最期の言葉
ピッピッという電子音が聞こえている。
あれからどのくらい時間が経過したのか、一花はずっと眠っていた。
何やらバタバタと忙しなく看護師さんや先生、両親らしき人も来たような気がするが、意識がハッキリとしない。
病室の扉が開いたかと思えば、未希と悠が姿を現した。両親から知らせを受けて駆けつけて来たのだろう。そんなにも状態は深刻なのか。もしかして、このまま死ぬのだろうか。
「はじめちゃん、分かる? 未希だよ」
「はじめ、オレのことも分かるか?」
一花はコクンと頷くのがやっとだった。
「よかったぁ」
と言う未希の目尻に薄っすら涙が溜まっている。悠も必死に我慢しているようだった。
「元気になったら、カフェで冷たいカフェラテでも一緒に飲もーぜ。昨日はやっぱ外は暑かったよな」
「暑さにやられちゃったかな……連れ出してゴメンね」
「あやまら……ないで」
何も悪くないと、伝える。昨日はみんなでとても楽しい時間を過ごせたのだから、逆に感謝すべきだ。
そこへ、湯川先生が入って来た。二人はすぐに、「また明日ね」「来るからな」と言って邪魔にならないよう退室していった。
「気分はどうかな?」
挨拶代わりの言葉に先生を見上げる。そこには、いくつもの患者を看取ってきただろう人の、穏やかさの裏に辛さを抱え隠した顔があった。
「余命宣告を告げている君にだからこそ、正直に話すけれど……ドナーの人の死亡が確認されたよ」
こんな時に酷な知らせだなぁとは思ったが、驚きやショックはなかった。それよりも、大場はじめは自分の余命をちゃんと知っていた。先生の口ぶりからして、余命を知らせるかどうか悩んだに違いない。おそらく、本人が教えてくれと願ったのではないか。
「何か、してほしいこととか、会いたい人がいるなら、今のうちに……」
ボゥと一花は頭に浮かばす。
「……はじめちゃんに……会いたい」
「はじめちゃん? 同じ名前の子かい?」
「あ……ちが……一花ちゃん。一花ちゃんに……会いたい」
「一花ちゃんだね? すぐにご両親に伝えるよ。今こんな時だけど、こんな時だから、バタバタ忙しそうでね」
先生は少し疲れたように苦笑する。
忙しい意味は何となく分かる。亡くなった祖父が危篤状態になった時、両親は親戚や知り合いに連絡し回っていたのを思い出す。さっき未希と悠に会えたのも、必死に連絡をしてくれた、はじめのご両親のおかげなのだろう。
「また、来るから」と、病室を出て行く先生の背中を眺めながら、再び記憶が遠のいていく。これがもう最後だろうかと、頭によぎらせた。
◇
気づけば、岡山駅に到着していた。
クークルマップを頼りに何とか東京駅まで行ったものの、人・人・人だらけで、みどりの窓口を探すのに手当たり次第に人に聞きまくった。そして運よく自由席のチケットを取ることができ、無事に新幹線に乗ることができた。
そして三時間後、岡山駅へと辿り着く。ここまで来ればもう大丈夫だ。はじめはホッと息をつく。ここから先は特急列車で瀬戸大橋を渡って香川県まで行く。お気づきだろうが、四国には新幹線がない。しかも、病院の最寄り駅からバスなんてものもないので、そこからはタクシーを使う。
「一花、待ってろ。オレの体、がんばれよ。ここで死んだらぶっ殺す」
死人は殺せない。疲労のためか、意味不明な独り言になる。これでは御加世のことをどうこう言えない。
「豊橋総合病院までお願いします!」
駅前に停まっているタクシーに乗り込む。走り出すと、見慣れた景色が目に入ってくる。魂を入れ替わっていた期間はたった数日なのに、やたら懐かしく感じた。
「そっか、これが最後か……」
この景色を眺められるのも、これが最後だ。魂が無事に入れ替われば、はじめは死ぬ。覚悟していたはずだが……、
「せっかく、一花と再会できるのにな」
できれば、少しの間でも一緒にいたかった。しかし、それ以前に一花ははじめのことを覚えているのか。
「そうだ、その問題があった」
会いに来たのが魂が入れ替わった相手だとは認識できても、小さい頃の〝はじめ〟だと気づいてくれるかは分からない。ましてや、あの〝告白〟など……でも、思い出の品としてちゃんと大切に保管してくれていた。きっと、思い出してくれる。希望を胸に持つ。
最寄駅から病院までは十五分程で着いた。途端に、緊張感が体中に駆け巡る。
玄関の受付で病室を聞かなくても、自分がよく知っている。はやる気持ちを抑えながら、廊下をどんどん進んで南病棟の四階へと真っ直ぐ足を向かわせる。
エレベーターがチンと鳴って四階へと出る。病室へ向かおうとして、「面会時間は終わってますよ」と看護師に注意されたが、構ってはいられない。「友達が死にそうなんです!」と返し、病室へと駆け走る。
横目に、待合室に両親や母方の祖父母が集まっているのが見えて、足を止める。すると、向こうもこちらに気づいた。そして、
「あなた……もしかして、一花ちゃん? 今野一花ちゃん?」
母が鋭く気づく。
今野――それが一花の旧姓だったのか。母はちゃんと覚えていた。一花と一緒に遊ぶ公園へは、母と一緒に通っていたからだ。
「はい、そうです」
はじめが答えると、「まぁ」と口元を押さえる。
「はじめが、会いたがっているの。早く……会いに行ってあげて。病室はそこよ」
一花が会いたがっている?
過去の記憶を思い出しているのか?
考えているヒマはなく、病室まで飛んで行く。
扉の前まで来て、心臓がバクバクした。深呼吸を一つ、緊張に震える手で扉を開く。
そこには――はじめの体をした、一花がベッドに横たわっていた。
「一花!」
名を叫ぶ。一花が薄っすら瞼を開く。
「は……じめ、ちゃん……?」
今にも消え入りそうな声。かなり意識が朦朧としている。危ない、すぐにでも命がかき消えそうだ。
「そうだ、オレだよ、はじめだよ!」
はじめはすぐさま一花の手を握って繋いだ。
その瞬間――
電気がショートしたように目の前がバチバチと火花が散った。視界が一瞬、真っ暗になり前が見えなくなる。
徐々に光を取り戻していくと……はじめの目の前には一花の姿が。一花の目の前にははじめの姿があった。
「……え、これって? 戻ったの? 私たち」
「……そうみたいだな、一花」
一花は自分の体をまさぐり確認する。はじめは急激に体力が落ちた身体に必死に意識を保とうとした。
「はじめちゃんっ、大丈夫?」
一花が、心配そうにはじめを覗き込む。
魂が元に戻ったという事は、死ぬのは……はじめだ。それが本来の運命だということを頭では分かっているはずだが、一花はその現実を目の前にして、受け止め切れずにいる。
「どうして、元に戻ろうなんて……」
涙が目に滲み、こぼれ落ちる。
「一花に……生きてほしいから……死ぬのは、オレの運命だから……だから……」
泣かないでほしいと、言葉にしようとしたが、喋るのもそろそろ限界だった。はじめは最後の力を振り絞る。
「スカートの……右ポケット……」
「え? なに?」
一花がポケットに手を入れると、硬いくて小さな物が触れた。取り出してみると、それは――指輪だった、玩具の。それは、一花が大切に保管していた指輪だ。
「これ……」
悲しみと懐かしさが交じり合い、どうしようもなく一花は涙を流すことしかできない。
「もう一度……最後に言わせてほしい……」
「最後なんて、嫌だよ……」
耳を塞ぎたくなるけれど、聞き逃したら後悔する。一花は嗚咽しそうな声を漏らさないよう、手で口を押えて耳を澄ます。
「一花……結婚してください……また会えたら……」
来世で――
二人は手を握り合った。懸命に、強く力を入れていたはじめの手が、徐々に弱くなっていく。
やがて、幸せそうに微笑んだまま、はじめは永遠の眠りについた――
◇
「おはよう! ママ」
フライパンからベーコンエッグを皿に移しながら、一花はママに朝の挨拶をする。二人掛けのテーブルの上には、他にトーストした食パンとレタスとトマトのサラダが並んであった。
「おはようって、何年ぶりのあいさつよ? これ、朝食なんか作って……あんた、やっぱどうかしてるの?」
「別に、これがフツーでしょ? 私もそろそろ、ちゃんとした大人になろうと思って。とりあえず、朝食作り。ママも疲れてるって言っても、朝はちゃんと食べた方がいいよ」
「……我が娘ながら、恐ろしいセリフだ。子は勝手に育つとはこの事か、なるほど」
「ブツブツ言ってないで、せっかくのベーコンエッグが冷めちゃうじゃない。あっ、時間やばっ」
慣れない料理に思いの外、時間が掛かってしまった。一花はベーコンエッグを一口で口に押し込む。その隣でママはゆっくりとコーヒーをすすりながら、娘の成長にひしひしと感動している。
「いきなり一人で香川へ帰省なんて驚いたけれど、辛いときは逃げるのも悪くはないよ。でもその前に、ママがいるってことも忘れないで。何かあったら、すぐに言いなさいよ?」
「ママもどうしたの? ずいぶん親らしいこと言うね」
「生意気に親に口答えもできるようにもなったとは……いいぞ、かかって来い。そしてまだまだお子ちゃまだという敗北感を味わうがよい、くっくっく」
「ごちそうさま!」
朝っぱらから酔っ払ったようなセリフを口にし出したママを無視して、一花は食べ終えると鞄を肩に引っ掛け、
「行ってきます!」
玄関を出た。
外に出た途端、夏の日差しがまばゆい。一花は空を見上げ目を細める。
「はじめちゃん、見てる? もう、私は大丈夫だよ?」
イジメは完全になくなったワケではないが、少し冷やかされて皮肉を言われる程度だ。
それもこれも、全てはじめがイジメを撃退してくれたおかげだった。
もう、死のうという気持ちは消え失せた。
はじめがイジメに立ち向かってくれた努力を無駄にしたくないし、はじめの分もこれからしっかり生きていきたいと思うからだ。
もう大丈夫、生きていける。
そして、この世に大場はじめが存在したことを、自分だけは絶対に忘れたくない。
もうこの世にはいないけれど、一花の胸の中ではじめは生きている。
「ありがとう、はじめちゃん」
きっと、どこかで見守ってくれているはずだ。
青く澄み渡った高い天まで届くよう、両手をぎゅっと握り祈りを込めた。
〈第一章・了〉
ここまで読んで頂きありがとうございます!
第一章はこれで終わり、第二章へと物語は続きます。
今回、ハッピーエンドとは言えませんでしたが……まだまだ一花は登場しますよ!
引き続き、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>ペコリ




