17.いたずらな運命
「はじめちゃん、今日はカレーライスですよ」
助手のおばちゃんが満面の笑みで給食を運んで来きたので、はじめはカレーライスが好物なのかなと、思った。カレーライスは一花も好きで、よくママが作る。ママによれば手抜き料理の内に入るらしく、作る頻度は高い。なので食べ飽きているのもあるし、依然として食欲はなかったが、無理矢理に口に頬張る。
(がんばらなきゃ……最後まで)
今日、未希と悠に出会って、少しでも元気な姿を見せたいと思った。二人ははじめを勇気づけようと必死に明るく接してくれていた。本当は辛いかもしれないのに。だから、それに少しでも応えたい。せめて最後までは、笑顔でいようと。二人が心配して悲しむ姿は見たくないし、はじめもきっと同じ気持ちだろう。
――コンコンッ
と、少し荒っぽいノックの音と共に、「食事中にごめんね」と、主治医の湯川先生が入って来た。その慌てた様子に何か嫌な予感がした。
「朝のドナーの件なんだけど……」
「どうかしたんですか?」
とても言いづらそうにしている先生に一花は冷静を装って話の続きを促す。
「うん、ドナーと……連絡がつかないらしいんだ。らしいってのは、ドナーは自衛隊員の方なんだけどね、一昨日の地震で島根に派遣されたところだったらしいんだ。しかし今朝、地震があっただろう? その時に建物が崩れて何名かが下敷きになったらしいんだよ。一人は助かったけれど、もう一人と連絡がつかないって。そのもう一人ってのが……ドナーの人じゃないかって」
「え……今朝の地震でって、まだ安否確認できていないんですか?」
「今、懸命に救助中らしい。どうも、重機が入れない所らしくてね、困難を極めているそうだよ」
もう、十二時間が経とうとしている。厳しい状況とみていい。
みるみると一花の顔が青ざめていく。
ドナーが見つかって命が助かるのは、当初の希望と違って困るはずなのに、この押し寄せてくる感情は何か。
本当は生きたいってこと?
ちがう。これは私がじゃなくて、はじめに生きて欲しいんだ。
じゃあ、自分は死んでもいいの?
今も、死にたいの?
一花は頭の中で自問自答する。
「先生は、まだ諦めてないよ。きっと……」
助かると言いたかったのだろうが、言葉尻を濁したまま軽く頭を下げると、そっと退室して行った。しばらく病室には静寂が訪れる。
「きっと……」
先生の言葉を反芻する。
けれど、助かったとしても、もう魂は入れ替わってしまっている。どうすれば元に戻れるのだろうか。御加世は元に戻れなくもないと言っていたので、何か方法があるはずだ。
もし、助かると分かったならば、元に戻りたい。
その後、戻った自分の体でどうするかは――再び自殺するかどうかは、今は考えている余裕はない。
「御加世さん! 出て来て!」
急ぐよう名を呼ぶと、
「呼ばれなくても、もうここにいるわよー」
いつの間にか斜め横の窓際に御加世がいた。いることに気づかなかった。それだけ頭の中が混乱していた。
「御加世さんっ、今朝のドナーの人は? 助かるの? 生きてるの?」
矢継ぎ早に質問する一花に、御加世は真剣な表情でゆっくり左右に頭を振った。
「残念だけど……こちらのデータでは、すでに死亡が確認されてるわ」
「えっ……そんな……」
顔面が蒼白していく。きっと……と、そんな一縷の望みも一瞬にして消えていった。
「すぐに遺体が発見できれば、ドナー移植もできるんでしょうけど、重機も入れない所じゃあ、まだ時間が掛かりそうねぇ」
目の前が暗くなっていく。ドナーの方もせっかく登録したのに、誰の役にも立てれないままに死んでいくのか。それも悔やまれる話だ。
「どうして……? 運命は変わっちゃったの?」
「んー、この世にはあの世の他に〝自然界〟があるんだけど、そればっかはあの世の人間でも、どうしようもないのよねぇ」
「そんな……大場はじめは、その後どうなんですか? あんな反抗をして、イジメが酷くなってたりとかしてませんか?」
「気になるのね、はじめちゃんのことが」
「そりゃ、魂を入れ替えた人だから……私の体で楽しい人生を送ってくれるなら、それでいいんですけど」
「あなたは? その体のまま死んで本望なの?」
御加世が真っ直ぐこちらを向いて問うてくる。
「それは……最初から、そのつもりだったし……今さら……」
「ハッキリしないしゃべり方ね。気持ちがぐらぐらじゃないの? 今朝、戻れる方法はなくはないと言ったでしょ? もし、それを教えたら戻ってもいいって思う?」
「待って、ドナーがいないまま戻ったら、大場はじめは死んじゃう……っ!」
「元は自分の体だから、本来の運命に戻るだけよ」
「……そんな……」
「あら、情が移っちゃったかしら? でも、はじめちゃんは元の体に戻りたいみたいよ。あなたを死なせたくないって」
「私を? どうして? それこそ、情が移ったっていうの?」
「さぁあ、他に何か理由があったりぃ?」
「何、それ?」
死ぬと分かっている体に、何故戻りたいのか。この辛く苦しい体は、一刻一刻と寿命が近づいてきている。自殺しようとした一花でさえも、怖くなっているくらいだ。なのに戻りたいとは、一体どんな理由か。一花には思いつかない。
「私の口から伝えるものじゃないわ。本人から聞く事ね」
「本人から? 待って、私たちって、会うことできるんですか?」
そこで初めて気づく。香川と千葉はとても離れていて遠いが、距離の問題がなければ、会える。
「二人が直接会って、互いに強い意志で元に戻りたいと願い、その手を繋げば、ソウル・チェンジは解約できるわ」
「ホントに?」
会ってみたい、はじめに。けれど、互いに元に戻って、それでいいのか。本来に戻るべきなのか。正しくは、そうなのだろうが、頭では理解しているつもりが分からなくなっていた。
「今日はこれ以上は無理そうね。落ち着いたら、よく考えるといいわ」
そう言い残すと、スッと消え去った。
一花は御加世がいなくなってもなお、ずっと暗く思い詰めた顔をしていた。




