16.思い出の品
はじめは帰路に着くと、ママの部屋を覗く。が、いなかった。台所に戻り、テーブルの上に置かれたメモを読む。
『鍋にカレー』
相変わらず、簡潔だった。
部屋の扉を開けると、ガシャンとした金属音がする。――チンチラのしらたまがケージ内で止まり木にジャンプしたりしながら落ち着きなく動き回っていた。
「しまった!」
原因は昨夜からエサを与えるのを忘れていたので、空腹でお怒りなのだ。ケージ内に牧草らしき物がたっぷりあったのが、ごっそりと減っている。そして空っぽの陶器のエサ入れ。おそらく、エサの種類にフードか何かがあるのだろう。そちらがメインと思われる。
エサはどこかと探してクローゼットを開ける。片隅に牧草とペレット、掃除道具が置かれてあった。エサはウサギやモルモットと共通だった。なるほど、と思いつつ、急いでエサ入れに山盛りして与える。すると、モグモグと小気味いい音を立てて食べ始めた。
遺言にも書かれてあった、大事なしらたまのお世話を忘れるところだった。いや、忘れていた。一花に知られたら、きっと怒られるだろう。
しらたまが食事している間に掃除もしておこうと、クローゼットを再び開ける。
「ん?」
そこで段ボール箱を見つける。それには〝思い出の品〟と書かれてあった。
「思い出の品……」
この中に一花の思い出の品々が詰まっているのか。開ければ、一花について色々と知ることができそうだ。
少々ためらわれたが、もう自分の物として堂々と開けることにした。
中にはぬいぐるみや小物、あとアルバムが入っていた。
「アルバム!」
一番、情報が詰まっていそうだ。あと、卒業文集などもあった。
座り込んで読もうとして、「あ、掃除しなきゃ」と立ち上がる。しらたまはもうエサを食べ終わっている。食べている最中にそっとトイレを取り出す作戦は失敗だ。ケージを開いた瞬間に飛び出したりしないのか。しかし、逆に外へ出して散歩をさせてやらなくてもいいのか。よく分からず、ケージを開いてみる。
案の定、ぴょんと飛び出そうとしたしらたま。危ないので手でキャッチすると、腕をよじ登ってきて、肩に乗った。
「可愛過ぎだろっ!」
初めてのチンチラとの触れ合いを楽しみながら、トイレ掃除をザッと済ます。特にイタズラをする様子もないので、しらたまを部屋に放したままアルバムに目を通そうとしたら、肩に乗っかってきた。
アルバムは小学生から中学生のものだった。学校の体育祭や、家族旅行などの写真があり、どれも楽しそうで笑顔に満ち溢れている。当たり前だが、今の顔よりもずっと幼い。が、
「……何か、どっかで見た顔だなぁ」
頭に引っ掛かる。芸能人では、ない。となると、親戚や同級生くらいしかない。「うーん」と頭をひねる。大きく成長するにつれ、一花の顔は知らないものへと変化している。なので、もっと幼少期の写真が気になった。しかし、アルバムはこの一冊だけだった。
他のぬいぐるみや小物を物色すると、オルゴールに目が留まる。箱状なので、開いてみたくなった。なので、開く。すると、聴いたことのあるクラシックのメロディが流れ出す。
箱の中はアクセサリー入れになっていて、指輪が一つ入っていた。小さな玩具の指輪。それを見た途端、
――はじめちゃん!
誰かの声が聞こえた、はじめの頭の中で。
その瞬間、映像が次々とフラッシュバックしていく。
それは、小さな誰かの姿。
だが、顔がハッキリとしない。
それでも、記憶がよみがえってくる。
「……あぁ」
昔、その子はいた。
家の隣に。
よく一緒に遊んでいた。
いつだったか、友達に公園で意地悪をされた時、一緒になってやっつけて助けてくれた。とても元気で強い子。だけど、優しくて可愛い女の子。はじめはその子が大好きだった。
しかし、その子はある日突然いなくなった。
どこかへ引越して行った。
どこへ行くとも教えられないまま、会えなくなった。
「……いちか……ちゃん?」
そんな名だった。一花と同じ名。
だが〝いちか〟という名は結構あるだろう。それに、名字が……まだ漢字も読めなかったが〝川畑〟という風な響きではなかった気がする。それと、
「この指輪……まさか? だよなぁ……」
記憶の中の〝いちか〟に贈ったプレゼント。
――おおきくなったら、けっこんしてください。
可愛らしい告白。その時の返事の内容は覚えていない。恥ずかしさでいっぱいになり、その場から駆け出してしまったからだ。
引っ越したのは、そのすぐ後だったと思う。
はじめはオルゴールを机の上に置くと、クローゼットの中を再度確認して、部屋を出る。そして、ママの部屋に入り中を見回す。本棚や床に本が乱雑している。この中にアルバムがないか、崩さないように探していく。すると、
「キャー、しらたま!」
いつの間にかママが帰宅していた。我を忘れて探し物をしてしまっていた。そして、しらたまが積み重なった本の一部を齧っているところだった。
「ダメダメー! しらたま、ママの部屋には入っちゃダメって言ってるでしょー」
一花にではなく、しらたまに文句を言うママ。そんなことをチンチラが聞き分けられるのか。
「お帰り、ママ。ごめん、ケージに戻すよ」
ちょろちょろ動くしらたまを追いかけていると、ママの方が先に捕まえ抱き上げる。そして、「別にいいけどー」と、モフりだす。
「それより、何してんの?」
「あ、オレ……私の小さい頃の写真ってある?」
「あるに決まってるわよ。現物の写真はだいぶ整理して捨てちゃってるけど、データは残ってるわよ」
と、スマホを取り出しサッと画面を開き、印籠のように差し向けてきた。今より画素が悪いが、生まれたての赤ん坊の写真だ。真っ赤なお顔でお猿さんみたいだ。可愛いかどうかまだ微妙な時期。
「……いや、もうちょい大きくなった、保育園くらいのが見たいんだけど」
「あれ? データ送ってなかったっけ?」
「あっ」
スマホのフォトはまだ開いていなかった。すぐさま開いてみると、いくつかフォルダ分けされていた。
その中にある〝思い出〟のファイルを開いてみる。そこには、幼少期の一花が映った写真が何枚かあった。
「似てる……」
「そりゃあ、親子だもん。てか、元旦那の方に似てきたわねぇ。まぁ、親子には変わりないもんねぇ」
元旦那と今言った。すると一花は母子家庭であり、名字も母親の旧姓に変わっている可能性がある。
「あ、この写真……」
同い年くらいの男の子とのツーショットに目が釘付けになる。お互い年齢は五歳くらいか。男の子の顔をよく眺めてみるも、それが自分だと確証を持てない。……五歳の時の自分の顔とはどんなだったか?
「あぁ、それ、懐かしいわね。はじめちゃんじゃない」
「はじめちゃん?」
「なに? 違った? うそ、名前忘れたの? あんなに仲良かったのに……てか、最近ヘンよね、あんた。用意した全部夕飯食べてなかったり、真夜中三時頃まで起きてたり。どうしたの?」
今さらな質問だ。そういうことを、もっと早く気づいてあげてほしかった。もう、遅い。一花は今頃、屋上から飛び降りていた――。
しかし、このままでも、はじめの代わりに一花は死んでしまう。どこかの見知らぬ人が自分の代わりに死にたい、という話どころではなくなった。いや、見知らぬ人でも死んでは欲しくない。やはり、魂を入れ替えるというのは問題がある。何としても阻止しなくてはいけない。そのためには――、
「ママ、ただのダイエットとただの夜更かしだから、心配しないで。じゃ、部屋戻るから、しらたまこっちおいで」
しらたまを奪い返し、部屋へと急いで戻る。後ろから、「ママ、これからまた会社行ってくるからー。戸締りちゃんとねー」と声がしたが聞いているヒマがないし、向こうも同じだろう。
バタンとドアを閉めるなり、
「あの世の使者の御加世さん!」
宙を睨んで、叫びたい気持ちを抑えながら呼ぶ。
しばらくして、フッと視界が暗くなると、いつものごとく御加世の姿が現れた。
「はぁい。ごきげんよう」
「じゃない! 知ってたのか、御加世さんは!」
「なぁに? 主語が抜けてるわ。何のことか一から説明して。あ、要点だけでいいわ。こう見えて、そんなに暇じゃないのよ」
「みんなして忙しいな。……一花のことだよ。俺と一花が幼馴染みだったってこと! 知ってたのか? まさか、わざと?」
「あらま」
と、こぼした一言に嘘はなく、本当に知らなかったようで目を見開いている。
「いくら何でも事前に知ってたら、そんな二人をソウル・チェンジなんてしないわよ。それに……あぁ、今向こうも立て込んでるのよ。悪いけど、また明日にして」
そう、一方的に話を切り上げて、すぐに去って行く。
「ちょっ、御加世さん!」
呼び止めてもすでに姿は消えていた。
「向こうも立て込んでるって?」
何だか胸がざわざわするが、明日まで待つしかない。果たして、いつまで自分の体は持ちこたえられるのか。余命一ヶ月は目安であって、正確にいつとは医師でも分からない。今は一日でも長く生き延びてほしいと願う。




