14.最低の男
午後からの休み時間には何事もなく、無事に放課後の時間となった。
(一花はバレー部員なのか? 出て行くべきか?)
どうやって確認すればいいのか。
しかし今日は体も痛いし、そんな気分でもない。欠席させてもらおう。そうだ、数日休めば、顧問の先生がどうしたのかと声を掛けてくるはずだ。その時に、何部かが分かる。
そんなことを考えながら校門へと向かっていると、何だか周囲がざわめき立っているのに気づく。みんなの視線の先には――校門の前に停まった一台の車。と、男性の姿。
背が高く、スッと鼻も高く、長めの茶髪はバッチリと整えられていて、モデルや俳優顔負けだ。もしかしたら、本物のモデルか俳優かもしれないが、オーラは消しているのか並みの雰囲気だ。ピカピカの黒い乗用車に背もたれて腕を組み、誰かを待っているようだった。
「誰、あの人?」「やだ、イケメーン!」「眼福眼福」などと、女子たちが口々に騒いでいる。
はたと、男性とはじめの目が合った。すると、
「一花ちゃん!」
と、手を振る男性。
誰だか知らないが、周りの生徒の視線を一斉に浴びる。これは目立ち過ぎだと思い、男性に素早く駆け寄り、用件を聞こうとした。
「何ですか?」
名前も顔も知らず、誰だかさっぱり分からないので、挨拶抜きに質問する。
「……素っ気ないな。それもそうだよな。でも、もう一度会って謝りたくて……連絡なしで来たんだ」
もしかして、彩香の兄か。一花が告白を断ったという。しかし、謝りたいとは何だろうか。
「謝りたいって? 何を?」
あえて、とぼけてみる。つんとした感じに。
「……まだ、怒ってるよな。ホント、ごめん」
「だから、何を? って言ってる」
まるで、自白させる刑事の気分だ。男性は周りを少し気にしながら、声を静めて言った。
「だから、ほら……押し倒して……ごめん! あのときは頭がカッとなって、冷静になれなかったんだ。本当に、ごめん! 悪かったと思ってる。だから……」
「押し倒した?」
いつ? どこで? 何をしやがった? 一花に……!
わなわなと、怒りが湧いてくる。一花はこいつのせいでイジメにあっているというのに、こいつ本人からセクハラを……羨ましがられるどころか、被害者じゃないか。具体的な内容は分からずとも、押し倒された時点で女子高生にとっては十分なトラウマになり得る。
――パァンッ
はじめは思いっ切り頬を、ぶっ叩いた。女子の力じゃ吹き飛ばすことはできなかったが。はじめの手の方がジーンと痛く痺れる。
「この、ケダモノが!」
おまえなんか人間じゃないと、この上ない侮辱を吐きつけてやる。こんな大男に、さぞかし怖かっただろう。一花が可哀そうで、怒りを越して泣きそうになる。涙腺が弱いのは、女子の体のせいだろうか。
「ごめん……ちゃんと謝るから。だから、もう一度。もう一度だけチャンスが欲しいんだっ」
「土下座したって、許さねぇよ!」
突き飛ばすように胸元を押す。そこへだった、
「お兄ちゃんっ!」
一部始終を目撃しただろう彩香が走り寄って来た。そして、
――パンッ
頬を叩かれた。一瞬、目に火花が散る。
「お兄ちゃんに、何すんのよっ! もうフッたんでしょ? これ以上、何があるっていうの? どれだけ、お兄ちゃんを傷つけたら気がすむの? もっと、その体に言い聞かせてやらなきゃ、分からないワケ?」
ドンッと、肩を押される。よろめいた体は車体にぶつかった。
「彩香っ、やめろ!」
彩香の腕を兄が掴む。
「これはオレたち二人の問題だ、彩香には関係ない。それより、何だ? ぶったりして、まさか一花にそんなことしてるのか?」
「してな……」
否定しようとした彩香だが、動揺を隠しきれず、目線が兄と一花の間でさ迷っている。
「してるんだな、お兄ちゃんに嘘は通用しないぞ。っとに、何をやってるんだ。謝れ、彩香」
「何で? 先にお兄ちゃんをぶったのは、一花ちゃんの方だよ?」
「オレはぶたれても仕方がないんだ。けど、それを第三者のおまえがし返すのはおかしいだろ。一花、ホントにごめん。彩香にはあとでよく言い聞かせておくから」
と、兄は彩香に代わって一花に深く礼をして謝った。隣で彩香はうつむきながら、下唇を噛みしめていた。
ばかばかしい。と、はじめは二人を無視して自宅へと足を向かわす。
「一花、待ってくれ。明日、もう一度会ってくれないか? また連絡するから、返信待ってる。明日じゃなくても都合の良い日でいいから。とにかく連絡待ってるから。頼む!」
必死の懇願を背中越しに聞き流しながら、はじめはその場を去る。
無論、二度と会う気はなかった。




