13.ドナーが見つかる
午前中はガヤガヤして、いつ先生や看護師さんが病室に入って来るか分からず、落ち着かなかった。
個室なのでまだ静かな方なのだろうが、これが大部屋になると、どんなだろうと一花はぼんやり頭にしながら、ベッドに横たわり、付けっぱなしのテレビを見るともなしに眺めていた。
テレビの内容は、今朝の地震についてばかりだった。
やがて、
「はじめちゃん、昼食ですよ」
と、看護師さんではなく、助手のような人がニコニコと給食を運んで来てくれた。年配の女性の方だ。
昼食は十二時だ。朝食が八時だったので、まだ四時間しか経っていない。いつもだが、食欲はない。
それでも、焼きうどんの登場に、
(あぁ、さすがはうどん県)
と、一人感心する。
一応、本場のさぬきうどんとやらを、つっついて食べてみる。
(結構、太麺なんだ)
関東に比べてだが、太い気がした。そして、コシも強い。もぐもぐと噛みしめるのに、顎が疲れてきた。二、三本で食べるのを止めた。そして、さっぱりした青リンゴ味のゼリーを食べる。
ふと、何だかひどく休息を感じた。身体はとても辛いが、心は何にも怯えることなく、平凡だ。先生も看護師さんも助手の人も、とても親しみがあって優しい。
(今頃、はじめって人は……)
元の自分がどうしているか気になった。どうか無事でいてほしいと思ったところで、残した焼きうどんに目がいく。何となく、食べてあげなきゃと思った。身体のために。どうせ死ぬとは分かっていても。うどん県民なら、焼きうどんが好きかもしれない。
スゥーと息を吸ってフゥーと吐いてから、ほぼ気合いで焼きうどんをすすった。
そこへだった。
「はじめちゃん、まだお昼食べてるところかな?」
朝の主治医が現れた。
何だか少し息切れしながら、興奮気味だ。そして、こう言った。
「朗報だよ!」
「何ですか?」
「ドナーが見つかったんだ!」
一瞬、何のことかと思ったが、はじめはドナーが必要な病気だと知る。でも具体的に何の病気なのか、今さら聞けない。
「そう……なんですか」
「驚き過ぎて、言葉が出ない? 先生も同じだよ。今、分かったばかりだから、ご両親への詳しい説明は後になるけれど、とにかく早く知らせてあげようと思って飛んで来ちゃったんだよ」
「……ありがとうございます」
「うん、うん、良かったよ。一刻も早く移植できるように準備するから。それまで、しっかり食べて、体調を整えておくんだよ」
「はい」
先生はバタバタと急ぐように病室を出て行った。ドナーが見つかったとなると、色々と忙しいのだろう。患者は、それこそいっぱい食べて寝て待つのみだ。
それよりも、
(この人は死ぬんじゃなかったの? どうして?)
死ぬというから魂を入れ替えたのに、これでは話が全然違う。一体、何がどうなっているのか。頭の中がぐるぐる回る。
一花は病室の宙を見つめる。
「御加世さん、どういうこと?」
名を呼ぶ。
すると、フッと急に病室が暗くなったかと思えば、人の姿がスゥと浮かび上がるように現れた――御加世だ。
「はぁい、呼んだかしら? 具合はどう? 元気にしてたぁ?」
「……御加世さんの方が何だか疲れてそうですね」
何となく顔色が悪く、目の下にクマが薄っすらできている。髪型も衣服も少し乱れていた。要は、寝起きのすっぴんみたいな干物女子な格好。
「そうなのよ、ちょっとね、グロッキーだったのよ。さすがにこんな姿、男性には見せらんないわ。幻滅されちゃう! 一花ちゃんには、まぁいいかと思って出て来たんだけど、一瞬で見破られちゃったわね」
「一体、何があったんですか? というか、大場はじめの身に何が起こったんですか? ドナーが見つかったって……」
「そうそう、それも含めて昨夜、完徹だったのよ。それでこの有様よ」
「じゃあ、何か分かったんですか?」
「なぜいきなりドナーが見つかっちゃったかは、まだ調べ切れていないの。ごめんなさいねぇ」
「もし、助かるとしたら、この体の大場はじめはどうなっちゃうんですか? 私は?」
「戻りたい? 元の体に」
「イヤだけど……戻ったら、また自殺し直します」
きっぱりと言った。
御加世が少し哀しそうな瞳をしたのは気のせいか。
「戻る方法はあるんですよね?」
「ない事はないわ。けれど、お互いの合意が必要よ。拒み合った状態では魂は入れ替えれないの」
「そうなんですね……じゃあ、相談という事になるんでしょうか?」
「まだ、はじめちゃんのドナーがどうなるかが分からないから、ぬか喜びはさせるようなことは言えないわね」
「……そうですね」
「残念そうね。まだ死にたい思いはあるのね。やっぱ、イジメが怖い? 辛い? はじめちゃんは、イジメと闘うって決めたみたいよ」
「え?」
御加世は病室内にスクリーンを浮かび上がらせた。そこに映る映像には――バレ
ボールで打たれる一花――の体をしたはじめがいた。
あぁ、やっぱり。と、一花は初めて見たイジメられる自分の姿を目にして、耐え難い気持ちになった。まるで自分が受けているように感じられたが、はじめの身体に痣はなく、痛みがよみがえることはない。
早送りされた映像を見ると、はじめはボールを投げ返したところだった。彩香の横をスレスレに飛んでいく。
「こ……んなことしたら……っ」
イジメはどんどんエスカレートしてしまう。以前、そうだったからだ。一花はもう諦め、いつもされるがままになっていた。が、それがこれで台無しになった。イジメを受けるのははじめだが、今後を心配する。
「あなたにはできなかったことね。それをはじめちゃんは真っ向から立ち向かっていこうとしてる」
確かに、真似はできない。
でも、はじめの勇敢な姿を見ていると、少し勇気づけられた。彩香たちもすっかり戸惑った様子で、見ていてちょっと爽快な気分になった。
「もう一度、魂を入れ替えた時には、イジメはなくなっているかもしれないわね」
そうだとすれば、もう死ぬ必要はなくなるかもしれない。一瞬、心に希望の光が灯ったが、
「でも、そうしたら、この身体は……もしドナーが失敗するとしたら、はじめって人は死んじゃう……?」
考えて、ぞっとした。
「でも、それが本来の彼の運命よ」
やはり運命は残酷だ。自分がこの体で死ぬべきでは……そう思いかけて、本当にそれが正しいのか、運命に背くことが? そもそも、このソウル・チェンジとは?
「……御加世さんは何を企んで?」
「んー企むというか……まぁ、企画ではあるけれどね。とりあえず、私はドナーの調査を始めるわ。じゃあ、またねーん」
はぐらかすように答え、御加世はスゥと姿を消して去っていった。同時に部屋はパッと明るくなる。日当たりの良い南向きの個室の窓から清々しい空が広がっている。
しばし一花は空を眺めてる。
この先、どんな運命であれ、もう覚悟は決めている。ただ、はじめには幸せが訪れてほしいと切に願った。




