12.イジメありと決定
お昼休み。
朝、冷蔵庫に入っていたサンドイッチをはじめは鞄から取り出す。
(……しまった)
見事に形が潰れていた。しかも、サンドイッチはサンドイッチでも、フルーツサンドイッチだ。生クリームがパン生地からはみ出ているだけでなく、袋から開封すると手にべたべたと生クリームがついた。それをペロリと舌で舐めていると、
「やだぁ、お子ちゃまみたーい」
斜め前方からクスクスと笑い声がする。例の女子三人だ。机をくっつけて向かい合って昼食を食べている。そのうちのメンバーの一人が彩香なのだろうが、どれなのかが分からない。御加世から外見までは伝えられていなかった。三人の会話に注意深く耳を傾け、名を呼ぶ瞬間を待つ。
しかし、彩香以外の二名も一緒にイジメに加担しているのかどうか。そうでなくても、少なくとも傍観くらいはしていそうだ。
そのイジメとは、休み時間のトイレなどが定番だが、今のところ何も起こっていない。が、行うなら、時間に余裕のある昼休みを狙う可能性も高い。もちろん、トイレ以外にも色々と考えられる。
とりあえず、つい今しがた言われたことは気にせず、型崩れしたサンドイッチを口に頬張る。味は、何ら問題ない。甘いものが今の疲れ気味の心に沁みる。
「あ、沙江ちゃん、貸してくれたラノベ、超面白いよー」
「でしょ? 今どこまでいってる?」
はじめの耳が鋭く察知する。三人のうち、一人は沙江ちゃん。ポニーテールで快活そうに見える。
これで残る二人のうちの片方が彩香だ。すると、
「千代ちゃんは何巻まで読んだの?」
――これで面が割れた。今、優先的に会話の中心にいるのが彩香だった。
大きな目力のある瞳が印象的で、肩まである軽い茶髪を緩く巻いていて、オシャレに気を遣っているようだ。唇の血色が良く見えるので、リップを塗って薄く化粧をしているのかもしれない。ちなみに、千代は黒髪ボブカットで見た目は地味で大人しそうだった。
しばらくはライトノベルの話をしていたが、やがてこちらに彩香が近づいてきた。ちょうど、はじめが昼食を終えた時だった。まるでそれを待っていたかのように、だ。
「一花ちゃん、生クリーム、顔に付いてるよー」
「え、どこ?」
思わず普通に返してしまう。
「ここ、ここ」
と、彩香は自分の口元を指した。ティッシュはどこだったかと、制服のポケットに入っていないか手でまさぐる。
「なに? ティッシュ忘れたの? ほーんと、子供みたい。今日はどうしたのかなー?」
くすくすと笑う彩香をよそに、スカートの左ポケットからハンカチを見つけ出し、口周りを拭う。
「まだ、付いてるよー、ここ」
「ここ?」
反射的に指を指されたおでこにハンカチを当ててから、すぐ気がつく。
「キャハハ、おでこにクリームつけるなんて、どこに口付いてんのー?」
その通りで付くはずがなかった。まんまと引っ掛かってしまい、少し悔しく恥をかいた。だが、本来それを感じるのははじめではなく、本物の一花の方であるが。
(そうか、こうゆうのを受けてたのか)
けど、この程度はまだいじられているだけとも言える。しかし、次の瞬間。
「お昼に生クリームなんて、太っちゃそー。いいよね、一花は食べても太らない体質でさ。あたしは油断するとすぐ体重増えちゃうからさぁ。ねっ、体育館行こっ。ダイエットの運動に付き合ってよ」
何だかヤバいと本能で感じ取る。が、
「うん、いいよ」
その真相を確かめるべく、素直に頷いた。
体育館には誰もいなかった。
「一花ちゃん、バレーボール持って来てよ」
と、彩香から命令ともとれる指図を受ける。彩香はもちろん、他の二人も手伝いはしなかった。準備を終えると、
「じゃあ、ちゃんと打ち返してよ」
彩香の言葉に、「よっ、バレー部のエース。がんばれー」と、沙江が声を掛けてくる。……どうやら、一花はバレー部員のようだった。部活はちゃんと出ているのだろうか。エースと言うからには、強いのか。それともただの冷やかしや皮肉の言葉か。などと考えている間に、彩香のサーブが飛んできた。
「うっ」
右肩に当たった。……あえて打ち返さず、避けなかったからだ。しかし、思った以上に痛く、ズキッとした。もしかしてと、頭によぎる。これが日常的に行われているとすれば、体には痣ができているのではないかと。昨日、お風呂に入る時は目隠しをしていたため分からなかったが、今日は気は乗らないが確認してみる必要がある。
「どしたの? じっと突っ立っちゃって。ちゃんと打ち返さなくちゃ、これじゃあドッチボールだよ?」
言うや否や、次のボールが飛んで来る。沙江の投げたボールだ。同時攻撃が始まった。一つずつ打ち返していく間はない。
やはりこれは――イジメだ。
はじめは決定的な証拠を掴んだ。
次々と飛んでくるバレーボールが体に打ち当てられるたび、おそらく内出血を起こしているだろう箇所が痛む。
(打ち返すべきか?)
それは抵抗になる。そうなれば、ますますイジメがヒートアップする可能性がある。今日はこのまま無抵抗で様子を見るべきか。
いいや、これ以上身体に傷を負わせたくない。自分のためではなく、一花のために。そう、自然と思った。もう、魂は入れ替わって自分のもの同然だが、新しく授かったこの身体をなるべく大事にしたい。そうすることで、結果的には自分を守ることにも繋がる。
はじめはボールをトスして真上に飛ばし、そして思いっ切りアタックした。
「きゃっ」
ボールは彩香の横をかすめて飛んでいった。当たりはしなかった。それもそのはず、当たらないように打ったからだ。これでもサッカーはもちろん、バスケやバレーなどの球技は得意だ。しかし、女子の身体では力が入らず、ふわりと浮いた感触だった。まだこの身体に慣れていないせいもあるだろうが。
彩香が軽く目を見張っている。その反応からして、やはり今まで一花は抵抗をしてこなかったのだろう。
「どこ投げてんのっ? 顔に当たるところだったじゃない! どーしてくれんの? ほんっと、コントロール下手くそ!」
早速、化けの皮が剥がれたか。彩香が酷く罵ってきた。
「ごめん、ごめん。下手くそだから、こうやって練習に付き合ってくれてるんだよな? ありがと」
謝罪と感謝の言葉に皮肉を交えてみる。すると、
「――っ」
投げやりにボールを放ってきたかと思えば、
「後片付けしといてよね! 行こっ」
沙江と千代の二人を従えるように彩香は体育館を後に去って行った。
おそらく、向こうも抵抗を見せた一花に対して、どう出ていいのか戸惑ったのだろう。だが、明日にはしっかり作戦を練って襲ってきそうだ。今も教室に戻りながら、沙江と千代に怒りをぶちまけているに違いない。
「ちょっと、やり過ぎたかな」
仕返しとか、良くない。もっと別の方法で解決しなくては。
謝って、仲直りする?
何を?
あなたの兄から告白されたけれど、断りました。ごめんなさい。
「って、おかしいだろっ」
きっと、どう出ても今は無理そうだ。時間が経つのを待つ……なんて、のん気か。病気になって、周りに大人の先生や看護師さんに囲まれ、少し考え方が悟った風になってしまっていた。
「まぁ、一生は続かないし。死ぬワケでもな……」
――死のうとした、一花は。
「……っぶな」
余命宣告されて、命を失う以外に怖いものは何もないと思った。しかし、それは少し違った。自己中心的で考えが浅はかだった。御加世の言う通り、自ら死のうとする人もいるのだ。おそらく、こんな毎日がずっと続けば、さすがにはじめでも少しずつ精神が蝕まれるはずだ。
今だって、ボールの当たった身体がズキズキと痛むたびに、心にまで響くようだ。これは、他人事なんかじゃない。
イジメの辛さは体験した本人じゃないと分からないとは、本当の事だった。
それを、はじめはこれから痛感していくことになる。




