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11.不吉な地震

 朝食後の病院。

 何やら病棟が騒がしい。看護師も患者も廊下を行ったり来たりで、ナースコールも頻繁に鳴り響いている。だが個室なので、いくらかは静かな方なのだろう。しかしそれどころではないくらい、具合が悪い。


(食後の薬、まだかな?)


 今さら何の薬か問えないが、あれを飲めば少し楽になる。しかし、待っている時に限って来てくれない。看護師さんも午前中は忙しいのだろう。だからだろう、お見舞い客は午後からとなっている。


(あ、歯磨きしなきゃ)


 昨夜は歯も顔も洗っていなかった。ベッドから下りて洗面台へと向かう、カラカラと点滴の棒を押しながら。何とも、邪魔だ。

 そして、洗面台の鏡を見た瞬間、


「うわぁ」


 そこには爽やかな少年の顔。ニッコリ笑顔を作ってみれば、目尻が下がり、白く整った歯が見える。めちゃイケメンというほどではないが、人懐っこい印象を受ける。どこか母性本能をくすぐられる感じがする。


(これは、モテそう)


 あまりジロジロと自分の顔を見るのもナルシストなので、すぐに顔を洗ったが、歯磨きしている間、ずっと顔を眺めていた。


(もったいないな)


 言い方があれだが、これから大学生にでもなれば、すぐに彼女もできて、明るい未来が待っていただろうに。

 昨夜から少しずつスマホのメッセージを遡っているが、どうやらサッカー部のようで、部活にもクラスにも仲間がいっぱいいる人気者のようだった。

 本当に残念で悔やまれる。運命とは皮肉で残酷なものだと思った。

 そういう自分にも、夢や希望がなくはなかった、数ヶ月前までは……でも今は、そんな気力は失せた。もう、どうでもいい。

ゴシゴシと歯ブラシを動かし歯磨きを終えた時だった。


(ん?)


突然、建物が揺れ始めた。

 これは――地震だ。


(結構強い。震度4弱くらい?)


 地震大国に住んでいるので、これくらいの揺れには慣れている。一花(いちか)はその場にしゃがみ込んで頭をガードした。

 やがて地震は止まったものの、結構長かった。


「はじめちゃーん、大丈夫?」


 と、すぐに看護師さんが飛んでやって来た。


「うん。大丈夫。どこだろ?」

「あれ、今日はテレビ付けてないんだ? もう速報出てるんじゃない?」

「テレビって、テレビカードは……」

「あ、切れちゃった? でもテレビ付くみたいよ」


 そう言って、看護師さんがリモコンでテレビを付けてくれると、画面にはもう速報が出ていた。


「また島根かぁ……」


 と、看護師さんがつぶやく。


「島根?」


 確か中国地方で、鳥取の隣。どっちがどっちだっけ? いつもごっちゃになってしまう。


「そうよ。一昨日に続いて……これってまだ本震が来る可能性あるんじゃないかしら?」


 そう言いながら、「お薬持って来るわね、ちょっと待っててね」と、部屋を出て行った。


(一昨日に島根で地震……)


 ここ数日、ニュースもチェックしていなかったから知らなかった。離れた関東では揺れなかった。

 やがてテレビが地震のニュースへと切り替わった。震度6弱を観測したと発表された。結構強いので、弱い建物なら倒れてケガ人や死者の一人はいそうだ。

 ぼーっとニュースを眺めながら、


(その人と代わってあげれたらいいのに……)


 つい思ってしまった。

 決して口にはしていけないことだとは分かっている。

 けれど、かけがえのない命が奪われる中、死にたいと願う自分がのうのうと生きてる。


(ついでに付け足せば、こういうので死ぬ人って〝いい人〟ばっか)


 はじめもきっと、性格の良い少年だろう。でもって、自ら自分を殺すような人間は最低だった。


(終わり悪ければ、全て悪し。なんてね)


 ハァと溜息を一つついたところへ、病室のドアが開かれる。


「はじめちゃん、どうかな?」


 白衣を着た男性医師。


(えっと、主治医の湯川先生だっけ?)


 胸元の名札を見ようとするも、ニコニコ笑顔の先生の顔から目線をそらせない。とても穏やかな声で絵に描いたような優しそうな先生。五十代だろうか、黒髪に白髪が交じっている。そして少し禿げ上がっていた。


「頭痛がして……薬飲むと治まるんですけど」


 どう答えていいのか分からず、そのまま素直に症状を伝えてみる。


「そうかぁ。もっと強い痛い止めもあるけど、使いたくないんだよね? 頭がボーッとしちゃって友人やご家族と会話がしづらくなるからって。でも、いつでも言ってくれれば、処方するよ。どうする?」


 一花としては楽になりたいが、はじめの希望となると迷ってしまう。だが、もう魂が入れ替わって自分の体のようなものだし、好きにしていいのだろうか。


「……もう少し、様子見てみます」

「あまり我慢しないようにね。今日は少し元気ないようだしね」

「そ、そうですか? 元気ですよ!」


 無理矢理、笑顔を作ってみせると、男性医師は少し困ったような顔で苦笑した。


「毎日、お友達が遊びに来てくれているようだけど、楽しいからって、あまりはしゃぎ過ぎないようにね」


 そう言って、部屋を出て行った。


(そうだった、今日は未希って人が来る)


 今日は平日なので、学校が終わってからだろう。しかし、毎日来ているとは。

 さっきの先生とのやり取りで元気がないと思われてしまったので、もう少しテンション高めでいなければいけない。何せ、はじめは友人や家族と楽しくおしゃべりして過ごすために、強い痛み止めを拒否しているのだから。


(はじめって人に合わせて演技するのも疲れるな。かといって、中身が違うなんて言えないし、言っても信じてもらえないだろうし)


 何だか面倒になってきた。余命一ヶ月の人とは、もっとベッドで寝込んだままだと思っていたのだが、全然違った。この先が思いやられて、ハァと、また溜息をつく。

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