馬車での異変
ゴトン、ゴトン――。
馬車はゆっくりと街道を進んでいた。
窓の外を振り返っても、もう孤児院の屋根は見えない。
私は胸元の十字架をそっと握りしめる。
シスターマリアから託された、大切なネックレス。
「絶対に立派なシスターになります。」
小さく呟いた、その瞬間だった。
頭の奥で何かが弾けた。
「……っ!」
息が止まるほどの激しい痛み。気持ち悪い。
胃の中身が出てきそうだ。変な物なんか食べていないはずなのに。思わず口に手を当てた瞬間――
景色がぐにゃりと歪み、私の知らない世界が流れ込んでくる。
ガラスでできた高い建物。
夜なのに昼のように明るい街。
手のひらほどの薄い板を見つめながら歩く人々。
聞いたこともない電子音。
そして――
『今日も残業?』
『お疲れ様です。』
『明日までにお願いね。』
『終電、間に合うかな……』
「な、に……これ……。」
知らないはずなのに、知っている。
知らない人たちなのに、懐かしい。
胸が苦しくなる。
頭の中に、もう一人の人生が流れ込んでくる。
日本。
会社員。
忙しい毎日。
私は、その人生を知っている。
いや……
「私は……シーナ……。」
震える声が漏れる。
彼女は誰…?
その時。
「嬢ちゃん、着いたよ。」
御者の声でハッと我に返る。
顔を上げると、目の前には白く荘厳な教会が静かにそびえ立っていた。
胸の鼓動だけが、いつまでも鳴り止まない。
憧れていた場所に着いたはずなのに、何処か胸がざわめく。
気のせい。
そう自分に言い聞かせつつ、服の中の十字架を握りしめる。
この教会が、私の運命を大きく変える場所になることを。
そして――憧れだった教会に、決して知ってはならない秘密が隠されていることを。
今のシーナは、まだ知らない。




