54.悟なら、やっぱり……そう言うよね
今回はメインヒロイン視点です。
〈神崎燈side〉
良かった……戻ってきて。なんか、良く状況分かってないけど、悟が困ってる……ううん、怒ってる。
「……神崎さん」
彼の表情が、驚愕で満ちている。そうだよね。私が戻ってくるなんて、予想してなかったんだから。そうなるよね。
「……燈ちゃん」
苦々しげな顔をする賀東先輩。私が来たのが、予想外だったみたい。というか、なんか三人知らない人、引き連れて来てるんだけどっ。
「悟をどうする気だったんですか?」
私が尋ねると、勝ち気な笑みを浮かべる賀東先輩。
「あー、四人で無理矢理、頭文字D奪おうと、思ってたのにー」
「なっ」
なに言ってるのこの人? そんな事、人としてあり得ない。というか、普通にヤバいじゃん。悟の気持ちを無視してまで、やる事じゃないでしょっ。
「悟の事なんだと思ってるんですかっ」
「んー」
私の問い掛けに、賀東先輩は目を閉じて、考える素振りを取る。そして目を開けて
「単なるオモチャかなー」
私はその言葉に固まる。そしてフツフツと心の底から怒りが沸き立ってくる。オモチャ? 悟はオモチャなんかじゃないっ。
「悟はオモチャなんかじゃないっ」
「悟だけじゃないよー? アタシにとって、男はぜーんぶっ、オモチャだからー」
その言葉を聞いて、賀東先輩の周りにいる三人が、クスクスと笑う。私はその光景を見て、絶句する。この人達……狂ってる。
「燈ちゃん、良い事教えてあげるー」
「な、なんですか?」
私がそう言うと、満面の笑顔で
「人はねー、快楽には抗えないんだよー」
快楽には抗えない? もしかして……セ、セックスの話っ!?
「さ、悟は違いますっ」
「あははっ」
私が否定すると、愉快そうにゲラゲラ笑う賀東先輩。何が、おかしいの? ひとしきり笑い終えた賀東先輩が、厳しい目線で私を捉える。
「男はねー、どんなに誠実ぶっても一緒ーっ。気持ち良いことを知った瞬間にー、理性がぶっ壊れちゃうんだー」
理性が壊れる? そんなの嘘だ。確かに、そう言う人も居るとは思う。でも
「……悟は違います」
悟は口にしないけど、私と同じで人に言えない重たい過去を、背負ってる。それでも、逃げ出さずに悟は、日々を生きてる。
幼い頃の悟は知らないけど、一緒に行動してても分かる。悟は……心優しくて、真っ直ぐな、私の大好きな人だっ。
「帰ろう、悟っ」
私はそう言って、悟の手を掴んで歩き出す。
「それは困るなー」
私達の行く手を賀東先輩が阻み、その周りを他の人達が、囲む。
「退いてください」
静かに私は告げる。
「だからー困るってー。そうだー、燈ちゃんも混ざるー?」
「混ざるって何にですか?」
「燈ちゃんもー気持ち良いことしようよー」
私はその言葉を聞いた瞬間、頭の中でプチッとなにかが切れる音がした。
「ふざけないでっ。私は、そういうことは好きな人としか、する気ないですからっ」
「え、以外だー。燈ちゃんって、もしかしてまだ処女ー?」
「うっ」
いきなりの指摘に、言葉が詰まる。そんなダイレクトに聞いてくるなんて、信じられない。しかも、よりにもよって悟の前でなんて。
「賀東先輩、いい加減にして下さいっ」
隣から、怒声が飛ぶ。瞬間、周りが凍り付くように静まる。それまで、チラチラと見ていた通行人も、足を止めてジッとこちらを見てくる。
「さっきから聞いてれば、失礼すぎますよ。それに俺も神崎さんと同じ考えだって、前にも伝えましたよね? アンタ達が、俺をどうにかしようって言うなら、女に暴力を振るいたくないけど……仕方ない」
そう言って、一歩。悟は前に出る。
「え、ちょっと待って。まさか本当に暴力振るう気なのっ」
それまで、気怠げに間延びした声を、出していた賀東先輩が戸惑いの声を上げる。
「そりゃ振るうでしょ? とりあえず、一人一発ずつ」
そう言って、また一歩踏み出す。賀東先輩や他の子が、ビクッと肩を震わせる。私も恐かった。今までに聞いたことのない、心が凍り付くような低い声だったから。
「わ、分かったわよっ。皆行くわよっ」
「え、待ってよ桃~」
「先に行くなんて酷いー」
「置いてかないでよっ」
四人は、恐れをなして立ち去っていく。あっという間に、視界から消えていった。
「ふう。神崎さん大丈夫?」
「え……あ、うん」
いつも通りの声音に、私は戸惑う。さっきまでの声と、だいぶ違ったから。
「ごめんね。恐い思い、それから恥ずかしい思いさせて」
本当に、申し訳なさそうに言う悟。そんな悟を見て私は、声を上げて笑う。
「悟が謝る事じゃないじゃん」
「でも、不快な思いはしたでしょ?」
本当に、悟は優しいな。どんな時でも、自分より他人の気持ちを優先して、本当に優しい。
「そういう悟……好きだよ」
「え?」
あ、やばっ。声に出ちゃった。
「あ、えっと。そう、人として好ましいって意味でっ」
「あ、あー。なるほど、ね」
悟はそう言いながら俯く。顔は見えないけど、耳が茹で蛸のように、真っ赤っかだ……可愛い~好きっ。あ、そう言えば
「さっき言ってた……私と同じ考えって何?」
私は敢えて、分かってることを聞く。
「それは……俺も神崎さんと一緒で、す……好きな人としか……き、キスとかっ。それ以上のことはしたくないって、意味です」
うわ~、恥ずかしいのを頑張って堪えて、伝えてる悟超可愛い~大好きっ!!
「なら、これは?」
私はそう言って、繋いだ悟の手を上に抱える。恋人繋ぎに変えて。
「出来れば……止めて欲しいけど。か、神崎さんが、どうしてもって言うんなら」
「ふふっ、有り難う。この後、お店に行かない?」
「薫さん……〈喫茶カントリー〉?」
「うんっ」
せっかくだからね。それにもっと悟と話してたいっ。
「そうだね。気分を変えるために……行こうか」
「じゃあ、決まりっ」
さっきまで、恐い思いしてたけど、不思議。私の好きな人は魅力的だなっ。
「そう言えば、これ以上をしたくなる相手は、居る?」
「ん、残念ながら居ない。って言うか、一生縁ないでしょ」
即答の悟に、また私は笑う。悟なら、やっぱり……そう言うよね。
私は、幸福感と安心感を感じなら、悟と一緒に家に、向かうのだった。




