43.燈ちゃんも大変ね
今回は石原愛視点です。
〈石原愛side〉
燈ちゃんの店兼お家の〈喫茶カントリー〉に行って、あれから一週間が経った。今は昼休み。私はいつも通り、自分の席で家で作ったお弁当を、広げる。
「うわ、今日も美味しそうだね。めぐ」
「舞希……今日は、おかず上げないから」
「そんな~っ」
そう言って彼女――橘舞希が、私の膝をポンポン連続で、叩いてくる。これ地味に痛いのよね。
「膝を叩いてもダーメ。この前なんか、おかず全部食べたじゃない」
「うっ……だって美味しかったんだもん」
「そんな可愛く言っても、めっ」
舞希はズルい。自分の可愛さを自覚した上で、おねだりしてくるから。舞希は私より背が低く小柄で、顔も子供っぽくてあどけない。
「うー」
「唸ってもダメ」
私は呆れながら食事を始めようとする。
「くれないなら、いいもん」
「諦めてくれたのね」
私が安堵しかけたら
「くれないなら、取るだけだもん」
「えっ」
瞬間、横から勢い良く箸が入ってくる。箸が綺麗に、エビフライを掴んでお弁当から抜けていく。あまりの早さに唖然とする。
「やった。エビフライ、ゲットだぜっ」
「もう舞希ったら」
私は呆れながら彼女に、視線を向ける。
「はぐはぐ……ん~っ、このカリカリとした衣に、エビのプリプリ感……美味し~いっ」
「はいはい、それはどうも……もう取らせないからね」
私は視線を戻して、食事を始める。うん、我ながら上手く出来てるわね。玉子焼きは、もう少し甘めに、作るべきだったかしら。
「めぐは本当に、料理上手だよねっ」
「当然でしょ。舞希にも言える事だけど、コンビニ弁当ばかり食べてたら、栄養が偏って、その内身体壊すわよ」
「えー、コンビニ弁当も美味しいのに~っ」
冗談じゃないわ。添加物なんて、そればかり食べてても、習慣病とかに掛かるって可能性が有るって言われてるのに。
「舞希、もしかして」
「うん、三食コンビニ弁当だよっ」
「本当、貴女って人は……」
私は頭を抱えたくなる。いくら親に、一人暮らしを許されたからって、ずっとコンビニ弁当なんて。ここまでよく倒れなかったと思うわ。
「めぐが、まきの分も作ってくれたら、少しは食生活改善するよーっ」
「その前に、自分で料理しようとは」
「思わない。だって面倒臭いから~っ」
バッサリと言う舞希。まったく、昔から竹を割ったような性格だから、唯一遠慮なく言える存在。だから、倒れられたりしたら困るわ。彼女の両親にも娘を頼むよ、とか言われてるのに。
「ねえねえ聞いた?」
私が舞希に話そうとした所で、近くにいたグループの一人が、大きな声を立てる。いつも思うけど迷惑だわ。
けど、こういう時の女子グループの話は、学校生活を円滑に進めるのに必要な情報が、聞けるときもあるから馬鹿に出来ない。
「一年の子がさ、言ってたんだけど……男子で注目されだしてる子がいるんだってー」
「聞いたことある。名前は確か……か、影野だっけ?」
え? 悟君の事を言ってるの?
「そうそう。見た目は地味だけど、笑えば可愛いみたい。それに性格は、控え目だけど紳士的なんだとか」
そんな噂が有るなんて……悟君。一体、何をやらかしてるのよっ!! 確かに、彼は控え目だけど、根は優しくて紳士的だけど。
これからが大変ね。下手したら、悟君に言い寄る女の子が急増するかも。
「へー、めぐ知ってる? 影野って人」
「知ってるわよ。でも諦めた方が良いわよ」
「え、なんでーっ?」
「なんでもよ」
悟君の事を一途に想ってる子が……燈ちゃんが、居るんだから。私としても応援したい。それに太一君の親友だけ有って、悟君は太一君に負けず劣らず、魅力的な男の子だと思うわ。
「ならさ、めぐは興味持たないの?」
「持たないわよ。私はその子の、親友を彼氏にしてるんだから」
「あー、サッカー部の期待の星なんだっけー?」
「そうよ」
そう。太一君は、サッカー部の一年の中で、期待されてる。まあ、期待されてなくても、私は、彼がサッカー部にいる時点で、告白してたと思うわ。
彼本人から、野呂財閥の子供だと公言していたから。だから私は、玉の輿が狙えると思って、彼に好意が有るように装って告白した。
返事は予想通りで、私と野呂君は付き合うことになった。正直浮かれてた……これで玉の輿に乗れるって。
だから、私は自分を誰よりも上だと、思い込んでたんだと思う。でなければ、悟君を下になんて見れるはずないわ。
悟君と知り合ってから、いろんな事を知った。太一君が、今置かれてる境遇も、なんで彼が悟君の事を、親友と思ってるのかも。
「彼氏との時間を割きすぎて、まきの事を疎かにしないでね、めぐ」
「しないわよ。学校じゃ、ベタベタしないって決めてるんだから」
太一君とは、部活で一緒になるから、それだけで十分……。一緒に帰ったりしてるしね。
「地味なのに、笑うと可愛いとか……超ウケるわー」
声のした方向へ目を向ける。あー、あの人にも噂、広がってるのね。教卓の上に、我が物顔で座っている生徒――賀東桃がいた。
彼女は、一言で言えばトラブルメーカー。黒髪にピンクのメッシュを、片耳付近に一房だけ、入れている。それが賀東のアイデンティティ。
賀東は、人種で言うとギャル。その上にヤンキーが付く。噂では数々の不良、暴力団と繋がりが有ると言われている。
「なら、ちょっと唾付けとこうかなー。聞いた感じ童貞っぽいしー」
「桃マジ?」
賀東を中心に、三人の取り巻きの一人が、ケラケラと笑いながら言う。
「当然じゃん? 頭文字Dなんて早々に味わえないからー。アタシの周りヤリチンばっかだしー」
「でも飽きたら、ってか初めて奪ったら、捨てるんでしょ桃?」
取り巻きの言葉に、賀東はニコリと笑う。その笑顔は艶然としていて、簡単に男を手玉にしてるんだろうなと、思わせるオーラを感じた。
「それは当然捨てるよー。まー、付いてきたら程々に相手して、あげるかなー」
その言葉に取り巻き達が、ゲラゲラと笑う。その光景を見るだけでムカムカする。
「とりあえず、明日アプローチするわー」
ニヤニヤ顔で言う賀東に、私はそれまで動かしていた箸を、止める。
「どうしたの、めぐ?」
訝った視線を向けてくる、舞希。
「え、あっ……なんでもない」
私はそう言って、止めていた箸を動かす。
これは明日、一波乱起こりそうね。まったく……燈ちゃんも大変ね。
他人事のように私は、そう思いながら食事を進めるのであった。




